第5話 新たな試練

 それからというもの、郡兵は毎週のように哲子の部屋を訪れるようになり、その度にきしむベッドで身体を重ね、愛の確認をするのでした。


哲子はとても幸せでした。こんなにも幸福な気持ちになったのは、「きらきら☆わたしの王子さま♪」の限定ガチャでレアアイテムを引き当てて以来のことです。



とある日曜日。


哲子は久しぶりに高岡さんをランチに誘い、郡兵とののろけ話を延々と聞かせていました。しかしなぜか高岡さんはずっと不思議そうに何か考えこんでいました。どうしたのかと問いかけると、彼女は偉く真面目な表情でこう言いました。


「六十五歳の元教師キャラなんて、あのゲームに登場してた?」


「は?」


どうやら高岡さんは大きな勘違いをしているようです。


「紫さん。郡兵さんはれっきとした三次元の男なのよ」


高岡さんは仰天しました。


「まぁ!そうだったの。でも哲子さん、あなたもう三次元の男とは恋愛しないって誓ったんじゃなかったの?」


「わかってないわねぇ、紫さんは」と、哲子は首を振りながら吐息をつきました。


「女っていうのは、本気の恋に目覚めると理性なんてぶっとんじゃうもんなのよ。ま、彼氏のいないあんたにはわかんないだろうけど。あっ、もうこんな時間…そろそろ帰らないと郡ちゃんが家に来ちゃうわ」


哲子は慌てて席を立ちました。


そしてその日の夜、いつものように郡兵が訪ねてきました。


「なぁ、哲子」


ソファに座って哲子の肩を抱きながら、郡兵はおねだりをする子供のように言いました。


「俺、またお前の手料理が食べたいな」


「え?」


哲子はフリーズしました。


「い…今、何て?」


「だから、手料理だよ。三十七年前に同棲してたころなんて、毎日のようにご馳走作ってくれたじゃないか。ほら、ローストチキンとかさ」


「え…えーと…」


「そうだ。来週の日曜に、何かご馳走してくれよ」


「え?」


「約束だからな」


郡兵は有無を言わさぬ満面の笑みで念を押してきました。


(ああ…困ったわ)


哲子は頭を抱えました。料理など、もう何十年もろくにしていないのです。美味しく作れる自信など、これっぽっちもありませんでした。


郡兵が帰った後、哲子はさっそく高岡さんに電話で相談しました。


「ローストチキンなんて絶対無理。だって私、かれこれ三十七年も料理してないのよ。というか、そもそも調理器具がないわ」


『じゃあ、今まで何食べて生きてたの?』


「コンビニに売ってるチーズ蒸しパンとか、サンドイッチとか…」


『パンばっかりね。もっと野菜摂った方がいいんじゃない?』


「年を取るとふわふわした物しか食べれなくなるのよ。あんたも総入れ歯になれば私の気持ちがわかるわ。…って、そんな話はどうでもいいのよ。ねぇ、私、どうしたらいいと思う?」


『うーん…そうね。とりあえずネットで料理の作り方を検索して作るしかないんじゃない?』


「失敗したらどうしましょう?」


『コンビニでパンを買ってきて皿に盛り付けるしかないわね』


「ちょっと!人が真面目に悩んでるってのに…」


『冗談よ、冗談。いいじゃない、失敗したって。料理は愛情が大事なのよ。愛情さえこもってれば郡兵さんも喜んでくれるわよ』


そう言い残し、高岡さんは電話を切ってしまいました。


「んもぉ~!紫さんたらテキトーなんだから~!」


哲子は深々とため息をつきました。

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