第4話 再会

 哲子が三次元の男など二度と好きにならないと誓ったあの日から、早一ヶ月が経過したある日の夕方のことでした。


近所のドラッグストアで入れ歯安定剤を買いに行ったその帰り道、噂好きの婦人達がこんな会話をしているのを耳にしました。


「不審者の噂、聞きました?」


「ええ。ハイツやわらぎの付近で最近よくうろついているらしいですわね」


「怖いですわね~」


「ほんと!」


“ハイツやわらぎ”とは、現在哲子が住んでいるアパートです。しかし、齢六十七歳の哲子はたいして気にもしていませんでした。不審者のターゲットはきっと若い女性に違いないと思っていたからです。


「私には関係のない話だわ」


ちょっと寂しげにそう呟き、アパートの階段を上がって三階の自分の部屋へと向かいました。


階段を上り切ったとたん、哲子はギョッとしました。なんと自分の部屋の前に、黒いジャンパーを着た白髪頭の怪しい男が立っていたのです。


「もしかして、泥棒かしら」と哲子が訝しげに男の背中を見つめていると、ふいに男が振り返って哲子を見ました。


その顔を見た瞬間、哲子は稲妻に打たれたかのような衝撃を受け、持っていた買い物袋を落としてしまいました。二人はその場に立ちすくんだまま、数分ほど互いの顔を見つめあっていました。


やがて、男の方が沈黙を破って口を開きました。


「久しぶり…哲子さん…」


「あ…」


哲子は言葉を失ったまま、魚のように口をパクパクさせていました。


そう。彼は三十七年前に別れた、哲子の元カレの川越郡兵かわごえぐんぺいだったのです。ちなみに年は哲子より二つ年下の六十五歳で、元中学校教師。付き合っていた当時、二人は同じ中学校に勤めていたのです。


「郡兵さん…?どうしてここに?」


やっと声が出るようになりました。


「あのう…」


郡兵はもじもじしながら言いました。


「よかったら、俺とまたやり直さないか?」


哲子は驚いて目を見開きました。


「どうして今更…?」


「実はこの間、昔のアルバムを整理してたら、お前とのツーショット写真を見つけてね…思い出したら、急にお前が恋しくなったんだ」


郡兵はいったん言葉を切り、捨て犬のような眼差しで哲子を見つめました。


「やっぱり、俺じゃダメかな?」


哲子はかぶりを振りました。


「そんなに言うなら…やり直してあげてもいいわよ。だけど三十七年前みたいに浮気しないでよ」


「勿論だよ」


二人は熱い抱擁を交わしました。

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