サークル狂想曲

漆目人鳥

第1話 売り娘とドール



「お飲み物お決まりですかぁ?」

 紺色の作務衣を着た、店員娘が、ボクら3人が居酒屋の席に着くなりそう尋ねた。

「とりあえず生!なまなまなま、生ー!」

 店員の営業スマイルより10倍は弾けた笑顔で、向かいに座る紅一点、キッコが叫ぶ。

「うむ、異存は無いぴよ」

 僕の隣に陣取った北條こと『店主』が眼鏡の奥の目を満足そうに細めて頷いた。

「あ、じゃ、とりあえず生3つください」

 僕がそう言うと、店員の娘はオーダーエントリーシステムの末端を操作しながら。

「はーい、生3っつ!すぐにお持ちしますぅ」

 そう言ってぺこりと頭を下げ、奥へと引っ込む。

 彼女の『すぐに』という言葉に偽りはなかった。メニューに目を通すまもなく、先ほどとは違う女の子がビールジョッキを3つ持ってやって来た。

「よーし、それじゃ乾杯するぴょ!」

 店主がそう言ってジョッキを掲げる。

「サークル白紙化亭、コミケ当選おめでとうー!」

 キッコが、かけ声をあげると、各々が『乾杯』の言葉と共にグラスをぶつけて鳴らし合い、一気にビールを流し込んだ。

 喉が歓喜の悲鳴を上げ、瞬間、身体が震えて固まる。

 まさに美酒!コミケ当選の喜びも加わって一層甘美である。

 しかも、まさに昨日、作品の原稿を印刷屋さんに預けてきたといった日にゃ、最早、無敵、最強状態だ。

「ちよっと、よろしいですかあ?」

 ふと、横を見ると、先ほどビールを運んできた女の子がまだ突っ立っていた。

 そして微笑んだかと思うと、なにやら前掛けのポケットをごそごそと探り、赤、黄、緑の短冊を取り出す。

「今日はぁ、七夕なので、お店からお客様にささやかながらサービスがありまーす」

 店員の娘はそう言って、僕たち一人一人の前に短冊を置くと、サインペンを一本机の中央に置いた。

「この短冊にお客さん達の願い事を描いてくださいそれで、あの……」

 と言って、入り口の所に邪魔臭いほど大きく飾られた笹を指さした。

 いや、実際、さっき店内に入るとき結構邪魔臭かったのを思い出す。

「あの笹の枝に吊してください」

「そうすると、なんか貰えるの?」

 僕が尋ねると、女の子は貼り付いた営業スマイルのまま「いいえ」と言うように首を横に振った。

「私達店員一同が皆さんの願いが叶うようにお祈りさせていただきマス」

 え、なんだか、嬉しいような嬉しくないような。ああ、まあ『ささやかな』ね。

「び、微妙なサービスだねぇ」

 引きつった笑いと共に思わず口にしてしまった。

「大丈夫です!しっかりお祈りしますから、まっかせてください!」

 女の子は、何か勘違いしているような受け答えをすると、ぺこりと頭を下げ「よい七夕でありますようにHappy Tanabata festival 」といって引っ込んで行ってしまった。

 後に残った3枚の短冊。

 向かいのキッコと顔を見合わせ。

「なんか、書こうか」

 と、たずねてみる。

「えー、後でいいよぉ。先にお酒飲もおよぉ」

 彼女はそう言って身体を左右に小さく揺った。身体の振れに合わせて揺れるセミロングの髪も、その髪に見え隠れする表情も、全力で不満を表明していた。

「よし!出来たぞ、吊しに行ってくるぴょ!」

 突然、店主が立ち上がる。

「出来たって、何が?」

 いや、聞くまでも無かった、店主の手には黄色の短冊がひらめいていた。

「「早っ!!」」

 僕とキッコは思わず同時に叫んでた。

「馬鹿者!今日は何のために集まったのだぴょ!今日の日の我々の願いは一つ!」

 店主はそう言うと短冊に書かれた願い事を掲げて見せた。そこには。

『コミックマーケット89の成功!サークル白紙化亭のさらなる発展 店主』

 と、達筆な文字で書かれていた。

「ありがたや、ありがたや」

 思わず手を合わせ頭を下げる僕。

「もー、アンタ何拝んでんのよ!店主もさっさと吊して来なさいよん!」

「おお、そうであった、そうであったぴょ」

 店主が席から飛び出す。

「もう」

 毎度の事ながら、やれやれといった調子でキッコが溜息を付いた。

 そんなキッコを見ていた僕の視線はちらりと短冊の方へと向く。

「もう!あーとーでー!」

 目敏くキッコに感づかれてしまい睨まれる。

「コミケ当選の連絡受けたの先月の頭だよ?それからドンだけの間この飲み会待たされたと思ってんのよん!しっかり呑も、ゆっくりしよ?」

 運命の6月1日。

 創作小説サークル『白紙化亭はくしかてい』は夏コミに当選した。

 今日はその打合せ会。とはいっても、弱小サークルの白紙化亭が打ち合わせることなど特に何も無い。

 サークル員は売り娘の新米コスプレイヤー、キッコと僕の友人である店主。そして作家の僕。

だから、今日は打ち合わせと言うよりはコミケ参加の決起会といった感じの集まりだった。

「それにしても、前回の冬コミの売り上げは凄かったぴよ」

 店主が帰ってくるなり口を開く。

「ああ、まさか完売するとは思わなかったな。キッコのおかげだ」

 僕がそう言うとキッコは無言で白い歯を見せて笑った。

 そう、ホントにキッコのおかげなのだ。

 創作小説はホントに地味だ。

 華やかな表紙とか、市販のラノベ並にイラストが満載ならそれは、それはそれで参加者の目を引くことが出来るかも知れないが、イラストと小説を両立できる小説サークルは少ない。二次創作物なら、原作の知名度という売り込み要素があるわけだが、完全創作となるとそれも無い。参加者の手にとって貰うこと自体が非常に難しいことなのだ。

 そして、店主が取った力業の促販方法。それがキッコだった。

「むさい男が二人で売っているよりはよほど購買力は上がるはずだぴよ」

 店主が友人の伝をつかって探してきたキッコが、サークルを手伝う代償として僕らに要求した物は2つ。

1、コスプレをしてみたい。

2、たまには呑みに誘うこと。

 かくして、こうして打ち合わせてと言う名の飲み会を……。

 ああ!待った!打ち合わせなくてはならない大切なことがあった!

「キッコ、今回はどんなコスプレしようか?」

 ちなみに、前回は『ひぐらし』のエンジェルモートだった。

 あまりに時季と時期をずらしているのではないかと思ったが、店主の趣味のゴリ推しでそうなってしまった。

 だけど、まあ、キッコ本人がノリノリだったし、本も売れたし。

 結果良ければなんとやら。

「前回のでも良いけど、新しいのがいいなあ。何か無いの?」

 キッコがビールのおかわりとつまみの追加を店員に頼みながら言った。

「うんうん」

 僕は頷いて身を乗り出す。

「マリ・イラストリアスなんかどうだろか?キッコ雰囲気似てるし、最近映画もヤッタし」

 眼鏡っ娘のリクエストは完全僕の趣味。前回は店主の趣味だったんだ、今回は自分のを通させていただく。

 ちらり店主のと様子を伺う。

「うむ」

 店主は薄ら笑いを浮かべ、静かに目を閉じて頷いた。

 やばい、これって、店主が何か企んでるときのポーズじゃないか。

 案の定、店主が口を開く。

「そちら方面は今回はオマエに任せるとしよう」

「え?」

 てっきり何か理屈をこねて来て煙に巻き、自分の意見を通そうとしているのだとばかり思ったが。あまりに意外な言葉に困惑する。

「前回の促販を今ひとつ強化しようと思ってな、実はある作戦を段取りしているところだ」

「して、そのこころは?」

 僕もキッコも興味津々と言った感じで店主の言葉に耳を貸す。

「今回は白紙化亭のスペースにドールを投入ぴよ!」

「ドール?」

 ドールって、人形のことか?

「最近、1/3ドールと言われている身長50㎝~60㎝くらいの関節可動人形が静かに流行なのだぴょ。コイツのヘッドにペイントしたりドールアイを入れ替えたりすることで、うちの小説の登場人物をカスタムするのだぴよ!」

「おお!」

 なんか大がかりだぞ。

「すでにペイント、ドールアイの手配はワシのコネクションで手配済みぴよ!あとは、裁縫の出来る者を探し出して登場人物と同じ格好をさせてブースに飾れば、なんと!小説の登場人物が客寄せに……売り子になるという寸法ぴよ!」

「な、なんかいいなそれ!」

 僕がそう言ったときだった。

「あたしは白紙化亭のなんなのよ!」

突然、キッコが怒りだした。

「私がいるのにどうして人形が必要なのよ!」

酒の勢いも手伝って、怒りの感情が加速しているのが解る。

「答えてみろ!白紙化亭!私は、あんた達にとってなんだ?」

「売り娘……」

その気迫のこもった態度に気劣され、オイラと店主は、ただ小さくそう呟く。

「もしもその人形が私より先にいたんならしょうがない!あたしより先にいたんだし、登場人物ならたしかにサークルの顔だよね!でも、今は私がいるでしょ!売り娘はアタシ!!人形が売り娘なら、わたしいらないじゃん!」

ご、ごもっともな意見です。

と、言うか、あまりの剣幕に店主とオイラは言葉も無い。

「はっきり言うよ!もし、白紙化亭が人形をスペースに持ち込むなら……わたし白紙化亭に不要だと宣言されたとみなして、もう、コミケ出ない!」

ややややや、こいつは。


 キッコの機嫌を直すのに、それから小一時間ほど掛かった。

 酔っぱらって半べそを掻きながらビールを口に運ぶキッコの斜め前で、店主が酔いつぶれて机に突っ伏している。

 と、いうより、この野郎、早々にいい加減めんどくさくなって僕にキッコのなだめ役を任せ、戦線離脱しやがったのだ。タヌキになったのだ。

「なんて言うかさ……」

 ちょっと微妙な空気の中、僕がキッコに声を掛ける。

「調子に乗って悪かったかなと思ってるよ。たださ、悪気はなかったし……」

 そんなに真剣に売り娘やってくれてるとは思わなかったんだよなあ。

 いや、単に彼女のプライドが高いだけか?

「しょうがないのかな」

 キッコがぽつりと呟いた。

「?」

「しょうがないのかなあって。だってあんた達いつも一生懸命だもんね」

「一生懸命?俺達が?」

 突然何言い出すんだこいつ。

「そう、一生懸命。もの凄い時間と手間かけて売れない本つくってさ、コスプレの衣装や、配るお菓子だって只じゃないじゃない?『なんでそんなに一生懸命なの』ってくらいに一生懸命」

 あ、なるほどね。そっちか。

「感動した?」

「馬鹿みたい。笑っちゃう」

「俺達と居て楽しい?」

「楽しい!だから手伝うのよん。でもさ……」

「はい?」

「アンタの本はどうかと思う。どの作品も、プロローグとエピローグがぬるいのよね。あと、書きたいことをダラダラ書きすぎで無意味に長いし。文章もあか抜けてない」

 むっ。

「エピローグとプロローグに派手さが無いのは余韻を大切にしているだけで、『書きたいことを書く』というのは同人の特権だろ?あか抜けて無いのは……味と言ってくれ」

「つまりさ。それって『小説』と言う本じゃなくて、『同人誌』という特殊な本であって、一般の人には理解してもらわなくてもいい的なオ○ニー本って事だよね?」

「あのぅ、キッコさん。私の本はそんなに面白くないですか?」

「ううううん。私は面白いと思うよ。でも、そんな本をお金取って売っていい物なの?とかは思うワ」

 そしてキッコは「でもね」と言って続けた。

「一生懸命だから許しちゃう。売ってあげるよ」

 そういうと、キッコは立ち上がった。

「お手洗い行ってくる」


 女性のトイレっていうのはどーしてこう長いんだろう。

 店主はいつの間にかホントに眠ってしまったらしく揺すっても起きない。

 手持ちぶさたになってしまった僕は、ふと、机の上の赤色の短冊に手を伸ばす。

「あっ」

 赤い短冊にはいつの間にか、願い事が書かれていた。

 キッコだ。多分、さっきぐずっている間に書いたんだろう。

 『わたしは白紙化亭のメンバーです キッコ』

 それは、まるでメモ帳に書かれた覚え書きのように走り書きされた文字だった。

 願い事なのか?これ?

 願い事か。

 多分、その時自分は酔っていたのだと思う。

 それと、キッコが本当にうちのサークルの事を真剣に考えていてくれていたと言うことがとても嬉しくて、ちょっと浮ついた気持ちになっていたのだ。

 『キッコがずっと白紙化亭の売り娘で居てくれますように』

 僕はそう書いてサインペンのキャップを閉じた。

「あー、ショックだよー」

 突然、キッコの声がして、死ぬほど驚いた。

「みてみて、ストッキング伝線しちゃったあ」

 僕の脇に立ったキッコがそれでなくても短いタイトスカートを捲りあげて太ももを露わにしてみせる。

「ストッキング伝線したー!ほら!ここ!こんなにー!伝線しちゃったあ!このストッキング高かったのに、ショックだよ」

「騒ぐな、みっともない。あとスカート降ろせ、目のやり場に困る。あと、座れ!」

 僕の狼狽えぶりを見たキッコはにやにやしながら席に座ると、小声で呟いた。

「ねえ、破いてみたい?」

 な、何を言ってるんだこの女は!

「破いていいよ、ストッキング。どーせ捨てるんだから」

「破かねぇよ!そろそろ店主起こして帰るぞ」

「わーい、カラオケ行こ!カラオケ!」

 ああ、もうどうだっていいよ。

「おい、起きろ店主帰るぞ」

「違うー、かーらーおーけー」

 ああ、もう、この酔っぱらい共を何とかしてくれ!



エピローグ


「ねぇ、白紙化亭。あなた達どうしてそんなに一生懸命なの?」

「そりゃあ」


祭りの準備は楽しい物だろ?



END

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