輝石隊 ディディとバニラッテ

宇城和孝

ひっさつおてんばあまのじゃく

 彼女には右足がない。

 本来、秘術士は杖を持たない。召喚は魔力を必要とせず、魔力を充填じゅうてんする媒体ばいたいは必要ないのだ。けれど、彼女は携えている。杖がなければ歩けないからだ。

 彼女の右足なのだ。

 そういう事情もあってかなかってか、とにかく遠出を好む。「旧市街に野菜を買いに行ってくる」というような軽いノリで、隣国、ハルカナブルカまで行ってしまう。

 ユニコーンをかっ飛ばして。

 だから彼女は秘術士を志したのだろう、と思う。ユニコーンを召喚すれば、どこにでも行ける。一人で。



「なあにくつろいでんだよ、バニラッテ。子どもは帰宅の時間だぜ」

 ハルカナブルカの港、船からロープを引っ掛けるキノコのようなオブジェに腰掛けて、バニラッテは水平線に沈みゆく夕日を眺めていた。もじゃもじゃの薄紅色うすべにいろの髪が潮風によってよりいっそう乱れていた。

「なんちゅう髪してんだ。ちょっとじっとしてろ」

 手ぐしでバニラッテの髪を整える。とはいっても、もともともじゃもじゃなので、綺麗に、とはいかない。そもそも俺もそんなに器用ではない。それでもバニラッテは「ありがとう」と言った。十二歳らしい幼ない声ではあるけれど、独特のイントネーションで。

「ディディはよく気が付くにゃあ」

「あ? どこからどう見てもおかしかったぞ」

「でも普通はそう思って終わりちや」

 そして語尾はもっと不思議だ。

 バニラッテは背中に収めていた自分の背丈よりも長い杖を取り出した。勢いよく地面に立てて、「はっ!」というかけ声とともに立ち上がった。スカートのように足元を覆ったローブがひらりと揺れた。

「ユニコーンを呼ぶからちょっとそこで待ちよれ」

 バニラッテの左手の人差し指が夜の流星虫りゅうせいちゅうのように淡く光った。いくつもの残光を交差させながら、宙空ちゅうくうに見えない魔法陣を描いていく。

 こんなのよくおぼえられるぜ……と俺は腕組み。

 やがて、額に角を持つ白馬、ユニコーンが顕現けんげんした。主人のバニラッテを見て、ブルル、と口を鳴らした。

 バニラッテは両手を伸ばして杖の先端を握り込むと、地面を蹴った。高く体を跳ねさせて、ユニコーンに飛び乗る。慣れたものである。杖を背中に収めると、「ディディ」と俺を呼んだ。

 へいへい、とバニラッテの後ろに座る。俺はといえば、少女に馬に乗せてもらう、ということに未だに慣れないでいる。

「今日はやけに聞き分けがいいじゃねえか。人の言うことの逆ばっかするあまのじゃくが」

「今日は年に一度の〝言うことを聞く日〟やき」

 なんじゃそりゃ。

 バニラッテがくるりと顔をこちらに向ける。

「どうしてディディは迎えに来てくれるが?」

「ほっとくと帰って来ねえからだろうが」

「帰らないと困るが?」

「隊だからな」

 ふむ、と全く理解していない表情でバニラッテはうなずいた。

「いいから早く出せ。夜になっちまう」

「かしこまり!」

 ユニコーンが大きく一歩目を踏み出した、その時だった。


「そこのユニコーン、待て」


 声に、バニラッテはユニコーンを制した。

 開けっぴろげの倉庫の中から、体のそこかしこにじゃらじゃらと鎖を付け、湾曲した剣、シミターを携えた小太りの男が出てきた。

 ……海賊か?

「貴様ら、ベッテンカーナの輝石隊きせきたいじゃないか?」

「いかにも!」

 バニラッテは両手を腰に当てて胸を張った。

 ちっ、と俺は舌を鳴らす。めんどくせえことになりそうだなあ……。

「おい、バニラッテ。いいから出せ」

「おおっと、行かせねえぜ?」

 海賊の男はユニコーンの前に立ちはだかった。シミターを構えてぺろりと舌なめずりをした。

輝石隊きせきたいを倒した男……いい響きだと思わねえか?」

「少女をいじめた大人だ、馬鹿が。かっこ悪すぎて目も当てられねえよ」

「てめえが来い。サシでやってやる」

 どいつもこいつも、輝石隊きせきたいをなんだと思ってやがる。

 気だるさのままに、ユニコーンから滑り降りる。

「先に帰れ、バニラッテ」

 すっ、とユニコーンが消え、たっ、とバニラッテが地面に降り立った。杖を地面に立て、「嫌」と短く発音した。

「おい、〝言うことを聞く日〟じゃなかったのか?」

「さっき聞いたろ?」

「一回きりとはたまげたぜ」

 バニラッテが魔法陣を描く。おそらくは、フェンリル。

 聖術士の俺と秘術士のバニラッテ。二人合わせても攻撃手段がそれしかない。

「召喚か」

 させるか、と海賊の男がバニラッテに襲いかかる。

「くそっ」

 俺は両手でおもいきりバニラッテを突き飛ばした。シミターが虚空こくうを斬り裂き、かきん! と地面に跳ねた。

 まじか、こいつ……。

 バックステップで海賊の男から距離を取る。それからバニラッテに向かってふわりと杖を放り投げた。

「バニラッテ、貸してやるから

 バニラッテが俺の杖をキャッチする。こくりとうなずいた。

「俺が持っててもなんの役にも立たねえしな。まあ、たった一人で輝石隊きせきたいに喧嘩を売る愚か者なんぞ手ぶらで充分よ」

「……貴様、聖術士か?」

 海賊の男が怪訝けげんそうな目で俺を見る。

「その質問を耳にするのは七億回目だ、しょうもねえ有象無象うぞうむぞうが。──無理もねえか。俺のことを聖術士だと見抜いた奴はこの世でたった一人しかいねえ。アウトローでいいだろ? 羨ましいだろ? なあ、海賊」

「歩むべき道をたがえた間抜け野郎だな。適性ってもんがまるでわかっちゃいねえ」

「わかってねえのはお前だ、世間知らずの大阿呆おおあほうが。くそおもしれえぞ、神聖魔法ってのは。なんにも考えずに突っ込む重斧士じゅうふしなんかと組んでみろ、最高だ」

「なるほどな。口だけ攻撃的な臆病者ってわけだ」

 その時、炎にも似た赤毛の狼、フェンリルが顕現けんげんした。ぶるぶるぶる! と勢いよく体を半回転させた。

「しまっ……」

「剣振り回すだけが戦術じゃねえんだよ、ばーか」

 フェンリルが海賊の男に飛び付き、地面に抑え込む。

「勝ったあ!」

 俺ははしゃぐバニラッテをなんとかかんとかおんぶし、彼女の杖を回収すると、港を後にした。



 すう、すう、と寝息が聞こえる。

「まじかよ」

 バニラッテが俺の背中で寝ている。

 俺は立ち止まり、夕焼けに赤茶けたハルカナブルカの門を見上げた。

「ここからこいつを背負ってベッテンカーナまで歩けってか?」

 バニラッテの寝顔を覗き込んで言う。

「おい、。バニラッテ」



(了)

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輝石隊 ディディとバニラッテ 宇城和孝 @ushirokazutaka

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