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「薄木川こころの治療院」の担当医は六十年配の気の良さそうな痩せた小野木という名の医者だった。
「フムフム」と鮫川の話を熱心に根気よく聞いてくれた。
「鮫川さんのような方は最近増えているんですよ」小野木医師はニッコリと微笑んで言った。「しかし、初期症状ですから、心配することはありませんよ。すぐに以前の快活さを取り戻すことが出来ます」
「抗鬱剤とか処方してもらえますかね。なるだけ眠くならなくなるものが良いんですが」鮫川は憂鬱な顔つきで尋ねた。
「勿論ですよ。でも、その前に催眠療法でもっと楽になりましょう。直接、無意識にアプローチできますので早く楽になりますよ」
「はぁ……」鮫川は催眠と聞いて、どうしようかと悩んだ。「催眠」にはどうも良いイメージがない。
「タバコは吸われますか?」俯いて悩んでいると、突然、小野木医師が机に置かれた灰皿を指差して言った。鮫川は無言で頷いた。
「葉巻は吸われたことがありますか?中々いいものですよ」
小野木医師は葉巻入れを鮫川に差し出した。鮫川は恐る恐る葉巻を一本取った。
「肺まで入れないでください。喉の奥まででも十分リラックスできますよ」そう言うと、小野木医師も一本取って火を着けた。
葉巻は既に両端が切られていて、細くなった方が吸口のようだ。鮫川も葉巻に火を着けてゆっくりと煙を吸った。
なんだかいい気分になってきた。
「いいでしょう。催眠療法を受けましょう」鮫川はなんだかゆったりとした気分になって言った。
「催眠療法」は金鎖の先についた硬貨を見つめさせて行うという、鮫川もよく知っている方法で行われた。
何か甘ったるい臭がしたかと思うと、頭が痺れてぼうっとしてきた。そして、深い闇の中へ堕ちていった。
カチカチという金属が打ち知合う音が遠くで聞こえた。
ゆっくりと覚醒しつつ、夢と現実の
これは催眠療法ではないな、と鮫川は思った。これは薬で眠らされているだけだ。鮫川は自分が薬に効きづらい体質なのを思い出した。
(薬が完全に効いてない)
そう思ったものの、身体は言うことを聞かない。
「うわっ、フラッシュバック制御装置がオーバーブーストしてるよ」
どこか遠くの方で声がした。遥か彼方の声なのにはっきりと聞こえる。
「グリッド端子も焼き切れてる。五ヶ所以上、いや、十箇所以上切断されてる」
「酸化でしょうか?」
「過剰電荷のようだな」小野木先生の声に似ていた。「制御装置の方はもっとパワーのある奴に交換したほうがいいな」
「じゃあ、制御装置は取り外して有機断絶結線を応急的に入れておきましょう」
知らない声がそう言うと、幾つもの手が鮫川の頭やこめかみを探り、耳の奥を何か棒のようなものが入っていった。
次の瞬間、頭の中を物凄い電撃が走った。叫び声を上げようとしたが、声が全く出ない。
すると、耳と鼻の穴から何かイトミミズみたいな細くて長くてニョロニョロしたものがドバっと大量に出てきた。息が出来なくなると思ったが、キチンと息はできた。只、身体が全く動かない。何十何百もの糸のようなグネグネ動く物が口の周りや側頭部に吐き出されて、ウネウネと動きながら床に落ちていったようだ。
「うわあっ、有機ニューロンが出来きた!」
「制御装置の蓄電ユニットにピンセットを着けるからだ!」小野木先生の怒鳴り声が聞こえた。「驚いて全部出てきたぞ!全く!もっと注意して扱いなさい」
何だろう?これは夢なのだろうか?
夢にしては全く映像がないのは何故だろう?真っ暗闇だ。
その時、後頭部でストロボが焚かれたような稲妻が走った。
そしてほんの一瞬だけ、映像が見えた。
空から無数に落ちてくる軌道爆弾。空を行き交うグロテスクな飛行体。
かなり昔に見た、忘れていた夢の断片のようだ。これは何なんだ?
to be continued
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