寝待ちても、未だ来ぬ故、散りぬる世

相生薫

1

 鮫川孝介は日々重くなる倦怠感と空虚感に疲れていた。


 いつものように一時間ちょっとの残業を終え、人混みが割と少なくなった電車に乗って家路に就きながら、身体と心をぐったりとさせていた。


 その日もまた、理由の分からない不安感と、空虚感が襲ってきた。


 仕事には不満はない。年齢と学歴の割にはかなりいい給料だし、データをマニュアル通りに処理する単純な仕事だ。

 只、ネット上でやり取りをするので、実際の同僚や上司、部下たちなどと面と向かって会う機会は殆どない。一日中、パーテーションに区切られた席について、終業まで黙々と仕事をこなす。


 きっと、それが原因なのだろう。


 鮫川は彼女もいないし、友達もいなかった。プライベートでのコミュニケーションはゼロ。それに加えて会社でもコミュニケーションが無いとなったら心が病んでくるのも無理がない。


 電車内を見回すと、会社帰りの老若男女がスマホに見入っていた。時々、文庫本を呼んだり、ノートパソコンのキーボードを打っている人がチラホラ見えた。


 こんなに人が大勢いるのに、こんなに孤独なのは何故なのだろう。


 自問するまでもなく、友達が一人もいないからだ。


 だからといって、友だちを作るつもりも毛頭ない。

 面倒臭いからだ。

 他人と関わり合いになるのが、煩わしいし、信用ができない。


 これは明らかに精神衛生上、負のスパイラルだ。


 特に趣味といえるものも無かったから、これから家に帰っても、コンビニ弁当を食べて、風呂に入って、ヤケ酒を飲んで寝るだけ。


 これでは何のための人生だろう?


 鮫川は電車を降りると、トボトボマンションに向かって歩いた。

 駅前には小さな居酒屋やスナックや定食屋などが幾つもあった。

 こういうところに飲みに行き、常連になったら飲み仲間とか出来るのだろうが、一度も一人で飲み屋に行く気は起きなかった。


 鮫川は悶々と考えながら歩き、自宅のマンションのドアを開けた瞬間、今度の休みに病院に行こうと決心した。


「精神病院」という重いところではなく、「心理コンサルティング」という謳い文句の入りやすい町医者を既にネットで調べていた。


 今まではどうしても行く気に離れなかったが、そろそろ潮時だ。このままでは心が壊れてしまうだろう。少なくとも、そこに行けばこの鬱状態を解消してくれる処方箋がもらえるだろう。


 訳が分からず壊れる前になんとかしなければ。





 to be continued

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