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「酸化による金属劣化ですよ」小野木先生ではない声が言った。「防酸塗料ゃ防酸加工の工場をもっと増やしてもらわないと困りますよ」

「そうだな。上には至急要請しておこう。」小野木先生の声が答えた。「見積もりが甘すぎたんだ」


 鮫川の頭を幾つもの手がいじっていた。二人以外にももう何人かいるらしい。


 鼻と穴の耳の穴からチューブのようなものが入れられて何かされているのが判る。頭の感触では頭皮にも何か刺されているようだ。


「Eクラスのブレインアジャスターはどのくらいで届く?」

「二・三日は掛かるでしょう。うちにはCクラスまでしかありませんよ。有機結線でなんとかしましょう。脳の負担も少ないし」

「しかし、それじゃあ保たないぞ。彼は異常に脳波流が強い。すぐにダメになるぞ」

「しかし、アジャスター交換は脳に負担が掛かり過ぎます。後々、問題が起きますって」

「仕方ない。それで対処しようか」


 鼻に入ったチューブのようなものがグッと奥に突き刺さった。すると頭の後ろの方で痺れるような感覚が広がった。



 身体は全く動かないが、目が開けられる。


 そう判ると、鮫川はそっと薄目を開いた。

 すると両隣にはどちらも小野木先生でもなんでもないものが二体立っていた。


 メタリックな金属製のアンドロイドだ。


 金属の骸骨のような代物で、「ターミネーター」か何かに出てくるようなグロテスクなロボットだった。


 その一体が小野木先生の声で言った。「Eクラスのアジャスターが届くまで、集中管理室で寝かしておこう。三日間の強制入院の理由はこれから考えよう」



 これは夢だ。夢のなかの出来事だ。このまま目をつぶって夢のなかに戻ろう。そうすれば、目が覚めた時、現実に戻れる。と、鮫川は思った。


 鮫川はじっと目をつぶった。しかし、思いと裏腹にどんどん頭がしっかりしてくる。麻酔が覚める感覚が全身に伝わってきた。




 鮫川が寝かされていたストレッチャーのようなものが動き出した。頭の上の方から、モーター音と車輪がゴロゴロ鳴る音が聞こえてきた。


 何かがストレッチャーを押している。


 そして、俺は三日間強制入院させられる。

 待てよ。三日間の強制入院だと?

 会社に無断欠勤になってしまうじゃないか?つまらない仕事だけど、辞める気は毛頭ない。

 どうにかしなければ。


 鮫川はもう一度薄目を開けてみた。

 見たこともない廊下をストレッチャーが滑っていた。

 廊下には何人かの人間と、骸骨アンドロイドがいたが、人間は別段驚いているようなところはなかった。反対にアンドロイドに笑顔で会釈したりしていた。


 何故不思議に思わないのだろう?


 ストレッチャーはエレベーターに乗せられた。動きで上昇しているのが判った。エレベーターの角に付けられた防犯ミラーを見ると、ストレッチャーを押しているのはさっきのアンドロイドによく似た、車輪のついたロボットだった。



 頭はもう完全に覚醒していた。

 完全に麻酔から覚めているようだ。


 エレベータが止まり、外に出た。何階だろう?

 ストレッチャーは何度も角を曲がり、廊下を進んでいった。ピタリと止まった所で鮫川はまた薄目を開けた。

 目の前には分厚そうなドアがあった。ここに入ったらもう逃げられそうにない。


 鮫川は決心すると、バッとストレッチャーから飛び出し、走り出した。

「待ってください。何処へ行くのですか?止まってください」車輪付きのロボットが後ろから叫んだ。全く人間の声で。


 鮫川は何時の間にか自分が患者用の白衣を着せられていることに気付いた。


「待って下さーい。待ちなさーい」ロボットの叫び声と同時に警報がけたたましく鳴った。


 鮫川は何度も廊下の角を曲がり、盲滅法に走り逃げた。やがて目の前に非常階段が見えた。鮫川は迷うこと無く、下りの階段を駆け下りた。

 何階か下ると、上から白衣を着た小野木先生のロボットとその同僚のロボットが降りてきた。

「待ってください。あなたは今、パニック状態にあります。落ち着いてください」小野木先生が叫んだが、鮫川は無視した。


 すると下から警備員の制服を着た骸骨ロボットが二体登ってきた。

 鮫川は慌てて、階段から廊下に出た。


 廊下は一本道で、曲がるところがなかった。

 正面は全面ガラス張りの窓があるだけ。


 窓と鮫川の中間には驚いた宅配配達員が集配バケットの取っ手を握って立ち止まっていた。


 鮫川は全力で廊下を走り、配達員を押しのけてバケットを奪った。

「ごめん」と言ってバケットを押し、勢いをつけるとバケットの中に飛び込んだ。

 バケットはものすごい勢いで窓に向かって突進していった。


 バリン!!!


 窓が割れ、バケットが宙に舞った。そして落ちていく。

 何処までも、何処まで…、


 




 to be continued

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