第8話 やっかいなおばちゃんでもたまにいい人は存在する

「本当にごめん!」


俺は精一杯の謝罪をする。


「良くはないですけど、先ほど助けられた事実は本当ですし、許してあげます」


上から目線なのは少々気にはなるが、先ほど公衆の面前でこの人の上に馬乗り状態になった挙句、やばいカップルというレッテルを張られてしまったのだから大目に見ることにする。


「じゃ私はこれで」


「ちょっと待って」


この女性。


いや女性というより女子と言った方が良さそうな見た目である。


確かにボサボサに伸びた黒髪、元は白かったであろうが黄ばんで汚いワンピースを着て、裸足。


これでは普通は女子と呼ばれるにはふさわしくないかもしれないが顔がとても幼いのだ。


「君って何歳なの?」


「何ですか変態さんですか?」


質問を質問で返すな。


というか完全に俺が下に見られている気が。


「まぁ年齢くらいなら別に答えますよ。14歳です」


やっぱりだ。


記憶がない俺でもこの子より歳が上なのは感覚で察していたから。


「さっきのあの人たちは?」


「あなたには関係ない。私を助けてくれたのは本当に感謝してるから。だからこれでさようなら」


体を翻して去ろうとする。


ここでただで逃がしたら俺の苦労はどうなるというのだ。


逃がすわけにはいかない。


ちなみに変態じゃないからそこはあしからず。


「助けてやったんだ!一つ言うことを聞いてもらおうか」


こうやって脅迫みたいにすれば断りにくいだろう。


「はぁ?まぁ私でできる範囲であれば。でもそれをしたら今度こそ私と関わらないでください」


「よしまず服だ!」


さすがに同じ身なりでいるのは目に着きやすい。


ちなみ俺はジャージ命なので関係ない。





それから色々な服屋を見て回ったがどこもこの子を見る度に入店を断れた。


「これ以上は無駄だと思いますよ。それにこれだけ歩き回ってはあいつらに見つかるリスクが高くなるだけです」


「何言ってんだ?あえて大通りを歩いてんだぞ。さすがにムチを持ってうろうろはできないし、万が一見つかってもこの人だかりだ。幾分か撒けるだろ」


俺もただこの子の服選びのために大通りを歩いているわけじゃない。


このルートが奴らに見つからずにクロムとの集合場所に行く最短ルートでもある。


「でもいいんですか?大通りの店は高い店ばかりみたいですし、他に安くて私を入れてくれそうな店はないんですか?」


俺は先程この子を倒した時に、レッテルを張り付けたおばちゃんに「二人で観光したいので」、と言ってもらったパンフレットを開く。


ここら辺の店は粗方あらかた潰した。


残るはなるべく避けたい裏通りなどの人目に付きにくいところしかない。


「もうあきらめましょう。ここまでどうも」


そうやってまた逃げようとする。





「待て」





逃走しようとするその子の腕を掴む。


その腕はとてもほっそりとしていて年頃の女の子ってここまで細いものなのか。


多分もっと違うはずだ。


「離してください。これ以上迷惑はかけられません。というか何故私にここまでするのですか?」


俺の腕を振り解くことはせずに問いかけてくる。


「俺もお前と同じように助けてもらいたくて助けてもらったからだ」


掴む手に力が入る。


「私は一度もそのようなこと言った覚えないんですけど」


尚もこちらに反抗する。


「あのな!」





「まぁまた喧嘩かい仲がいいこと」





そこに近所のおばさん感を漂わせて立っていたのは、先程俺たちにレッテルを張り、パンフをくれたおばちゃんだった。


「「別に」」


最悪のタイミングで、はもってしまう。 


「ほら」


俺たち二人とも苦虫を噛み潰したような顔へ表情に変わる。


「またみんなに注目される前に行きな」


手を下から上に動かし、行け行けと急かす。


「いやこいつの服を買うために店を探していただけで」


しなくてもいいのについ説明してしまう。


「あらならこっちにいらっしゃい」


今度は手を上から下に動かし、手招きをした。


何なんだこの人は。





「着いたよ」


結局誘いを断ることができずにひょいひょいと付いてきてしまった。


「ここって?」


「私の店だよ。まぁ裏にあるせいであんまり繁盛はしてないけど、値段と質は負けてないと思っているよ」


試しに服のタグを見てみる。


「安っ」


「だろー!」


誇らしげだが、それも本当で大通りにあった服と対して変わらない見た目、品質なのにも関わらず、値段はこちらの方が圧倒的に安い。


これであればこいつだけではなく、自分の服も新調できるかもしれない。


「おい」


服を選べと言いたかったが既に店内を見て回っていた。


まぁ年頃の女の子だ。


好きなのを買わせてやろう。





少し経っただろうか。


俺はやっぱりこの長年愛用のジャージが捨てきれず、選ぶのを早々にやめ、くつろいでいたのだが、意外と年頃の女の子は悩むらしく、まだ私闘を繰り広げていた。


「おいまだ決まらないのかお嬢ちゃん」


嬉しそうだった顔が一瞬にして強張る。


「お嬢ちゃん言うな。私はシルネ」


それだけを告げると、そっぽを向き、再び服選びに奮闘していた。


「あのさ。好きなの着てみろよ。それで俺が一番似合ってると思ったやつにするってのはどうだ?」


「あなたがそれでいいなら」


顔はこちらに向けていなかったが、どうやらこの案に乗ってくれたらしい。


「ならまずその長い髪をこれでまとめな」


さっきから色々アドバイスしてくれたここの店主こと、グレッテルさんからシルネにヘアゴムらしきものを渡された。





「どう?」


最初は白いワンピース姿で登場した。


髪を後ろで結っているおかげでシルネの顔をまともに見ることができたが、先程の生意気な態度に反して、幼さを残してはいるものの、自分が惚れてしまいそうになるくらい可愛かった。


こんなの見せられては先程までの言動は許さざるを得ないのではないだろうか。


これはギャップ萌っていうやつだろうか。


「いい!次行ってみよう!」





次はまたもやワンピース、色は黒。


さすがに柄が違うが何か代わり映えがしない。


「次!」


「ごめん次最後。グレッテルさんと一緒に選んだやつ」





試着室のカーテンを両手でゆっくりと開けて出てきた姿は、まるでメドゥーサの眼の力で体を石にさせられた感覚に陥らせた。


黒いストッキングに赤のスカート、上は白い無地のTシャツだがその上に赤のケープという先程までとは打って変わっていてとても似合っていた。


「それ!めっちゃ似合ってる!」


シルネにサムズアップする。


「じゃこれで」


恥ずかしいのかスカートのところをいじってこちらを見ようとしなかったが、これを褒めてもらえて嬉しかったのだろう。





「いくらですか?」


「はいよ!少し負けといたよ!」


渡された伝票を覗くが、金額は今現在持っている金額を遥かに超えていた。


「もうちょっと負けてもらうことって」


「これ以上はごめんね」


すっぱり断られた。


「ならこれいいよ。無理させる必要ない」


そう呟き、試着室に戻ろうとするシルネ。





いや策がある。





「ちょっと待って!」


ここまで来て引き下がるのは男して許されない。





店を出て大通りの近くまで歩く。


頼むぞ。


「フロガ!」


ボムフラに火を付ける。


「行っけーーー!」


火を付けたそれを思いっきり上空に投げつける。





「バァン」


投げたそれは自分が知っているような花火のそれではなく、風船が破裂したような音が鳴るばかりで、火花も出ていなかった。


「何で!」


「わしの目の前で打つんじゃないわ」


この声は。


「クロム!何でここに?」 


本来ボムフラで呼ぼうと思っていた人物がそこにいた。


「そこの店に用事があっての。これが終わったら戻ろうと思ってたが手間が省けたわい。それとあれはもっと爆発するぞ」


ならあれはクロムが魔法で止めたのか。


せっかくならクロムの魔法を使うところを見たかった。


「でこんなところでどうした?」


「それだ!」





「久しぶりじゃないかクロム。そこの兄ちゃんクロムの知り合いだったとは。御代はクロムに付けとくよ」


「それはいいんじゃが誰の服を買ったんじゃ?お主ではなかろう」


「あぁそれは」


俺とグレッテルさんが試着室の方を向く。


それに釣られてクロムも首を動かす。


「これありがとうございました」


出てきたシルネは先程までの身なりに戻っていた。


「お主。あの子の手に持っておる服か?」


シルネを見つめながら耳元で囁く。


「あぁ」


「よかろう。早くあの子に着てきなさいと言ってこい」


「ありがとう!」


ホント、クロムに助けてもらってばかりだな俺は。





「シルネ!その服着ろ!それはもうお前のものだ!」


「え、でもこれ」


動揺するのはわかる。


「いいんだそれは買ったんだ」


自分で買ったわけでもないが。


俺はシルネを試着室の方へ押しやる。


「ありがと。待ってて」


笑顔をこちらに向けて、試着室に戻る。


「惚れたのか?」


クロムがニヤニヤしながら聞いてくる。


「いや俺と同じだったからさ」


「ほーう。でどういうところが」


「助けを求めていたところ」


本人は否定したが。


「それと今日宿増やせるか?」


「余裕だ常に空いておる」


笑顔で言っているが大丈夫なのそれ。


その会話の後に試着室から今日の主役が現れる。


「あの」


「事情話してくれるか?」


「ここまでしてもらったからには言わないわけはいかないもんね。わかった」


そうほほ笑むシルネの顔は今日一番の笑顔だった。





笑顔に気を取られ、一部見逃しているとも知らず。

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初級魔法をショボイと言わせない タロウ @tarosuke818

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