第9話 闇は何処にでも存在する

 職員室に行くと、千穂が言っていた通り担任の先生が顔を青くして待っていた。

「失礼します……」

 僕の声を聞いた先生が、ゆっくりと僕の方を向いた。

 数秒の間を置いて、先生の顔が青から赤に変わる。

「多々良!! 今まで何をしていた!!」

 先生の怒号が職員室中に響き渡った。

 僕は、すぐに今までの出来事を説明した。

 不審な人物を見かけて屋上まで行ったこと。

 屋上で女子生徒と話していたら、いつの間にか下校時刻になっていたこと。

 ストップウォッチャーやマルチバーストのことは言わなかった。

 根も葉もない噂話として切り捨てられてしまうと考えたからだ。

「ハァー……」

 僕の説明を聞いた先生は、大きな溜め息をついた。

 それから、説教とも愚痴ともつかない話を聞かされた。

 大まかな内容は、さっき千穂が言っていた事とほとんど変わらなかった。

 一通り言い終える頃には、先生の顔色は元通りになっていた。

「そんなことよりも、多々良が無事で何よりだ……。残りの10日間、しっかり生きろよ」

 落ち着いた先生は、僕に励ましの言葉をかけてくれた。

「分かりました。失礼します」

 僕は会釈をして、職員室から出た。

 いつの間にか、だいぶ暗くなっている。

 スマートウォッチで時刻を見てみると、下校時刻から1時間も経過していた。

 こんな時間まで校舎にいたのは久しぶりだ。

 普段は、あんまり長居したくないので、さっさと校舎を出てしまう。

 校舎に長居したくない理由はたくさんある。

 その中でも1番の理由は、百瀬たちに絡まれないためだ。

 以前、用事があって校舎に残っていたら、うっかり百瀬たちに出くわしてしまい、酷い目に遭ったことがある。

 なので、すぐに校舎を出て帰路に就く。

 いつもの放課後なら、この後、ショッピングエリアに寄ったりする。

 だが、世界警報の影響でお店がやっているかどうか分からない。

 それに今から向かうと、不良がショッピングエリアのフードコートに溜まり出す時間にぶつかってしまう。

 当然、その中には百瀬もいるだろう。

 ……。

 ショッピングエリアには、行かない方が賢明そうだ。

 幸いにして、百瀬以外の不良に目をつけられている訳ではない。

 ただ、できる限り絡まれる可能性は排除しておきたい。

 そうなると、帰り道も普段とは違う道を使った方がいいだろう。

 前に、少し遅い時間に帰ったら待ち伏せされていたことがある。

 なんだか、学園都市の色んなところを、百瀬が彷徨いているように思えてくる。

 もちろん、そんな訳はないのだが……

 こうなったら、普段の道は避け、路地を使って帰るしかない。

 一般的なイメージだと不良が屯していそうだが、武領台学園都市に限ってはそうでもない。

 この街の路地とは、都市機能を維持するアシストロボット用の通路だ。

 そのため、人間が利用することは考慮されていない。

 慣れていないと、複雑すぎて迷ってしまう。

 スマートウォッチで地図を表示すれば何とかならなくもないが、そんなことをするくらいなら初めから入らない方が良い。

 ちなみに、路地で迷ってもスマートウォッチから要請すれば、救助用のアシストロボットかドローンが、大通りまで輸送してくれる。

 しかし、ドローンで人間が空輸される姿は哀愁が漂う。

 アシストロボットも人間を大通りまで運ぶと、ゴミのように置いていってしまう。

 正直、醜態以外の何物でもない。

 たちまち噂になること間違いなしだ。

 こんな事情があるので、路地には物好きしか入らない、と囁かれている。

 路地を利用する僕も物好きの1人ではないかと言われそうだが、僕は普通だ。

 不良を撒くために使ったり、近道を使って寮に帰ったりするだけだ。

 僕よりも路地に詳しい人は、秘密の隠れ場所を持っていたりするらしい。

 使おうと思えば、一時の恥が小さく見えるほど便利に使える。

 むしろ、路地を活用しないのは、もったいないとすら思う。

 僕の場合、1度も路地で迷ったことがないという幸運に恵まれたのもあるが……

 一度路地に入ると、そこは表の武領台学園都市とは別世界と考えていい。

 何しろ、効率重視で様々な機器が雑多に設置されているため、綺麗さも何もあったものではない。

 当然、太陽光偏向板は設置されていないため、とても暗い。

 スマートウォッチの僅かばかりの光を頼りに、奥に進んでいく。

 何回か曲がったところで、アシストロボットが多くいる場所に辿り着いた。

「ふう……」

 安心して、ため息が出てしまう。

 自分が正しい道を歩いてきたのが分かったからだ。

 一休みするために、リュックサックを下ろして、壁に寄りかかる。

 実のところ、路地について自信があるわけではない。

 いくつか目印をつけて、迷わないようにしているだけだ。

 その目印の1つが、アシストロボットたちだ。

 ここのアシストロボットは、武領台学園都市の重要な施設を整備するために存在している。

 その重要な施設とは、天気を操作するウェザー・コンディショナーのことだ。

 これのおかげで、武領台学園都市にいる限り毎日の天気は快適な晴れになる。

 西暦時代、人類は天気に翻弄されていたというが、銀河統一歴ではそんなことは決してない。

 休憩もほどほどにして、再び歩き出そうとした。

「痛っ!?」

 突然、何か硬い物に衝突してしまった。

「機材運搬中……機材運搬中……」

 目を凝らすと、アシストロボットが目の前にいるのが分かった。

 何も持っていないのに「機材運搬中」と言っていたり、歩行がぎこちなかったりと、挙動がおかしい。

 障害物の判別もできていないようだ。

 つい最近、不具合を起こしたのだろうか?

 しかし、僕にはアシストロボットを修理する技術はないし、そのための免許も持っていない。

 アシストロボットの無事を祈りつつ、ウェザー・コンディショナーから離れた。

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