第8話 時間は知らぬ間に進んでいる

「下校ノ時刻トナリマシタ。生徒ノ皆サンハ安全ニ注意シテ下校シマショウ……」

 突然、放課後の放送が入った。

「えっ!?」

 ……今は昼休みじゃないのか?

 稀にある誤報だろうか?

 全く予期していなかったため、驚きが声に出てしまった。

「多々良正路君。今日の学校はおしまいだって……」

 だが、阿僧祇さんは何の疑問も抱いていないようだ。

 不安になった僕は、スマートウォッチで時間を確認した。

 画面に出てきた時刻は、先程の放送が間違っていないことを表していた。

 周りに視線を移せば、屋上には僕と阿僧祇さんしかいない。

 本当に今は、放課後のようだ。

「どうかした?」

 阿僧祇さんが微笑みながら、困惑している僕に訊いてくる。

 おかしい……

 さっきまでは、確かに昼休みだったはずだ。

 それが何故、突然放課後になるのか?

 もしかしたら、阿僧祇さんと話し込み過ぎたのかもしれない。

 しかし、そんな長時間も話していただろうか?

 そもそも、僕や阿僧祇さんが昼休みの終了に気づかないのは、どう考えてもおかしい。

 昼休みは昼休みで放送が入るし、チャイムも鳴る。

 気づける要素はいくらでもあったはずだ。

 それに、もし全てを聞き流していたとしても、屋上から大勢の人が出ていくのを感じて、僕たちは気づけるはずだ。

「今まで昼休みだったよね……?」

 恐る恐る阿僧祇さんに訊いてみる。

 まさか、違和感に気づいたのが僕だけということはないだろう。

「そう……今まで昼休み。今から放課後」

 阿僧祇さんは微笑みながら答えた。

 答え方からすると、彼女も突然時間が飛んだことに気づいているみたいだ。

 ただ、特に不思議には感じていないように見える。

「フフフ……」

 また、阿僧祇さんが怪しく微笑む。

 もしかすると、阿僧祇さんはあまり動じないタイプの人間なのかもしれない。

 ここまで来ると、羨ましく思えてくる。

「ありがとう……」

「え? 何が?」

 僕が彼女に何かしただろうか?

 見当がつかない。

 お互いに口を閉じ、辺りは静かになる。

「那由他の話に付き合ってくれて……」

「あ、ああ……そんなことか……」

 ひょっとすると、阿僧祇さんには話し相手がいないのかもしれない。

 でなければ、こんなことは言ってこないはずだ。

 僕と同じようなタイプの人間なのだろう。

 ……いや、僕よりももっと酷そうだ。

「君がそんなことと思っていることは、那由他にとっては嬉しいこと。お礼は素直に受け取って……」

 少し不機嫌そうな顔で、阿僧祇さんは言った。

 どうやら、阿僧祇さんの気を悪くしてしまったようだ。

「そ、そうだね……」

 一呼吸置く間に、阿僧祇さんに言うべきことを考える。

「阿僧祇さんのお話楽しかったよ。また会えたら、阿僧祇さんの話をもっと聞かせて欲しいな……」

 お世辞が入っているが、楽しかったことに違いはない。

 正直、付いていくのがやっとだったけど……

「良かった」

 阿僧祇さんが、いつもの微笑を浮かべる。

「じゃあ、またね」

 そう言って、阿僧祇さんは屋上を出ていった。

 また、会えるのだろうか?

 冷静に考えたら、阿僧祇さんのペースにずっと翻弄されていて、彼女の学年やクラスなんて気にもしなかった。

 話の流れ的に同じ学年なのだろうが、実は先輩だったとかだと怖い。

 僕の経験上、後で何が起こるか分かったものじゃない。

 武領台学園都市が、それなりに広いことが救いか。

 逆に言えば、連絡先を知らなければ会おうとしても会えないだろう。

 つまり、再会できる可能性は限りなく低い。

 もしくは、また会うために僕が屋上に来たらいいのか?

 だが、そのためだけに屋上に来る気は、あまり湧かない。

 今日は、たまたま謎の人物が屋上まで来たから、僕はそれを追って来ただけだ。

「あ……」

 そういえば、あの謎の人物のことをすっかり忘れていた。

 阿僧祇さんとの会話に集中しすぎた。

 しかし、今から探したところで、屋上にはいない可能性が高い。

 何故なら、僕は他の大勢の生徒が屋上から出ていくのに気づかなかった。

 謎の人物も僕が知らない間に何処かに行ってしまったと考えるのが自然だろう。

 これは失敗した。

 仕方なく、屋上を出て階段を下りる。

 放課後になったからなのかもしれないが、校舎の中は異様に静まりかえっていた。

 昼間のパニックが嘘のようだ。

 嘘であってほしい……

 だが、強烈に印象に残っている今日の出来事が、事実であると訴えかけている。

 後、10日で『マルチバースト』が起きて世界が滅びる。

 僕は、その間に何ができるのだろうか?

 阿僧祇さんは、僕にもできることはあると言っていたけれど……

 考えている間に、僕の教室に辿り着いた。

 何故か、階段が行きよりも帰りの方が長かった気がした。

 多分、世界滅亡の事実を知って頭が疲れているからだろう。

 少し気になったが、他のことに比べれば些細なことだった。

 今は自分のリュックサックを回収して、さっさと自分の寮に戻るのが先決だ。

 自動ドアを開けて、教室に入る。

「やっと戻ってきた!」

 すると、教室の中から聞き覚えのある声が、僕の耳に入ってきた。

 今度は声には出さなかったが、やはり驚いてしまう。

 まさか、まだ教室に残っていたのか……

「昼休みの後、何処にいたの? こんな大変な時なのに、突然いなくなるなんて信じられない!」

 その声の主である千穂は、僕にズカズカと近づいてきた。

 怒り心頭なようだ。

「ご、ごめん。屋上に行っていたら、時間を忘れちゃって……」

 苦しい言い訳だ。

 本当の理由を言ってもいいが、それだと阿僧祇さんを巻き込みかねない。

 それに、時間が過ぎていたのは本当だ。

「はあ……世界警報から大変だったんだからね。マニュアルにもないことが起こって、先生たちも私たちも右往左往する羽目になったし……」

 どうやら、知らない間に武領台学園は僕の想像以上の大混乱に陥っていたようだ。

「正路君が自殺したんじゃないかって、先生が顔面蒼白になっていたわ。後で謝っておきなさい」

 千穂がため息をつく。

 先生や千穂に心配をかけてしまったようだ。

 10日後に世界が滅びることが分かった日に、生徒が行方不明になれば心配になるのも当然か。

「分かったよ……」

 僕はぎこちなく答えた。

 相手が千穂だからか、うまい受け答えが見つからない。

 彼女には、まず謝らなければならないと思っている。

 だが、それで頭がいっぱいになり、そのタイミングを見つけようとしてしまう。

「じゃあね」

 考えている間に、千穂は教室から出ていってしまった。

 クラス委員としては接するが、富谷 千穂としては関わりたくないのだろう。

 やはり、あの時のことは謝らなければならないのは変わらない。

 彼女はどうやら、先生が怒っていたことを僕に言うためだけに残っていたようだ。

 それ以外には、僕に用はなかったらしい。

 真面目だ……

 流石は、クラス委員を務めるだけはある。

 しかし、千穂は昼休みの世界警報のことをどう思っているのだろう?

 あれだけ取り乱していたんだ。

 きっと、辛かったはずだ。

 それなのに、千穂はクラス委員としてしっかりしようとしている。

 僕には決して真似できないことだ。

 でも、本当のところは世界警報の不安に押し潰されそうなのではないか?

 本当は、誰かに助けを求めたいのではないだろうか?

 もし、僕が千穂の助けになれたら、と柄にもないことを思ってしまう。

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