第6話 出会いは前触れもなく訪れる
屋上に出ると、日光のせいで一瞬目が眩んだ。
分かっていても、突然の太陽光は苦手だ。
しばらくして目が慣れてくると、まず青空が目に飛び込んできた。
ここでは、前も上も左も右も全部が自然の青に染まっている。
目につく異物といえば、武領台タワーくらいしかない。
空の好きな人なら、ここに毎日でも来たくなるのかもしれない。
特に空に興味もない僕がそんな風に思うくらい、ここから見える青空は綺麗だった。
そして、地上から空を見上げた時のような空の遠さを全く感じなかった。
地上から空を見ようとしても、色々な人工物が邪魔になってしまうからだろう。
そんなことよりも、今はあの謎の人物を探そう。
だが、見た限りその姿は何処にも見当たらない。
代わりに、生徒たちがそれぞれ頭を抱えていたり、泣いてたりしている。
慰め合っていたり、右往左往している生徒もいる。
人数が少ないとはいえ、食堂とあまり変わらない光景が目の前にあった。
しかし、そんな屋上の中で1人の女子生徒だけは、他の生徒と雰囲気が違った。
ロングヘアーのその女子生徒からは世界滅亡への怯えといった物を、微塵も感じなかった。
ただただ空を見上げて、何かを見つめているみたいだった。
彼女の周りだけは、今までの日常が続いているように思えた。
僕は、その女子生徒に話しかけてみようという気になった。
普段、僕は他人と話すのが、あまり得意ではない。
しかし、その女子生徒とはなんとなく話せそうな気がした。
「あの~……」
だが、まともな声のかけ方なんて思いつくはずもない。
誰を呼んでいるのかも分からない間延びした声が、情けなく口から出てしまう。
「……何?」
しかし、その女子生徒は透き通るような声と共に振り返った。
綺麗だ……
振り向いた女子生徒の顔を見て、まずそう思った。
作り物と言われてしまえば、本当にそう思ってしまう程の美しさだ。
そんな人が、僕の方に向かってくる。
「どうかした?」
突然話しかけてきた僕を怪しむ素振りすら見せずに、その女子生徒は僕を見ながら微笑んだ。
「あ、あの、探偵服を着た人がここに来たと思うんだけど見なかった? それも西暦時代のフィクションに出てくるようなのを着た人が」
「見てない」
言い切られてしまった。
ここまで、あっさり返されると少し心が傷つく。
「ごめん……」
「え?」
突然、彼女が僕に謝った。
「喋るのは、あまり得意じゃない……」
どうやら、その女子生徒自身が後ろめたさを感じたようだ。
ひょっとすると、彼女は僕と似たような人なのかもしれない。
もしかしたら、仲良くなれるかも……?
いや、こんな美人さんがそんなことをしてくれる訳……
「君、名前は?」
一瞬、耳を疑った。
まさか、名前を訊かれるとは思わなかったからだ。
「僕は、多々良 正路。君は?」
僕は快く名乗った。
そして、なるべく自然な流れになるように意識して、彼女の名前も訊いてみる。
「阿僧祇、那由他」
「は?」
彼女は突然、日本における数の単位を言った。
訳が分からず、変な声が出てしまう。
なんで今、そんな単語が……?
「え? あの、君の名前は……?」
「阿僧祇、那由他」
同じ質問をもう1度してみたが、彼女の回答は変わらない。
これはもしや……
「まさか、
「そう……」
彼女――阿僧祇 那由他が頷く。
芸名とかペンネームみたいな名前だ。
「よく分かったね」
「それは、そうとしか思えなかったから……」
「フフフ……」
阿僧祇 那由他が、唐突に微笑む。
言い様もない悪寒が身体を襲う。
そこで、なんとなく察した。
この人は根っからの変人だ。
僕みたいに何か問題が起こったからこんな性格をしているのではなく、この人は元からこういう人なんだ。
「そう思うなら、そう思ってくれればいい」
「え?」
もしかして、僕は阿僧祇那由他に遊ばれているのだろうか?
「阿僧祇 那由他さん、だよね?」
「むぅ……さっき、那由他はそう言った」
阿僧祇 那由他が、頬を膨らませる。
どうも、コミュニケーションがうまく成立しない。
というか、自分のことを自分の名前で呼ぶのか……
これは、相当な人だな……
「フルネームじゃなくていい」
「あ、じゃあ、阿僧祇さん……でいいかな?」
僕の質問に、阿僧祇さんは無言で頷く。
接すれば接するほど、変な人だ。
正直、その美貌が台無しだ。
「フフ、ありがとう」
「え?」
「ちゃんと、那由他の言う通りに呼んでくれる人、少ないから」
普段はどんな風に呼ばれているのだろうか?
フルネームか、苗字か?
名前は親しい人にしか呼ばれないだろうし……
まさか、「なゆっち」みたいなあだ名で呼ばれているのか?
……絶対にこの人の雰囲気には合わない。
「フフフ……」
今度は、何が面白かったのかさっきよりも少し明るく笑う。
そういえば、さっきから気になっていたことがある。
阿僧祇さんはここで何をしているのだろう?
弁当を食べに来た訳でもなさそうだし、休憩しに来た訳でもなさそうだ。
「多々良正路君は、こんなところに何しに来たの?」
突然、阿僧祇さんが僕に訊いてきた。
そして、僕の名前をフルネームで呼ばれたことに若干落胆してしまう。
まだ、出会ったばかりなのだから、しょうがないけど……
「え? ああ、さっき怪しい人を見かけて追いかけてきたんだ。ここに来るところまでは見たんだけど、見失っちゃって……」
唐突に訊かれたせいで、うまく言葉に表せない。
「へえ……、こんな時に……」
確かに、世界が滅ぶとか言われている最中にやることではない。
しかし、僕は気になってしまった。
気になってしまったことは、はっきりさせないと気が済まないのが、僕の性分だ。
「それは、君の異常なのかもしれないね……」
阿僧祇さんが、突然僕にそんなことを言ってきた。
「僕が異常!? そんなわけあるか! 僕は普通だ! 僕は……」
初対面とはいえ、いくらなんでも今のは失礼だ!
僕の頭に血が上る。
だが、怒っている途中で、阿僧祇さんが僕の口に人差し指を置いた。
驚いて、続きが言えなくなってしまう。
「この世界に異常がない物はない。もし、全ての物に異常がなかったら、全てが同じ物になってしまう。君しか持たない個性は他人にとっての異常。逆に、他人しか持たない個性は君にとっての異常」
微笑む阿僧祇さんが、異常について話してくれる。
つまり、彼女の中では特徴=異常ということなのだろう。
そう考えると、言葉選びのせいで誤解を生んだだけな気がしてくる。
「な、なるほど……」
「分かってくれたみたいだね」
阿僧祇さんが、僕の口から人差し指を離す。
正直、納得したのかと言われると、微妙に納得できていない。
阿僧祇さんの論理が、極端に感じるからなのかもしれない。
彼女にこれ以上言うことはなかったようで、それ以上は何も語らなかった。
「じゃあ、阿僧祇さんはここで何をしているの?」
今度は、僕が阿僧祇さんに質問した。
ふと、ここまでずっと阿僧祇さんのペースに乗せられたままであることに気づいた。
恐ろしい人だ。
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