第5話 未来は永久に閉ざされる
僕は、自分の耳を疑った。
何かの間違いではないかと思った。
だって、非現実的すぎる。
世界が滅びるなんて……
「繰リ返シマス。惑星規模以上ノ危険ヲ警告スル『世界警報』ヲ発令シマシタ。我々ノ世界ハ10日後ニ滅ビマス。皆サマ、安全ナ場所ニ避難シテクダサイ」
アナウンサーのアシストロボットが、さっきと同じ文言を繰り返す。
まるで、聞き間違いじゃないことを僕たちに伝えているようだ。
「世界が滅びるって何だよ……」
「私たちの未来はどうなるの……?」
「これから、どうすればいいんだ?」
「まだ死にたくない……」
「やりたいこと、いっぱいあるのに……」
いつの間にか、食堂中に生徒たちの困惑の声が溢れかえっていた。
百瀬に威圧されて静かにしていたが、アシストロボットのアナウンスに触発されて、静かにしていられなくなったのだろう。
当の百瀬も、ホロテレを眺めながら固まっている。
「はっ! 嘘だろ、こんなの!」
突然、百瀬がそう吐き捨てた。
視線が一気に百瀬に集まる。
だが、目を凝らして見ると、百瀬は汗びっしょりだ。
どうやら、声を出して少しでも自分の恐怖を紛らわせようとしているみたいだ。
「こんな適当なニュースがあるかよ! こんなのデタラメだぁ!」
自分に言い聞かせるように、ホロテレに向かって喚き散らす。
いつもと違って、誤魔化すような言い方だ。
「百瀬、何でデタラメだって分かるんだ? 嘘だとはとても思えない」
それに対して、百瀬の取り巻きの1人が反論した。
「あぁ? 俺がデタラメだと言ったらデタラメなんだよ!!」
「……少しは現実を見てくれ、百瀬」
「んだとぉ!!!」
取り巻きの言葉が余程癪に障ったのか、百瀬は取り巻きに殴りかかった。
鈍い音と共に、人の身体が宙に浮く。
すぐに百瀬の取り巻きたちが、百瀬を抑えようとした。
喧嘩が始まった。
それは、この場で百瀬だけがこの状況を嘘だと思おうとしている証拠でもあった。
僕も含めて他の生徒は、嘘だと思う前にこの現実に打ちのめされていた。
「繰リ返シマス。惑星規模以上ノ危険ヲ警告スル『世界警報』ヲ発令シマシタ。我々ノ世界ハ10日後ニ滅ビマス。皆サマ、安全ナ場所ニ避難シテクダサイ」
再び、アシストロボットのアナウンスが入る。
嘘ではないと言っているかのようだ。
「ねえ、私たち何処に逃げたらいいの?」
近くの席にいたカップルらしき男女の女の方が、男の方に訊いた。
「そりゃあ、何処かに逃げる場所くらいあるだろ。何なら、これから先生たちが案内してくれるかもしれないぜ?」
男の方は楽観的だ。
「でも、世界が滅びちゃうんだよ? 逃げる場所って何処?」
「それは……あー、ほら、あるだろ?」
「何処に?」
「……」
「……」
女の方の質問を最後に、カップルは黙ってしまった。
そうだ。
彼女の言う通りだ。
世界は10日後に滅びる。
正直、あっさりと伝えられたせいで事態の深刻さがいまいち分かっていなかった。
世界が滅びるのに、何処に逃げればいいのだろうか?
安全な場所と言われたが、果たしてそんなところがあるのだろうか?
「やぁあああああぁぁぁ!! ああああぁぁぁああああぁぁぁあああああ!!!」
また、千穂が泣き出した。
おかげで、他の生徒の声が聞こえなくなってしまう。
「繰リ返シマス。惑星規模以上ノ危険ヲ警告スル『世界警報』ヲ発令シマシタ。我々ノ世界ハ10日後ニ滅ビマス。皆サマ、安全ナ場所ニ避難シテクダサイ」
だが、アシストロボットの音声だけは食堂中にあるスピーカーのせいで、とてもよく聞こえる。
10日後か……
僕は、千穂と仲直りすることすら、叶わないのだろうか?
こんなことなら、もっと早くに何とかするんだった……
今までウジウジしていた自分が許せない。
しかし、だからと言って、10日で仲直りする方法も思いつかなかった。
不意に、誰かの歩く音が脳に響いた。
喧嘩している百瀬たちの怒号。
泣き崩れた千穂の悲鳴。
アシストロボットが繰り返すアナウンス。
その他色々な人の不安の声で、食堂内は騒然となっているにも関わらずだ。
だが、その靴音はやけに僕の耳に残った。
その音だけが、僕たちからは切り離された別の何かであるみたいだ。
僕は食堂を見渡して、その足音の主を探した。
足音の主と思われる人物は、すぐに見つかった。
だが、同時にあんな人が武領台高校にいるのかと、疑問に思った。
僕たちが着ている制服も来ておらず、かといって先生やその他の大人が着ているような服でもなかった。
その人は、西暦時代におけるフィクションのステレオタイプな探偵服に身を包んでいた。
目深に被られた帽子とコートの長い襟のせいでこちらからは顔は分からなかったが、そんなことは今は関係ない。
とにかく、時代錯誤とか場違いとかそんなレベルではない。
どう見ても浮きすぎている。
謎の人物が歩みを止めた。
僕たちを観察するみたいに、食堂内を見渡している。
ふと、謎の人物が右手に何かを持っていることに気づいた。
大事そうに握られているそれの蓋が、謎の人物によって開かれる。
蓋の中から時計が顔を出した。
あれは、懐中時計だ。
不意に、今朝1年の女子たちが喋っていたストップウォッチャーの噂のことを思い出す。
確か、奇抜な服装で懐中時計を持っているという……
目の前の人物と余りにも合致しすぎていた。
まさか、あの噂は本当だったのだろうか?
もし本当だとしたら、誰を監視しているのか?
今朝の噂話を思い出しながら考えていると、だんだん怖くなってきた。
そういえば、ストップウォッチャーは自分を見た人を殺しに来るらしい。
ということは、この食堂の中にいる人全員が殺されてしまうのではないか?
だが、僕以外は謎の人物に気づいている素振りも見せていない。
みんな自分のことで精一杯なんだ。
もしかして、あの謎の人物に気づいているのは、僕だけなのか?
途端に、全身を悪寒が走った。
まさか、世界滅亡よりも早く僕の人生は終わってしまうのか?
だが、冷静に考えてみると、誤差のようにも感じる。
今日も10日後もそんなに変わらないだろう。
色んな後悔は残るが、どちらにせよ得体の知れないものに殺されてしまう。
だったら、いっそ早い方が……
だが、謎の人物は僕を殺しには来なかった。
再び妙に耳に残る靴音を発しながら、食堂を出ていこうとした。
どういうことだ?
あの噂は間違っていたのか?
それとも、あの人物はストップウォッチャーではなかったのか?
僕は、謎の人物が気になりだした。
噂の真偽を確かめたくなった。
1回は見てしまったのだから、殺される覚悟はしておかなければならない。
だが、逆にこれ以上見ても結果は変わらないとも言える。
それに、もうこの食堂にはいたくない。
このままここにいると、五月蠅くて自分の頭がおかしくなりそうだ。
僕は静かに食堂を後にした。
食堂を出ると、廊下の奥の方に謎の人物が立っていた。
僕には気づいていないみたいだ。
足音を立てずに、ゆっくりと謎の人物に近づいていく。
しかし、何故か僕と謎の人物との距離は縮まらなかった。
謎の人物が一歩も足を動かしていないにも関わらずだ。
気づかれたのだろうか?
でも、何故か僕はまだ死んでいない。
不思議に思って目をパチパチする。
「!?」
思わず声を出しそうになってしまった。
何故なら、謎の人物が瞬間移動したからだ。
それも、僕が瞬きしたのと同時に……
謎の人物は間違いなく僕に気づいている。
しかも、僕の些細な動きも把握できるほどに……
更に悪寒が走る。
同時に、僕の好奇心も増大する。
謎の人物はどんどん瞬間移動し、階段に向かっていった。
僕もそれに付いていく。
何回も階段を上がっていくうちに、謎の人物は扉が閉まる音と共に消えてしまった。
代わりに目の前には、金属製の扉が行く手を塞いでいる。
ここから先は屋上だ。
僕はあまり来たことはないが、生徒の中にはここで昼休みを過ごす人もいるそうだ。
ちなみに、屋上への入口はこの扉しかない。
つまり、この扉の先には謎の人物がいる……
頭の中が、恐怖と好奇心が混じった何とも言い難い感情に支配された。
「……よし!」
僕は気合いを入れて、ドアノブに触れた。
音をたてないようにゆっくりと捻る。
そして、僕は屋上に足を踏み入れた。
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