第4話 サイレンは唐突に鳴り響く

 2時間分の授業を全て睡眠に費やした僕は、授業が終わると同時に自然に起きた。

 習慣になり過ぎて、起きるべき時間を身体が覚えてしまっている。

 なんか落ちぶれたようで、嫌だ。

 早く、千穂と仲直りして全てを元に戻したいところだ。

 しかし、今はそんなことを考えている場合ではない。

 何故なら、昼休みが始まるからだ。

 僕たち生徒にとって昼休みは、きつい学校生活における心のオアシスとでも言うべき時間だ。

 1分たりとも無駄にしたくない。

 僕は急いで目的地に向かう。

 そもそも武領台高校は、授業に関してはとても厳しいが、それ以外は非常にアバウトだ。

 多分、授業にメリハリを付けたいからだろう。

 そのため、昼休みや放課後は生徒それぞれ思い思いに羽を伸ばせる。

 更に、学園都市の敷地から出なければ、校則に違反しない。

 人によっては、昼休みの時間を利用して学園都市を散歩したりするそうだ。

 ちなみに、僕は食堂で昼食を摂ることを日課にしている。

 ……自分でもつまらないくらい普通だと思う。

 だが、ちゃんとした料理を格安で食べられるとあっては外すことなんてできない。

 つまり、僕にとって昼休みの食堂とはご馳走にありつける場所なのだ。

 目的地である食堂と僕とを隔てる自動ドアを潜り抜け、配膳の列に並ぶ。

 スマートウォッチを自動注文機に翳して料金を支払い、トラベレーターに乗ってカウンターまで進んだ。

「オ待タセシマシタ。Aランチデス」

 配膳用アシストロボットから昼食を貰って、いつも自分が座っている席に行く。

 僕は静かに食べたいので、騒がしい食堂の中央を避けて、食堂の隅に陣取る。

 そこが、僕のお気に入りだ。

 昼食をテーブルの上に置き、椅子に座って背中を伸ばす。

 天井一面の液晶『スカイアリウム』が青空を映し出し、とても開放的だ。

 更に奥の方には、武領台学園都市のシンボル『武領台タワー』が見える。

 凝ったデザインから学校内外からの人気が高く、ある種のスポットになっている。

 展望台も設置されているため、昼休み中に登ったりする人もいるみたいだ。

 ちなみに、僕はまだ登ったことはない。

「オ昼ノニュースデス」

 無数に設置されている光学画面『ホロテレビジョン(略して、ホロテレ)』に、アシストロボットのアナウンサーが映った。

 僕が座っているこの席は、ホロテレと武領台タワーが一偏に視界に入る。

 空を眺めながらニュースを見て適当にくつろぐのが、僕の昼休みの過ごし方だ。

「マズ初メニ彗星ノ情報カラデス。小型ノ『クラーク彗星』ハ、2日後地球ニ最接近スル見込ミデス。地球ニ衝突スル可能性ハ限リナク低ク、マタ太陽ヤソノ他ノ天体ニ影響ヲ及ボスコトモ無イデショウ」

 最初は、地球に接近しているクラーク彗星の話題からだった。

 このクラーク彗星は、数々の不可解な点から世間に注目されている彗星だ。

 1番の理由は、彗星の色が赤いことからだ。

 通常、彗星の色は青や白が普通だという。

 ところが、クラーク彗星は多少の濃淡はあれど赤一色だ。

 また、近年新しく発見された彗星というのも不気味だ。

 何故なら、地球人が宇宙に進出してから、彗星は粗方探し尽くされているからだ。

 おまけに、未発見の天体であっても、衛星軌道上を周回する人工衛星が、地球に接近する物体をすぐに捕捉する。

 ……はずなのだが、何と発見したのは地球にいた一般人のクラークさんだという。

 科学が発展し宇宙に進出して何千年も経っている今になって、科学の目を潜り抜けるなんてことがあるのだろうか?

 まあ、いざとなったら迎撃衛星が撃墜してくれるはずだ。

 だから、僕にとってはあまり関係のない話だ。

「続イテノニュースデ……」

 突然、ホロテレが止まった。

 アシストロボットのアナウンサーは全く動かず、音声も聞こえてこない。

 異変に気付いた人たちの視線が、ホロテレに集中する。

 次の瞬間、けたたましく不快な音が、そこら中で鳴り響いた。

 同時にホロテレには、「WORLD ALERT!」と書かれた赤い画面が表示される。

 もしかして、この音はサイレンなのか?

 今まで聞いたこともない不気味な音に、食堂にいた人全員の動きが止まる。

 ただ事じゃない。

 そんな直感が、頭をよぎった。

「え……」

 近くで千穂の声がした。

 声がした方向を見ると、酷く怯えた表情をしている。

「いや……いや、いやああああぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 そして、千穂はパニックを起こして悲鳴を上げた。

 顔をグチャグチャにして泣き崩れる。

 普段の委員長然とした姿は微塵もない。

「あああぁぁぁあああああぁぁぁぁあぁあああああ!!!」

「どうしたの、千穂!?」

「落ち着いて!!」

 絶叫する千穂を彼女の友達が必死になって落ち着かせようとしている。

 だが、千穂は泣き止まない。

 僕だけが知っている千穂の素顔が、そこにあった。

 すぐにパニックになってしまうほどの怖がり……

 それが彼女の素顔だ。

 理由は僕も知らない。

 訊いても、千穂は頑なに教えてくれないからだ。

 そして、僕が昔しつこく理由を訊いたせいで喧嘩してしまった。

 きっと、千穂にとっては隠さなければならないことなのだろう。

 あの時、あんなに訊かなければよかったと、今は思う。

「おい、いったい俺たちはどうなっちまうんだよ!」

「怖い……怖いよぉ……」

 泣き叫ぶ千穂に触発されて、食堂のあちらこちらから怯えた声が聞こえてくる。

 その声に応えるかのように、ホロテレの画面が切り替わる。

 先程と同じアシストロボットのアナウンサーが現れた。

 しかし、周りの人たちは気づいていないみたいだ。

 いつの間にか、ホロテレの音声が耳に入ってこない程、食堂内は騒がしくなっていた。

「静かにしやがれぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!」

 突然、男の怒号が食堂全体に響き渡った。

 一瞬にして、食堂内は静まりかえる。

 僕たちの視線は、怒号の主に向けられた。

 その主とは、百瀬だった。

「ゴタゴタ騒いでんじゃねえぇ……」

 その気迫に押されて、僕たちは動くことすらできなくなる。

 だが、おかげで僕たちはパニックにならずに済んだ。

 千穂も百瀬の怒号には流石に気づいたみたいで、顔に涙を残しつつ困惑している。

 こういう時の百瀬は、頼れるリーダーという印象を受ける。

 彼に付いて行けば、何でも大丈夫な気がしてくる。

 だからこそ、不良のリーダーが務まっているのだろう。

 不本意ながら、そんな彼を羨ましいとさえ思ってしまう。

「銀河統一同盟ノ緊急声明ヲオ伝エシマス」

 静かになった食堂に、アシストロボットの声が不気味に反響する。

 次の瞬間、信じられない言葉をアシストロボットは口にした。

「皆サマニ残念ナオ知ラセガアリマス。惑星規模以上ノ危険ヲ警告スル『世界警報』ヲ発令シマシタ。我々ノ世界ハ10日後ニ滅ビマス。皆サマ、安全ナ場所ニ避難シテクダサイ。繰リ返シマス……」

 僕たちの思考は停止した。

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