第3話 生活は少しずつ変わっていく

 自動ドアを開けて教室に入ると、既にクラスメイトたちが席に座っていた。

 始業1分前なんだから、当然か。

「あれぇ? 今日は遅いなぁ!」

 百瀬が僕を見るなり、意地悪そうな顔で言ってきた。

 百瀬の周りにいた連中は、百瀬の発言に呼応してクスクス笑ってくる。

 誰のせいだと思っているんだ……

 だが、文句を言っても仕方がないので、無視して自分の席に向かう。

 そして、机の脇にリュックサックを掛けて、椅子に座る。

 と同時に、教室の前側の自動ドアが開いた。

 自動ドアの向こう側から担任の先生が入ってくる。

 そして、デジタルボードの前までやって来たところで、僕たちの方を向いた。

「クラス委員」

 クラス委員にホームルーム開始の号令をするように合図を送る。

「気を付け! 礼!」

 右隣からクラス委員である千穂のハキハキとした声が響いた。

 僕たちは千穂の指示通りに礼をする。

 実は、僕と千穂は教室の席も隣同士だ。

 だから、授業を受けている間、ずーっと気まずい。

 僕はその微妙な空気を感じないように授業中は寝ることにしている。

 もしくは、先生の話に意識を集中させて気を紛らわせている。

 つまり、朝感じた息苦しさは序の口に過ぎない。

「今日は君たちに、学園からの連絡がある」

 深刻そうな面持ちで、担任の先生が言った。

 連絡なんて珍しい。

「皆も知っていると思うが当学園の電力は、丘の下にある火力発電所で賄っている」

 先生の言った通り、武領台高校は火力発電所を所有している。

 その発電所は、僕たちがいる『武領台』という小高い丘の下にある。

 つまり、この高校はその丘の上にあるから武領台高校と呼ばれている。

 丘の外をあまり見ないため、よく忘れる。

 だが、学園都市の方は丘の下まで続いている。

 それこそ、武領台の周囲全てが学園都市の一部であると言ってもいいくらいだ。

 ちなみに、学業に関係したり生徒が寝泊まりする施設は丘の上に、学業には直接関係しない施設は丘の下に配置されている。

「ところが先日、発電所の1号棟で不具合が見つかった。そのため、しばらくの間は電力の供給量が落ちることが予想される。くれぐれも電気の使い過ぎには気を付けるように」

 確かに、これは一大事だ。

 学園都市で使われている電力の90%を生産しているのが、学校の火力発電所だ。

 依存していると言っても、過言ではない。

 これは、かなり使用を制限されそうだ。

 ところで、発電所の維持は発電所専用のアシストロボットが行っているはずだ。

 それらのアシストロボットには、発電所を整備するための膨大なプログラムが組み込まれており、小さな亀裂だろうと発見次第すぐさま修復してしまう。

 そんなアシストロボットが、四六時中発電所の見回りをしている。

 まさに隙がないとはこのことだと言わんばかりだ。

 じゃあ、アシストロボットにも直せない不具合っていったい何なんだ?

「以上だ」

「気を付け! 礼!」

 千穂が再び号令をかけて、ホームルームは終わった。

 先生が教室から出ていき、入れ違いで別の先生が入ってくる。

 1時間目の授業は、歴史だ。

 正直なところ、僕は歴史が好きではない。

 日常生活で役に立たないことが多いからだ。

 だが、それでも僕はこの歴史の授業は真面目に受けようと意識している。

 何故なら、先生が面白い人だからだ。

 僕は教科書とノートを取り出す。

 そういえば、前にこの授業の先生が教えてくれたことだが、昔の教科書は紙でできていたらしい。

 今の教科書は、タブレット型だ。

 この教科書が全国的に使われるようになるのは、銀河統一歴に入ってかららしい。

 なんでも、資源の節約のために銀河統一同盟に命令されて導入したという。

 銀河統一歴に入る前、それこそ西暦時代前半には、既にタブレット端末はあったにも関わらずだ。

 しかし、そこまでタブレット型教科書の導入が遅れた理由は、日本が旧態依然だったからとしか言えないとのこと。

 先生曰く、その証拠というか日本の不満らしきものは、呼称に表れているらしい。

 わざわざ、僕たちが「タブレット型」と呼んでいるのが、その証拠なのだそうだ。

 納得していいのか分からない。

「気を付け! 礼!」

 千穂が本日3度目の号令をかける。

「えーと……前回は……あー……銀河同盟の宇宙船が大量に飛来したところまでか」

 ちなみに、この先生は少しボケている。

 だからなのか、授業中に他のクラスメイトが眠っても怒らない。

 単に寛容なだけなのかもしれないが……

「いえ、その後の銀河同盟太陽系親善大使とアメリカ合衆国大統領がケネディ会談を行ったところまでです」

 銀河同盟とは、銀河統一同盟の昔の名前だ。

 銀河系統一後に、加盟惑星の全会一致で銀河統一同盟に改名されたらしい。

「そうだったそうだった。いやあ、この歳になるとどうしても物忘れが増えてくる。君たちも20歳になる前に色んなことをやっておくといい。老け出してからだとやりたいこともできないからな。はっはっはっは……」

 先生は千穂の訂正を受けた後、授業とは全く関係ないことを喋り出した。

 こういうことが日常茶飯事なので、授業の進みはとてつもなく遅い。

 まあ、そこがこの授業の好きなところではあるのだが……

「さて……となると、今日やるところは、地球の銀河同盟加入か。ところで、百瀬君。地球が銀河同盟に加入するのに最後まで反対したのは日本だそうだが、何故日本はそんなに反対したんだと思う?」

 その代わり、教科書に載っていないことを僕たちに質問してくる。

 今日は百瀬が餌食になった。

「うーん、教科書に書いてないし、分かんないっすねぇ……」

 そして、奴は1番踏んではいけない地雷を踏んでしまった。

 僕を含めたクラスメイト全員が「やっちまった」とばかりに苦々しい表情をする。

「ふぅむ、もう少し思考して欲しいんだが……。まあいいか。これは私の考えなんだが、日本は銀河同盟の文化が自国の伝統的文化を侵食することを恐れたんだ。世界的に見ても日本ほど変化を嫌う国は他にないからね。昔に固執すると言ってもいいかもしれない。特に付き合いに関して厳しい文化だ。だから、銀河同盟によって今まで築き上げてきたものが崩れ去ることを恐れたんだ。結局のところ、国際連合総会の決議には逆らえなかったがね。そして事実、銀河同盟の技術が入ってきたことで通信機器が発達し古臭い付き合いは消えてしまった。私もそうだが、君たちも隣町に行くなんてことはほとんどしないだろう? せいぜい、テレビや電子新聞なんかで情報を仕入れるくらいのはずだ。無論、その付き合い自体がなくなった訳ではないが……」

 先生が自分の理論をまくし立てるように言い出した。

 こうなると、この先生は止まらない。

 これ以上聞いていると、脳の許容量を超えてしまうため、今日は寝ることにする。

 まず、教科書を机の前に立てて、先生から僕が寝ているのを見えないようにした。

 一応、怒られないように保険をしておくに越したことはないはずだ。

 そして、ノートを枕替わりにして頭を横にした。

 同時に、僕の視界に千穂が入る。

 先生が授業そっちのけで自分の考えを喋りまくっているにも関わらず、千穂は背筋を伸ばして真面目に聞いている。

 流石は、クラス委員としか言いようがない。

 僕には、とても真似できない。

 それはそうと、やっぱり千穂は綺麗だ。

 キリッとした目に色白の肌、そしてポニーテールと、容姿に文句の付け所がない。

 おまけに、制服を1ミリたりとも着崩しておらず、真面目そのものだ。

 かと言って、厳し過ぎるわけでもない。

 むしろ、孤立しているクラスメイトにも話しかける等、根は凄く優しい。

 流石に、喧嘩している相手は例外だが……

 と、マイナスのイメージが出かかったところで、僕はふとあることに気づいた。

 頭を向ける方向が逆だ……

 千穂のことを頭の片隅において、僕はゆっくりと夢の世界に入っていった。

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