第2話 噂は勝手に広まっていく

 10分くらい全力疾走すると、全面ガラス張りの一際大きな建物に辿り着いた。

 ここが僕の通っている私立武領台むりょうだい学園高等学校だ。

 厳密に言えば、僕が住んでいる寮も高校の一部だ。

 つまり、目の前にある建物は授業や学校行事を行うための校舎というわけだ。

 そして、その周囲を様々な施設が密集して、この武領台学園都市を形成している。

 ただ、学園都市とその外側の境目が曖昧すぎて、僕たちはここが学校の一部であることをよく忘れてしまう。

 もちろん、こんなに恵まれた学校が、ただの学校な訳はない。

 ここは全国に名が通っている超有名校だ。

 どれくらい凄い学校かというと、卒業生に銀河統一同盟のお偉方になった人や、銀河中に注目される研究をしている科学者がいるくらいには凄い。

 当然、この高校の入試はとてつもなく難しい。

 入学しようとしている中学生の本気度も尋常ではなく、受験会場は戦場のように殺伐とする。

 本当に僕はよくパスできたな……。

 だが、当然というべきか教育レベルは異様に高い。

 そのせいで、入学してからというもの勉強に追われて遊びどころではない。

 ある意味、これがあるべき高校生活なのかもしれないけど……

「ゼェー、ハァー、ゼェー……」

 僕は少ない体力を振り絞って猛ダッシュしたため、校門で息を切らしてしまった。

 昨日夜通し難しい宿題をやっていたのも、息切れの原因に含まれる。

「まだ、始業には間に合うか……」

 学校から支給されたスマートウォッチで時間を確認する。

 時間に少し余裕があることが分かった僕は、しばしの休憩を取ろうとした。

 しかし、背後からの強い衝撃が邪魔をした。

「うわっ!」

 突然、僕は前方に吹っ飛ばされた。

 誰かに後ろから突き飛ばされたのだ。

 あまりにも力が強かったため、地面に顔を激突させてしまう。

 痛い……

 いったい、誰がこんなことを……?

「ぁあ? 誰だ、こんなところに突っ立ってんのは?」

 その声を聞いた瞬間、僕の背筋は凍り付いた。

 毎日毎日聞かされる聴きたくもない声……

 そんな声の主が、僕の背後に立っていた。

百瀬ももせ……」

 怯えて、声の主の名前が口からこぼれ出てしまう。

 僕を押し倒した奴の正体は、同じクラスの不良のリーダー。

 名前を百瀬ももせ 大三郎だいざぶろうと言う。

 喧嘩慣れしてそうな大柄な身体と、乱暴な性格が特徴だ。

 残念ながら、武領台高校にも不良はいる。

 何故、こんな超有名校に不良がいるのか?

 それは、武領台高校の特殊な推薦方式のせいだ。

 受験者が一定の学力・体力を持ち、その両親のどちらかが優秀な人間であれば、一部の科目が免除される、その名も遺伝子推薦だ。

 銀河統一同盟の優性遺伝子集約思想に肖ったもので、思想自体は科学的で全宇宙に浸透している。

 しかし、日本に持ち込まれた途端、裏口入学の温床になってしまった。

 苦労もせずに育ったお金持ちの子供が、遊ぶためだけに入るようになってしまった。

 結果として武領台高校は、全国でも有数の進学校であると同時に、不良の溜まり場としても名を轟かせている。

「なんだ、てめぇか。今日はどうした? 寝坊かぁ??」

 いつも通りだったけど、千穂に会って遅れただけだ。

「てめぇみたいな奴が幼馴染で、富谷は可哀そうだなぁ!」

 遠回しに僕のことを馬鹿にしてきた。

 百瀬が僕に因縁をつけるのには理由がある。

 百瀬は千穂のことが好きなのだが、なかなかまともに話してもらえない。

 だから、苦労もせずに千穂と喋れる僕が気に障って仕方がないらしい。

 千穂とは幼馴染なだけで、ちょっと喋る程度なのに……

 迷惑この上ない。

「ダサい名前の奴に言われたくない……」

「んだとぉぉぉ!!!!」

 百瀬の顔が真っ赤になる。

 大三郎という名前、というか『~郎』と付く名前は、正直ダサい。

 だが、西暦時代において『~郎』という名前はよく使われていたらしい。

 銀河統一歴を生きる僕からしたら信じられない。

 まあ、トレンドなんて時代ごとに変わっていくからしょうがないけど……

 そういえばテレビで、遥か昔に使われていた田吾作という言葉を説明するために、現代の太郎という名前が引き合いに出されていたな。

 田吾作の意味は忘れたが、酷い言われようだった覚えがある。

 少なくとも、公共放送で取り上げられるくらいにはダサい。

「何ボサッとしてるんだぁ?」

 百瀬の一言で、現実に引き戻される。

 次の瞬間、百瀬の拳が僕の顔面にめり込んだ。

 僕の身体は、勢い良く後方に吹っ飛ばされる。

「けっ!」

 そして、百瀬は僕に唾をかけて立ち去っていった。

 幸いそんなに強くは殴られなかったため、僕はすぐに起き上がる。

 僕は百瀬にこれ以上因縁をつけられないように、彼を見ないようにした。

 そして、スマートウォッチに目を落とす。

 まだ時間に余裕はあった。

 僕は回り道をして教室に向かうことにした。

 百瀬に追い付かないようにするためだ。

 昇降口で上履きに履き替えて、自分の教室とは反対の方向に進んでいく。

「ねえ、ストップウォッチャーって知ってる?」

「何それ?」

 後ろから女子たちの話し声が聞こえてきた。

 なんだ、ストップウォッチャーって?

 僕は興味をそそられて聞き耳を立てる。

「私たちの見えないところから私たちを監視する謎の人間なんだって!」

「へえ……」

 興奮して話す女子に対して、聞き手側の女子は興味が無さそうだ。

「その正体は、なんと四次元人! 目を付けられた人は、一生彼らに追いかけられるんだって!」

「一生? それはやだなあ……」

「でも、彼らを見ようとしちゃ駄目なの!」

「何で?」

「ストップウォッチャーは私たちを見ている癖して自分たちが見られるのが嫌なの! そして、自分の秘密を守るために見た人を殺しちゃうんだって!」

「ええ……じゃあ、知らずに見ちゃったらどうするの?」

「それは大丈夫! 何せ、私たちを監視するような変態さんだよ? すっごく変な格好をしてるの! おまけに片手に懐中時計を持ってるんだって!」

「うわぁ。そんな人、うっかり見る訳ないね」

 そこで彼女たちの声がだんだん小さくなっていった。

 どうやら、彼女たちは彼女たちの教室に入っていったみたいだ。

 となると、1年生か……

 しかし、ストップウォッチャーか……

 なんで、見たら殺されるのに姿の情報が出回っているのか?

 ツッコミどころがいっぱいあったが、なかなか面白い話だ。

 四次元人という設定で、他人を一生観察することにリアリティを持たせている。

 何せ、時間が第4の次元だとすれば、ストップウォッチャーにとって、僕たち三次元人の一生を観察することなんて簡単なはずだからだ。

 もっとも、1年生の女子は気づいていなかったみたいだけど……

 そうこうしているうちに、僕のクラスに着いた。

 昨日の宿題で疲れたから、今日は静かに過ごしたい。

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