第6話
呆然とする私の傍らで、サクラくんは嬉々として鞄から例のカタログを取り出した。そして野村の顔の前で、さらりとページを開く。そのページは勿論、五千二百三ページだ。
「ご覧ください。こちらの商品が『飴と傘』になります。飴と傘のセットですと五千円。お手持ちの傘を使用することもできますので、その場合は飴のみのご購入で、ひとつ二千円となります」
「ああ? ちょっと値段、高くねえ?」
「それだけの価値はありますので」
胸の前で腕を組んで、野村は考え出した。
「……ちょっと痛いけど、二千円なら」
「ああ、言っておいて何だけど、君の持っている傘はちょっと……」
「え? 何だよ?」
「使えないのです」
「使えない?」
野村は自分の傘に目を落とす。それはコンビニなどでよく売られている透明の傘だ。
「透明っていうのがちょっと」
サクラくんはカタログのページを指さして言った。
「ここでお使いいただくのは、このような色や柄がついた傘にかぎります。そうでないと、コクリ飴の力を引き出すことが出来ないのです」
「どういうこと?」
「透明の傘を通して発射されたコクリ飴の文字は何色になると思いますか?」
色?
私は思わず、自分の傘を見る。それから、野村の頬。
「そっか。ピンクの薔薇柄の傘から発射されたから、ピンクの文字か」
「そういうこと。透明じゃ見えないでしょ?」
「それじゃあ傘も買わないとだめってか? 五千円って言ったよな?」
「はい。どうぞお好みのものを選んでください。このカタログに載っている傘は、普通の傘と違い、銃として扱いやすいよう柄のところに引きがねが付いているんですよ。なかなか触り心地がいいと評判なんです。本当に銃を撃っているようだと……ああ、これなどいかがでしょう?」
……どんな傘を勧めているんだろう。
気になって、傍らからカタログを覗き込んでみると、青色の地に黒色のピストルの絵が描かれた傘をサクラくんは指さしていた。
「え? ちょっと!」
私は慌てて、サクラくんの腕を引っ張る。
「そんな物騒な傘、勧めないでよ!」
「ええ? そうですか?」
「そうだよ! そんな殺傷能力の高そうな傘はだめ! だって、私の傘は無害な可愛い薔薇なんだよ。不公平だよ!」
「そんなことないよ。その薔薇の傘。なかなかに曲者だよ」
「曲者? 何言ってんの?」
「薔薇にはトゲがあるでしょ」
にっと笑うと、サクラくんは私の耳元に唇を寄せると小さく言った。
「君の可愛い薔薇のトゲは彼にきっちり刺さっているよ」
「はあ? それって……」
どういう意味? と聞き返そうとすると、サクラくんは遮るように言葉を続けた。
「それに殺傷能力なんて、この商品には関係ないから。そもそも誰も死なないし、傷つくこともないんだから」
「だけど」
「よし、買った!」
野村が妙に張り切った声を上げて、私を怯えさせた。
「飴と傘、セットでくれ」
「かしこまりました。で、傘はこのピストル柄でよろしいですか」
「ああ」
「では、五千円になります」
「ちょっと待ってて」
野村はそう言うと、離れたところからこちらの様子を笑いながら見ている仲間の元に走っていった。何をしているのかと思っていると、どうやら、仲間たちにカンパを要求しているようだ。
確かに、中学生に五千円はかなりの高額。それでも六人のお財布をかき集めれば何とか集まる額らしい。
落ち着かなくて、靴先で足元の土を蹴っ飛ばしていると、高揚した表情で野村がこちらに戻ってきた。
「ほら、五千円。税込だよな?」
「はいはい。きっかり五千円でOKですよ」
手渡された千円札五枚を、サクラくんは嬉しそうに数えてから、毎度ありーとか言いながら、早速、鞄にしまい込んだ。
「さて、それでは商品のお引渡しをいたしますね」
そこでようやく私は、思い当たる。
サクラくんは、鞄をひとつ肩から下げているだけで、他には何も持っていないのだ。そう、引き渡せる商品など彼は何も持っていない。
どうするつもり?
怪訝そうにサクラくんを見ていると、野村も私と同じことを思ったようで、眉をひそめて言った。
「おい、ちゃんと商品、渡してくれるんだろうな。金だけ取って逃げるなんて考えてないよな?」
「まさか、そんなことしませんよ」
「だけど、あんた、何も持ってないじゃないかよ」
「そうですね。何も持っていません。だけどね、大丈夫なのです」
「大丈夫って、何が?」
野村が疑い深そうに、サクラくんを見る。その視線をものともせず、彼は言った。
「ここだけのハナシですが」
サクラくんは意味ありげに、少し声を落とす。
「実は、僕が配達員というのは世を忍ぶ仮の姿。その実体は……魔法使いなのです!」
「とっとと五千円返せ」
「私もやっぱり帰るわ」
「ちょ、ちょっと、ふたりとも待ってください」
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