第4話

「ええ? そうかなあ。よく書けていると思うけど。明日はきれいな青空が広がること、間違いありません! なんて下りはなかなか詩的で……」

「そういうことじゃなくて!」

 私は彼の呑気さに更に苛立って、高い位置にある顔を睨みつける。

「商品説明が商品の説明になってないって言ってんの!」

「でも、何となく心にビビッとくるものはあるんじゃない?」

「ビビッとって……」

 私は言葉を濁してしまう。


 コクリ飴なんていう怪しげなものは、勿論、信じられない。でも、『どうしても伝えたい、けれど、上手く伝えられない、伝える勇気がないという心の葛藤』という部分には、残念ながら共感してしまうものがある。

「だ、だけど、これじゃコクリ飴とやらが何なのか全然判らないよ」

 ささやかな抵抗でそう言ってみると、

「まあ、そうだね」

 と、サクラくんはゆるく笑った。

「でも、大丈夫。ちゃんと使用説明書もあるから」

「使用説明書?」

 嫌な予感しかしない。

 眉間に皺を寄せていると、彼はカタログを鞄の中にしまい、その代わりに一枚の小さなメモをひらりと取りだした。

「先ず、使用にあたって気を付けて欲しいのは、時間と使用量だね」

「……何、それ」

「制限時間と決められた使用量があるってこと」

「その飴の?」

「そう。時間は飴一粒で、一時間。使える弾丸は三十発だよ。連射なんかしちゃうとあっという間になくなるから、そこは計算して有効に使ってね。見る?」

 彼は指に挟んだメモを私に差し出す。けれど、私はそれどころじゃなかった。彼の手を払いのけるようにして、詰め寄った。

「ちょっと待って。今、弾丸って言った?」

「言った。弾丸三十発」

「何の、弾丸?」

「コクリ飴」

「……飴が弾丸?」

「そう。食べることで充填OK。それから、傘」

 にっと邪悪に笑うと、サクラくんは私の持っている薔薇の傘を指さす。

「傘は君の銃だ。標的に向けて構えるだけでOK」

「はあ? 何言ってんの?」

「君は『飴と傘』で戦うんだよ」

「た、戦う?」

 ぐっと、息を呑んで、それから改めて聞いた。

「だ、誰と? どうやって?」

「それは……」

 ちらりとサクラくんの視線が動く。思わず、それを追って振り返るとそこにいたのは。

「……野村」

 そう、そこには、楽しげに下校する六人組の姿があった。目立つのは、先頭を当たり前のように歩く野村真輝だ。何が楽しいのか、大きな口を開けて快活に笑っていた。


 あんなふうに、もう私は笑えない。

 傘を握る手に力が入る。……私から笑顔を奪ったくせに、どうしてそんなに楽しそうにあんたは笑っていられるの?

 憎たらしいと心から思ってしまった。


「あれ、河野じゃん」

 声を上げたのは佐藤だった。

 相変わらず、ニヤニヤ笑いを顔に張り付けてこちらを見ている。

「……ああ? 誰だよ、あいつ」

 慌てて顔を逸らそうとした時、そんな野村の信じられない声が私の耳に響いた。

 え? 誰だよって、まさか。

 そろそろと、私は逸らしかけた顔を野村に向けた。

 私を覚えていない、ってこと?


 確かに、野村とたまに廊下で遭遇しても、知らない顔ですれ違っていく。過去にいじめていた私のことなど、野村にとってはどうでもいいのだろうと思っていたけれど、それどころか、こいつは私の存在自体を忘れていたということなのか。

 唖然として立ち尽くす私を、馬鹿にするように野村は見返してくる。

「あ、思い出した。あの暗い奴か」

「お前、ひでえな。いじりまくってたくせに忘れてんのかよ」

「だっけ?」

「名前だよ、こいつ、変な名前で」

「ああ、ゆりやだか、まりやだか、そんなのだったよな?」

「そーそー。顔に合ってないって奴!」

 四人が同時に笑い出す。

 それを、事情を知らない中学から知り合ったふたり組が不思議そうに見ている。

「え? 何?」

 背の高いメガネくんが野村に尋ねている。確か、伊勢くんとかいう子だ。その隣に、例の物腰の柔らかな彼が立っている。彼は、あれ? という感じで私をみつけ、いつものように優しく微笑んでくれた。

 だけど、私には微笑み返す余裕も度胸もなく、ただ目を伏せるしかない。特に、今のこの状況では……。


「北見、あの子、知ってるの?」

 伊勢くんが物腰の柔らかな彼……北見くんに言っている。それに北見くんが答える前に、野村が大声で私に言った。

「おーい、お前。そこの平たい顔! 名前、なんだっけ? ゆりや? まりや? どっちだよ?」

 私はもうほとんど無意識に、薔薇柄の傘をしっかりと両手で構え、その先端を野村に向けていた。

 私の名前は……河野ゆりやだよ! 平たい顔なんて言うな! 

 心の中で強く言った。

 そして、その次の瞬間、私の傘は、何の変哲もないただの傘だったはずなのに、ドンとすさまじい音をたてて先端から火を噴いていたのだ。

 ええ!?

 私は反動で、後ろによろけて転びそうになる。それをしっかりと支えてくれたのはサクラくんだった。

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