二
「それが本当だって、信じられるわけないでしょ?」
佳緒瑠は私に掛けられた魔法を解くために、人間の世界で行き、こいつを連れてきたと。
「信じられないなら、それでいい。キスをさせろ。そしたら記憶が戻るはずだ」
「キスぅう? ありえないわ。なんで人間、しかもあんたなんかと。私は佳緒留の妻となるもの。できるわけないわ!」
「佳緒留……か。お前には子供いるんだ。
「優斗?」
その名前に聞き覚えがある。
でもそれだけだ。
「子供? 冗談も休み休みに言ってよね。私は人間なんかじゃないんだから!」
「並子!」
椅子から立ち上がった私を人間―優が見上げる。
「優斗はお前の帰りを待ってるんだ。だから」
「優斗……」
懐かしい響き、心が温かくなる。
でもなんだろう。
こいつは、その優斗のために、並子を探しているんだ。
自分自身のためじゃない。
「私は並子って人間じゃないけど、例え私が並子でも元に戻るのは御免だわ」
「どういう意味だ?」
「だって、あんたはその優斗って子のために、並子を探してるんでしょ。あんた自身は並子なんてどうでもいいんでしょ?」
優という人間は驚いたように私を見る。
やっぱり、可哀そうな並子。
私は並子じゃない。
佳緒留という、愛してくれる婚約者がいる並だもん。
「私は城に戻る。佳緒留が城に戻っているなら、彼と話しでもするから」
「並子!」
「だから並子じゃないの!」
怒鳴り返した私を優がぎゅっと抱きしめる。佳緒留と違った感触が私をドキドキさせた。
馬鹿並。何、ドキドキしてるのよ。
「悪い」
優はそう言うと私の唇を奪う。
「ば、何してるのよ! 変態!」
私は人間を張り飛ばす。
「いた! 乱暴な奴だな。あれ?カエルのまま?」
人間は私が叩いた頬を押さえながら、目をぱちぱちさせて私を見ている。
「だから私は並子じゃないの!」
ふん、私はカエル族の並なの。
「じゃあ、もう一回」
しかし優は懲りずに再度私を引き寄せる。
「放して!」
「いたぞ!」
体をぎゅっと抱きしめれ、キスされようとした瞬間、数人の兵士が現れる。
やった、味方だ!
しかし、そう思ったのは一瞬だった。
「見つかったか。でも捕まるわけにはいかない!」
優は私を小脇に抱えると走り出した。
「放して!」
「黙って!」
優は暴れる私を抱きかかえたまま、走り続けた。
「もう大丈夫だな」
かなり走り、森の中に逃げ込んだ。人間は私を降ろした。小脇に抱えられるなんて経験がないことで、かなり気持ち悪かった。
吐きそう。
「……佳緒留のところへ戻して」
私は吐き気をこらえながら、優を睨む。
「嫌だ。お前は俺と一緒に帰るんだから」
「ふん、誰が、だいたいキスで解ける魔法なんでしょ?なんでさっき、解けなかったじゃないの。私は並子じゃないのよ」
「いや、お前は並子だ。その強情さ、仕草。全部並子と一緒なんだ」
「ふん、だったら。なんで元に戻らないのよ」
「わからない。もう一度、試させてくれないか」
優はじっと私を見つめる。
人間の瞳は小さかったが、その輝きは私達と変わらない。
よく見ると頭の上のもじゃもじゃもなんだか、かっこよく見えないこともない。
人間でいうとこいつはかっこいいのかなと思ってしまう。
「嫌。キスは佳緒留だけのもの。私が愛するのは佳緒留だけ。そして私を愛するのも佳緒留だけなんだから」
「佳緒留、佳緒留か。お前、魔法にかかってるだけなんだぞ?」
優は忌々しげにつぶやいた。
「そんなの、知らない。でも私は今の気持ちに正直になりたいだけだから」
「正直か……。俺は並子をあきらめられない。優斗も待ってる。だから」
「優斗? やっぱりそうなの?あなた自身はどうなの?」
「俺、俺自身? もちろん、俺も並子に元に戻ってほしいと思ってる」
「嘘ね。私は信じられない」
「信じられない……か? どうしてだ?」
人間は木の株に座り込み私を見上げる。その黒い瞳は私を捉えようとしているようで、私は目をそらす。
「だって……」
なんでだろう。
わからないけど、優が信じられなかった。
「……そうか。そういうことか。お前は俺を信じられない。だからキスしても元に戻らない。今のお前にキスしても俺はお前が愛する者じゃないからだ」
「じゃあ、佳緒留のところへ戻してくれる? 愛する者は佳緒留だし」
私は皮肉な笑みを浮かべる。
彼がキスしたところで私が人間なんかに戻るわけないけど。
私はカエル族で佳緒留の婚約者なんだから。
「いや。まだ時間がある。俺とお前――並子は愛し合っていた。少なくても俺はそう思ってる。だから、それを思い出させる」
「ふん、そんなこと。できるわけないでしょ。私が愛しているのは佳緒留だけだもの」
「やってみせるさ。お前は並子だから」
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