「それが本当だって、信じられるわけないでしょ?」


 積谷せきやすぐるという名の人間は、私が本当は人間で、しかもこいつの妻。王の魔法によってカエル族に変化させられ、記憶を奪われたと話した。

 佳緒瑠は私に掛けられた魔法を解くために、人間の世界で行き、こいつを連れてきたと。


「信じられないなら、それでいい。キスをさせろ。そしたら記憶が戻るはずだ」

「キスぅう? ありえないわ。なんで人間、しかもあんたなんかと。私は佳緒留の妻となるもの。できるわけないわ!」

「佳緒留……か。お前には子供いるんだ。優斗ゆうとという可愛い男の子だ」

「優斗?」

 

 その名前に聞き覚えがある。

 でもそれだけだ。


「子供? 冗談も休み休みに言ってよね。私は人間なんかじゃないんだから!」

「並子!」


 椅子から立ち上がった私を人間―優が見上げる。


「優斗はお前の帰りを待ってるんだ。だから」

「優斗……」


 懐かしい響き、心が温かくなる。

 でもなんだろう。

 こいつは、その優斗のために、並子を探しているんだ。

 

 自分自身のためじゃない。


「私は並子って人間じゃないけど、例え私が並子でも元に戻るのは御免だわ」

「どういう意味だ?」

「だって、あんたはその優斗って子のために、並子を探してるんでしょ。あんた自身は並子なんてどうでもいいんでしょ?」


 優という人間は驚いたように私を見る。


 やっぱり、可哀そうな並子。

 私は並子じゃない。


 佳緒留という、愛してくれる婚約者がいる並だもん。


「私は城に戻る。佳緒留が城に戻っているなら、彼と話しでもするから」

「並子!」

「だから並子じゃないの!」


 怒鳴り返した私を優がぎゅっと抱きしめる。佳緒留と違った感触が私をドキドキさせた。

 馬鹿並。何、ドキドキしてるのよ。


「悪い」


 優はそう言うと私の唇を奪う。


「ば、何してるのよ! 変態!」


 私は人間を張り飛ばす。


「いた! 乱暴な奴だな。あれ?カエルのまま?」


 人間は私が叩いた頬を押さえながら、目をぱちぱちさせて私を見ている。


「だから私は並子じゃないの!」


 ふん、私はカエル族の並なの。


「じゃあ、もう一回」


 しかし優は懲りずに再度私を引き寄せる。


「放して!」

「いたぞ!」  


 体をぎゅっと抱きしめれ、キスされようとした瞬間、数人の兵士が現れる。

 やった、味方だ!

 しかし、そう思ったのは一瞬だった。


「見つかったか。でも捕まるわけにはいかない!」


 優は私を小脇に抱えると走り出した。


「放して!」

「黙って!」


 優は暴れる私を抱きかかえたまま、走り続けた。



「もう大丈夫だな」


 かなり走り、森の中に逃げ込んだ。人間は私を降ろした。小脇に抱えられるなんて経験がないことで、かなり気持ち悪かった。

 吐きそう。


「……佳緒留のところへ戻して」 


 私は吐き気をこらえながら、優を睨む。


「嫌だ。お前は俺と一緒に帰るんだから」

「ふん、誰が、だいたいキスで解ける魔法なんでしょ?なんでさっき、解けなかったじゃないの。私は並子じゃないのよ」

「いや、お前は並子だ。その強情さ、仕草。全部並子と一緒なんだ」

「ふん、だったら。なんで元に戻らないのよ」

「わからない。もう一度、試させてくれないか」


 優はじっと私を見つめる。

 人間の瞳は小さかったが、その輝きは私達と変わらない。

 よく見ると頭の上のもじゃもじゃもなんだか、かっこよく見えないこともない。

 人間でいうとこいつはかっこいいのかなと思ってしまう。


「嫌。キスは佳緒留だけのもの。私が愛するのは佳緒留だけ。そして私を愛するのも佳緒留だけなんだから」

「佳緒留、佳緒留か。お前、魔法にかかってるだけなんだぞ?」


 優は忌々しげにつぶやいた。


「そんなの、知らない。でも私は今の気持ちに正直になりたいだけだから」

「正直か……。俺は並子をあきらめられない。優斗も待ってる。だから」

「優斗? やっぱりそうなの?あなた自身はどうなの?」

「俺、俺自身? もちろん、俺も並子に元に戻ってほしいと思ってる」

「嘘ね。私は信じられない」

「信じられない……か? どうしてだ?」


 人間は木の株に座り込み私を見上げる。その黒い瞳は私を捉えようとしているようで、私は目をそらす。


「だって……」


 なんでだろう。

 わからないけど、優が信じられなかった。


「……そうか。そういうことか。お前は俺を信じられない。だからキスしても元に戻らない。今のお前にキスしても俺はお前が愛する者じゃないからだ」

「じゃあ、佳緒留のところへ戻してくれる? 愛する者は佳緒留だし」


 私は皮肉な笑みを浮かべる。

 彼がキスしたところで私が人間なんかに戻るわけないけど。

 私はカエル族で佳緒留の婚約者なんだから。


「いや。まだ時間がある。俺とお前――並子は愛し合っていた。少なくても俺はそう思ってる。だから、それを思い出させる」

「ふん、そんなこと。できるわけないでしょ。私が愛しているのは佳緒留だけだもの」

「やってみせるさ。お前は並子だから」

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