カエル場所
一
「おはようございます。お目覚めはいかがですか?」
江美の穏やかな声が聞こえ、カーテンを開ける音がした。
「眩しいですか?」
窓から入る朝日に目を細めた私に、彼女が心配げな声をかけた。
「大丈夫よ」
何か長い夢を見ていたような気分だった。
このまま、寝ていたいとも思ったけど、せっかくのよい天気だしと体を起こす。
「今日は佳緒留様はご用事があるようで、来られないそうです」
「そう」
用事ってなんだろう?
王太子だから忙しいもんね。
でも今日は一人なのか。
佳緒留と一緒に街に出ようと思ったのに。
江美に手伝ってもらって寝巻き用のドレスから黄色のドレスに着替える。それは裾に白のフリルがつき、襟にひらひらした大きなレースがついたドレスで明らかに私に似合わないようなデザインだった。でも着替えて鏡を見ると大きな目をした私が可愛らしいドレスを着てそこにおり、ピンクの肌に黄色がうまくマッチしていた。
「似合っている……。江美が選んでくれたの?」
「はい。街で最近流行の形なのですよ」
街、最近、流行……
他にもいろんな服があるのかな?
見てみたい~~
「江美、やっぱり私、街に出かけるわ。だから、私の代わりをお願いね」
「え!並様!」
そうして私は王太子の婚約者という役割を江美に押し付けて、街に出かけることにした。
江美は私と同じピンクのカエル族。だから、同じような服を着ていたら私と瓜二つで身代わりにぴったりだった。
朝食を食べ終わり、江美と服を交換するとお城の裏門からこっそり出る。裏門の番人は「ああ、江美さんか」と頷き、門を開けてくれた。
わくわくしながら街に入ると店は殆どが開いており、広場には花屋、装飾具屋、古着屋、家具屋が華やかに店を広げていた。
でも私の目的は違うんだから。
「あれ、お嬢さん。今日はカッコいい彼とは一緒じゃないのかい?」
広場を抜け先に進もうとすると、そう声をかけられた。それは広場の端っこにある焼きりんご屋のお兄さんだった。
誰?彼?佳緒留のこと?
疑問がぐるぐると頭の中を回る。
だいたい佳緒瑠と昨日、街に来てたっけ?
そんな記憶はなかった。
訝しげな顔をしている私にお兄さんは焼きりんごをほらっと言ってくれた。どうも、佳緒留と一緒じゃない私が不機嫌だと思ったらしい。
ま、いいか。
どうでも。
お兄さんにお礼をいって、リンゴを頬張りながら広場を抜ける。
「ここだ!」
再び街中に戻り、うまうまと言いながらリンゴを食べていると色鮮やかなお店に辿り着く。ガラス越しにカラフルな可愛いドレスが飾ってあるのが見えた。私はりんごを大きな口の中にぱくりと入れると店に入った。
「いらっしゃい。江美ちゃん、あれ、違う?」
店の主人は緑のカエル族で、女性だった。
江美はこのお店の常連なのね。
「私は並といいます。江美から可愛いドレスを置いてあると聞いたので、たずねてきました」
「そうなのね。じゃ、どうぞ。ゆっくり見てくださいね」
ご主人はニコリを笑うと、私を店の中に招いた。
「これ、いいですね」
空色のドレスを広げ、私はくるりと回る。
「ああ、これはお城のお姫様……あれ並?もしかして」
「……えっと、はい」
結局身分がばれてしまい、ご主人の態度が急によそよそしくなる。それで、なんだかお店でゆっくり見ることができなくなってしまい、結局今度お城に来てもらうことにした。
お店を出ながら、ご主人が言っていた言葉を考える。
でもおかしいな。
江美に渡したっていってたけど、あんなドレス見たことない。
ま、いいわ。
江美に聞いてみよう。
私はこのまま手ぶらで帰るのが嫌だったので、広場に戻って装身具でも見ることにした。
「あの、並っていうピンク色のカエルを探してるんだが」
装身具を見ているとそんな声がぼそぼそと聞こえた。
並?
私を探している?
私は気になって声がした方向を見る。
そこには奇妙な男がいた。
茶色のフード付きコートをかぶり、サングラスをしていた。
背もかなり高かった。
対応しているお店の人も私と同じ感想らしく、顔をしかめると胡散臭そうに追い払った。
変な男は溜息をつくとふと顔を上げる。
「!」
嫌だ、目が合った!
「並子、お前なのか?」
並子?誰それ!
私は並なんだけど。
しかし奇妙な男は、そろりそろりと近づいてくる。
やだ、気持ち悪い!
「並子!」
私は見ている装飾具を手放すと走り出した。
「はあ、はあ」
私は街外れの大木がある場所に辿りつくと、一息をつく。そしてはしたないと思ったが水瓶から水をすくって飲んだ。長椅子があったので、休憩しようと腰を下ろす。
もう大丈夫だろう。
完全巻いたはずだ。
私は大きな溜息をつき、椅子に深く腰掛ける。
「やっと追いついた」
しかし、黒い影が私を覆い、そんな声が聞こえた。
「嘘!」
私は立ち上がり必死に逃げ出そうとする。でも男が私の腕をしっかりと掴んでおり無理だった。
男の力は相当なもので掴まれた腕が痛むくらいだった
「並子。お前なんだろう。なんで逃げるんだ?」
「並子?私は並。あなたが探してるカエル族とは違うわ!放してちょうだい!」
「並。やっぱりそうだ。そういえば佳緒瑠が記憶を失っていると言っていたっけ」
「佳緒瑠?あなたは佳緒瑠を知っているの?」
「知ってるも何も俺をこの世界に連れてきたのは佳緒瑠だ」
「この世界?」
「本当に記憶がないんだな」
男は深く溜息をつく。そしてそのサングラスをはずす。
「に、人間!」
なんでこんなところに。
目の前の男は人間だった。
小さい瞳に長い鼻、そして小さい口。頭にも腕にも何かもじゃもじゃしたものが生えている。
人間は別の世界で生きている存在で、私達の天敵だった。
それがなんでここに!?
「並子。聞いてくれ。お前はカエルじゃないんだ。人間なんだ。一緒に帰ろう」
驚愕する私に人間はそう言った。
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