「僕は君を好きになってしまった」


 佳緒留はその言葉から語り始めた。


 半年前、私、積谷せきや並子は一匹のカエルを助けた。それが佳緒留の父で、この国の王様だ。

 水の鏡で、父親の命の恩人を見ようと思ったのが、私を見るようになったきっかけになったらしい。

 

 彼は毎日忙しく過ごす私を見ていた。すぐると喧嘩する私、楽しく仕事をする私、優斗ゆうとと寂しくご飯を食べる私……。


 彼は私の半年間をすべて見ていた。


 そして数日前。

 佳緒留のお父さんは私の願いを叶えるために人間の世界を訪れた。お父さんの力では世界を変えることはできない。だから、この世界で私の望む世界をつくりあげたということだった。

 佳緒留はそれを知り、お父さんに人間の姿に変えてもらい、偽りの情報と共に『世界』に紛れ込んだ。

 

 私は彼を、同級生で同僚だと思い込んだ。でも結局、彼はその嘘に耐えられなくなり、私にその世界が偽りであることを話した。それが不満だったお父さんは、今度は私をカエル族の姿に変え、記憶を塗り替えた。


 佳緒留への恋心すべて、お父さんが作ったもの。


「ごめん。偽りだとわかっていたけど、一緒に過ごすことを夢見てしまった」


 彼はそう言い、俯く。


 並子の記憶は戻っていない。

 私はまだ作られた記憶の並のままだ。


 悲しそうな佳緒留を見ると、私の胸は抉られるように痛む。


 これも偽り?


 私は混乱していた。


 でも並子であれば、人間の世界に戻るべきだと思った。

 優斗と優が帰りを待っている。


「並。君へ掛けられた魔法は愛する者のキスのみでしか、解けない。それは僕ではないことはわかってる」


 彼は自虐的な微笑を浮かべた。


「明日の日没までに魔法を解かないと君は完全にカエル族になる。だから、それ以前に君が愛する者を探さないといけない」


 愛する者、それは誰?

 優?


 わからない。

 私、まだ並で佳緒留を想っている。


「記憶は魔法が解けると同時に戻ってくるはずだ。並子。僕は罪を償う。君を騙した罪を。僕が人間の世界に行ってくる。そして積谷優を連れてくる」

「佳緒留が?私が自分で探すわ」

「駄目だ。君は行けない。君は今カエル族でもないし、人間でもない。そんな中途半端な状態で水の鏡に入ったら、泡になって溶けてしまう」


 溶ける。

 私は怖くなって自分を抱きしめるように両腕を掴む。


「大丈夫。明日の日没までには必ず戻ってくる。だから君はそれまでここで待ってて」


 佳緒留はそう言うと、水瓶に手を掛けた。


「佳緒留!」


 私は中に飛び込もうとする彼に思わず声を掛けた。


「何?」


 彼はじっと私を見つめる。その茶色の瞳は濡れているようだ。


「……待ってるから」

「うん、待ってて。必ず、積谷優を連れてくるから」


 彼はにこりと笑い、水瓶の中に飛び込む。水しぶきが高く上がり、周りを濡らした。


 彼の様子を見ようと水面を覗き込む。でも水面が変化することはなかった。



「並子」


 聞き覚えのある声が私を呼ぶ。でもその声には怒りが込められており、私は強張った表情のまま、振り返った。

 そこにいたのは金色の冠をかぶり真っ赤なマントを翻すカエル族の男で、数名の兵士を引き連れていた。


「お前には本当驚かされる。しかし、息子を人間の世界に行かせたことは許せない。兵士よ、息子を追え。そして連れ戻すのだ!」

「はっつ!」


 兵士たちは頭を下げると、私の側を通り、次ぐ次ぎと水瓶に飛び込んでいく。すべての兵士が水の鏡に吸い込まれたのを確認して、王は私に近づいてきた。


「魔法は完成させる。息子には幸せになってもらうつもりだ。並子の記憶は完全に消す。その方がお前にとって幸せだろう」


 王はその瞳をぎょろりと向ける。見覚えのある杖を構えているのがわかった。

 

 駄目、逃げなきゃ!


 しかし、そう思うのと同時に光が私を襲う。


「並子、いや並。幸せになるのだ。わしの息子と」


 床に倒れた私にそんな王の言葉が届く。そして私の意識は完全に消えた。

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