後悔先に立たず
「……子供ができたみたいなんだけど」
生理予定日よりニ週間が過ぎて、私は
「そうか。結婚しよう!」
優はすぐにそう言って、私をぎゅっと抱きしめた。
付き合って三ヶ月、お互いに感情が高まっていたときだった。
私達はそのまま、勢いで結婚した。
幸せだった。
育児が大変だったけど、優も手伝ってくれて、どうにか楽しく過ごせた。
そうして時が過ぎ、私は
でも現実は全然違った。
そして優とよく喧嘩するようになったのは、それからだ。
彼は昇進し、忙しくなった。
毎日、定時に帰らなくなり、私は子供と二人でご飯を食べることが多くなった。
すべて私一人でしないといけない。
友達に飲みに誘われても、いけるわけもなく。
「なんで、私ばっかり!」
「たいした仕事もしてないんだろう? やめればいいじゃないか。俺の給料で十分やっていけると思うけど」
「悪かったわね。私の給料が安くて!」
優は穏やかに返したけど、私はなんだか自分がしている仕事が馬鹿にされた気がして、怒鳴り返した。
ああ、反省。
でも、悔しかったんだもん。
私だって一生懸命仕事してる。
家のことだって、子供のことだって!
「並、並子!」
ふいに名前を呼ばれ、ぐいっと引っ張られたような感覚がした。私はぼんやりと目を覚ます。
最初に見えたのは母の顔だった。
あれ?
私?
「あんた、大丈夫かい? あんまり出てこないから、心配になってお風呂覗いたら、床で倒れていただろう? もう、心臓が止まるかと思ったよ!」
「倒れていた? あ、カエル! あのカエルに殺されかけたんだ!」
「カエル? あんた大丈夫? 変な夢でもみたのかい?」
「夢?」
そうか、夢。
きっと、私……。お風呂場でこけたか、なんかして倒れたんだ。
覚えてないけど。
「ああ、本当もう! あんたはおっちょこちょいだね。孫を見る前に娘に死なれたら、私はどうしていいかわからないよ」
「孫を見る前? お母さん、何言ってるのよ! 孫ならいるじゃないの。
「優斗? 誰だい、それは? それはあんたの彼氏かい?」
「彼氏? お母さん、寝ぼけてる? お母さんの可愛い孫の優斗よ」
「……並子。大丈夫かい? これ何本か、わかる?」
母は訝しげな顔をして、手の平を私の顔の前でひらひらさせる。
「……え、だって」
母さんは真剣だった。
本当に優斗のことがわからないんだ!
「優斗!」
私は母の手を振り切ると、優斗を寝かしつけた私の部屋に走る。そして扉を開けて、驚いた。
「え、」
部屋の様子がまったく違った。
それは私が結婚するまで使っていた状態で、シングルベッドと机が置かれていた。
「並子、大丈夫かい? 明日、仕事休んで病院行くかい?」
「仕事? 私、何の仕事してるの?」
「……何のって、役場に決まってるじゃないか」
世界が変わってしまったらしい。
あのカエルは私の願いを叶えた。
結婚する前、私は役場に勤めていた。
だから、この世界は私が結婚していない世界だ。
優斗、だから優斗は存在していない。
罪悪感がよぎる。
何か悪いことをしたような気持ちだ。
私はとりあえず母に大丈夫だといって部屋に篭った。
嬉しいどころか罪悪感でいっぱいで、気持ちが落ち着かなかった。
「並子。どうだ。気に入ったか?」
ふいにそう声が聞こえ、緑色の光が現れる。それはあのカエルで腕を組んで偉そうに私を見ていた。
「わしはお前の願いをちゃんと叶えてやったぞ」
「夢、夢じゃないの?」
「現実だ。どうだ。嬉しいか?」
「嬉しいって」
嬉しくなかった。
優斗のことが心配だった。
「じゃ、わしはここで消える。新しい人生を楽しめ!」
「か、カエル! ちょっと待って! 元に戻してよ」
「元に戻す? どうしてだ?」
「だって、優斗が心配だし、仕事も……」
「安心しろ。お前の子供は存在すらしていない。痛みも何もあったもんじゃない」
「……でも」
今日、添い寝したことを覚えてる。
優斗は確かに存在してたし、私の可愛い子どもだ。
「願いは戻すことはできない。願ったことを後悔するんだな。じゃ。わしは消えるぞ!」
「カエル!」
私が止めるのも聞かず、カエルは空気に解けるように消えた。
「どうしよう。私なんてことを」
ちょっと願ったことだった。
自由な時間が欲しいと思った。
まさかこんなに事になるとは思わなかった。
私はどうしていいかわからなくて、ただカエルの消えた空間を見つめていた。
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