願い
『明日は帰ってくるよな?』
夜7時、お昼寝をしなかったせいで、早めに
私は溜息をつくと、ぎゅっと携帯を握り部屋を出る。
「
廊下を歩いていた私に母がそんな優しい提案をしてくれた。
「本当? 助かる。ゆっくりお風呂なんて久しぶり~。母さん、ありがとう~」
自宅じゃ湯船にゆっくり浸かってお風呂、なんて時間はなかった。
だからこうして実家に帰ってくると、ちょっとした母の心遣いが嬉しかった。
ああ、家に帰りたくない。
でも、仕事もあるしなあ。
私は溜息をつきながら、扉を開ける。
服を脱いで浴室のドアを開けると、むわっと湯気がもれ視界が一瞬白く曇った。
とりあえず、体を軽く洗って、湯船に浸かろう。
私は曇ってよく見えない浴室内で、足を滑らさないように慎重に歩く。そして体を軽く流し、どぼんと浴槽に入った。肩までつかると一気に疲れが取れるような心地よさに包まれた。
ああ、本当、疲れた。
そして曇った浴室を見渡し、目を閉じる。
「?」
しかし視界に、何か緑色のものが見えた気がして慌てて目を開ける。
「か、かえる!」
私は慌てて、浴槽から立ち上がった。
が、カエルはそんな私に動じることなく、ぷかぷかと暢気に湯船の上に浮かんでいる。
母さん、なんでカエルなんかいれちゃったのよ!
私は嫌だいやだと思いながらも、それを捕まえようと手を伸ばした。
「おい、並子!」
「?!」
そのカエルは丸い瞳をぎょろっと私に向けた。
「は、話した!」
「まあ、そう驚くな。わしのこと覚えているか?」
「????」
覚えている?
何のこと?
だいたい、なんでカエルが話しているの?
私、夢みている?
「無理もない。覚えてないか。あれは半年前のことだった。ガキに囲まれていたわしを助けてくれただろう?」
半年前、そういや実家に来てた。
ああ、でも、そんなことがあったような、なかったような。
はっきり覚えてない。
「わしはあの時のお礼をするためにきた。なにか願い事はあるか?」
「願いごと?」
「そうだ」
カエルはぴょんと、湯船から床のタイルの上に飛び移ると私を見上げる。
夢、夢に違いない。
カエルが話すなんてありえない。
きっと夢なんだ。
でも夢だったら、
私は唾を飲み込むと願いを口にする。
「人生をやり直したい。旦那と、積谷(せきや)優(すぐる)と結婚していない人生を送りたい!」
「……そんな願いでいいのか?」
カエルは意外そうに目を瞬かせる。
「うん」
夢だもん。
結婚する前の、独身のときのような自由が欲しい。
仕事もばりばりして、飲みにも行って……
そんな思考の中に、優斗の顔が混じり、一瞬罪悪感を覚える。
でも私は夢だもんと首を横に振った。
「いいだろう。叶えてやろう。目を閉じるがいい。そして十、数えろ」
カエルが偉そうにそう言い、私は目を閉じる。
大丈夫。夢だもん。
少しくらい夢見てもいいはずだ。
だって私は毎日、頑張っている。
たまには甘い夢を見てもいいはずだ。
「一、二、三……四……」
恐る恐る、私は数を数えていく。
「七、八、九、十」
そうして十まで数えきった時、ぎゅっと思いっきり肩を誰かに掴まれた。振り向くとそれはあの銅像そっくりに変化したカエルで、私は悲鳴をあげそうになる。
カエルはそんな私に笑いかけると、馬鹿力で私の顔を湯船に押し付けた。
ごぼごぼっと水が口から鼻から入ってくる。
殺される!
私は必死に抵抗を試みる。でも、カエルは力をまったく弱めようとしなかった。
「大丈夫だ。わしを信じろ。次に目が醒めたときは、お前が望んだ世界になっている」
カエルの声がそう聞こえ、私は苦しさの中、ついに意識を失った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます