願いは叶えられ、私は後悔した。
ありま氷炎
カエルが叶えた願い
実家にカエル。
私の名前は
名前の通り、平凡な兼業主婦。
旦那の
地下鉄からローカル電車を乗り継いで、かれこれ一時間ほど電車に揺られている。景色は田舎の風景に変わり、柔らかい緑色の光がまぶしかった。優斗は面白いものでもあるのか、外を食い入るように眺めている。
あんな身勝手な男、一人で苦労すればいいんだわ!
私は優の顔を思い出し、唇をきゅっと噛む。
「ママ」
苛立つ私に構わず、優斗は車窓から顔を上げ、ニコニコと笑顔を見せた。
だめだめ、優斗は関係ないんだから。
私は必死に笑顔を作ると、きっとなあに?と答えた。
実家には年に三回ほど帰っている。いつも大概優も一緒だ。
優の実家も私の実家からそう遠くないので、通常は彼の実家に帰るついでに家に寄っている。
彼は高校生の時の同級生だ。
高校の時、どうしたものか三年間一緒のクラスだった。でもときめきなど感じることもなく過ごし、社会人になって同窓会で再会した。
なんだか意気投合して付き合った。
そして三カ月後、妊娠。
結婚して、会社を辞めて、優と一緒に暮らすために市内に出た。
あの時は結婚っていうものが素晴らしいものに思えた。
確かに、一年前までは楽しかった。
子育ては大変だったけれど、それなりに楽しめた。
でも仕事を始めてそれは変わった。
同世代の子は独身の子が多く、バリバリ仕事をしている。それに比べ、私はパートのおばちゃん扱い。
子供のことで休みが多いから仕方ないのだけれど、頭にくる。
そして一番頭にくるのは優。
独身時代と変わらないスタイルで、友達や会社の付き合いで毎晩飲んだり、出張でいろんな場所へ自由気ままに行っている。
私なんて、夜は絶対に外に出れないし、残業なんてとんでもない。
毎日時間がなくて、体や顔のケアもおろそかになっている。
鏡を見るとそこにすっかりおばさんになった自分がいて、たまにぎょっとすることも多い。
まだ三十歳なのに。
それに比べ、旦那は、優はいまだに独身みたいにかっこいい。
不公平すぎる。
なんで、私ばっかり!
「ママ、見て見て!」
ふいにかけられた優斗の声に私は顔を上げる。旦那に似た可愛らしい顔が私に満面の笑顔を向けていた。
ああ、いけない。
子供に心配かけちゃ。
「なに?」
私は、慌ててニコっと笑うと、優斗が指を指す方向に視線を向けた。
すると窓の外にぼんやりだが、かなり大きなカエルの銅像が見えてきた。
ああ、あのカエル。もう実家に着くんだ。
ちょっと間抜けな顔をしているカエル像を見て、私は実家の町に近付いていることがわかった。
このカエル像は実家の町で有名な銅像。町のどこからでも見えるくらい、実際は大きい。でも、誰が何の目的で作ったのか、町では把握しきれていないようだ。おかげでテレビで謎の銅像として取り上げられることもしばしばだ。
「カエルさん、かわいいねぇ」
優斗はかなりはっきり見えてきたカエル像を見ながら、うっとりとつぶやく。
息子はこのカエルの銅像を見るたびにいつもそう言っていた。
間抜けな顔はとても可愛いとは思えないのだけど、息子の大のお気に入りらしい。私はとりあえず一緒にかわいいねと頷いてみた。
『青ガエル町、青ガエル町~』
そうアナウンスが聞こえ、電車がゆっくりと停止する。
「ママ、早く、早く!」
優斗はぴょんとまさにカエルのように椅子から飛び降りると、開いたドアに向かって走り出した。
「優斗!待ちなさい!」
私は慌ててその後を追う。
「おかえり」
改札を抜けると母が待っていた。
「ばっば!」
優斗はぎゅっと母に抱きつく。
「ああ、よくきたね」
母は満面の笑顔を浮かべると彼を抱き返した。
「仕事やめれば? 困ってないんだろう?」
「イヤ。だって楽しいんだもん」
ばりばりと煎餅を食べながら、私は母にそう答える。
優斗は庭で育てている野菜を見たり、飼ってる猫を追いかけたりして楽しそうだ。
「じゃあ、続けるしかないね」
専業主婦の母はそう言いながら、煎餅をぱりっとかじる。
どうせ、母にはわからないんだ。
仕事をする楽しさなんて。
仕事はやめたくない。
でも、このまま中途半端に仕事をするのは嫌だ。
ああ、結婚前は仕事ばりばりできて、楽しかったなあ。
私は結婚する前のことを思い出す。
大学在学中に公務員試験に受かって、卒業と同時に町役場に入った。観光商工課に配置され、町の仕事と言えどもそれは充実した毎日を送っていた。
でも奴と同窓会で再会して……付き合うことになり、妊娠した。
もし、あの時付き合っていなければ、私はまだ独身ライフを楽しんでいるはず。
仕事とプライベートの時間を楽しめて……
「ママ! これ見て、おっきい!」
優斗(ゆうと)の声が聞こえ、私はそんな思考に罪悪感を覚える。
顔を向けてみると、息子の手の平にやけに明るい緑色のカエルを乗っていた。どうしたものか、カエルは逃げることもなく、その手の平の上で静かにしている。
しかし、優斗が頭を撫でようとするとぴょんと跳ねて庭の方へ逃げる。息子は待て待てと言いながら追いかけた。
その様子は私に母親としての自分を思い出させる。
だめだめ。
私はお母さんなんだから。
優斗は可愛い子だ。
素直で、きゅっと抱きしめると心が温かくなる。
馬鹿なことを考えるのはやめよう。
私は首を横に振ると、母が見ているテレビに目を向けた。土曜日のお昼の番組は暇つぶしにはちょうどいいもので、私はぼんやりとそれを眺めた。
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