episode7-4

 時は昼まで遡り、滝上中央病院にて。

 隆一と【水龍】、そして謎の白髪の女がベッドの付近で輪を作りながら話していた。

 その光景は傍から見れば実に滑稽だが、当人たちは至って真面目である。

「で、話を戻すが“第二夫人”様は何故ここにいるんじゃ?」

「ヴァルを探しているわ、だって彼が簡単に死ぬはずがないもの。今までは意識をこちらの世界に飛ばして色々やっていたけど、埒が明かないからこっちに来たの」

「お、おう? 目的とそういう能力だってのは分かった。で、何でこの病院に?」

「ふふっ、お腹が空いて行き倒れていたら、近くの定食屋のご夫婦が料理を振る舞ってくれた上に、ここまで連れて来てくれたのよ。この世界の人って親切ねえ? でも、ここにもヴァルはいなかったから、他の場所を探しに行こうと思ったの。そしたら、見知った顔が二つもあるじゃない?」

 白髪の女は柔和な笑みを浮かべながら頬に手を当てている。

 隆一と【水龍】の表情筋は引き攣り、脳は理解が追い付いていない。

「ああうん、そっかあ」

「まあ、こやつの言うことはあまり気にするでないぞ。敢えて助言するなら、ふむ、そうじゃな。真剣なトーンのものだけ聞いておればよい」

「……的確な助言どうも」

「本調子なら、もう少し芯のある女じゃったんじゃがなあ」

 いつも以上に【水龍】が頼もしく見える。普段であれば思わずイラついてしまうような自信満々の笑顔でさえ、まるで旧知の仲の友人と共にいるような安心感を覚えるほどだ。今だけは全幅の信頼を置けると思う隆一であった。

「あまりこそこそ話をされると、拗ねてしまうわ」

「うおっ!?」

 いつの間にか背後に白髪の女が居たため、隆一は思わず飛び上がって驚いてしまう。

 彼の心の中において、白髪の女は元敵である【水龍】よりも気が抜けない相手だと位置づけられていた。悪意ある人物ではないのだが、急に背後に現れられるのは心臓に悪いため勘弁願いたいのだ。……彼の思い人にとてもよく似ているのもせいでもあるが。

 当の白髪の女は頭に疑問符を浮かべたような顔をしている所が特に始末が悪い。

 最早【水龍】は慣れたと言わんばかりにため息を吐いてから話を進める。

「まあそう驚いてやるな。まず敵にはならんと思うから安心せい。……そろそろ時間じゃからお暇するか。とはいえ、このまま“第二夫人”様を放置しておくこともできんのー。こやつの存在が【幻相】にバレるのは非常に面倒だからな。それに、【雷姫】を懐柔する格好の材料でもあるしな」

「未だに俺は【雷姫】の正体が信じられないんだけど。……かなりショックだ」

「嘘は言っておらんぞ。まあ、そこら辺は当人たちで折り合いを付けろ」

「ふふっ、あの子も大人になったのねえ……」

 などと話に区切りがつくどころか、更に広がりそうになった時。

「あーやっと見つけました! 検査の準備が終わり次第呼ぶので待っていてくださいと言いましたよね!? しかもTルームに入っちゃっているし!」

 大声を上げるとともに鼻息を荒くした女の看護師が病室に入ってくる。その視線の向きから、どうやら白髪の妖女を探していたようだ。その顔を見るに随分と長い間探し回っていたらしいことが分かる。そして、同時に隆一は彼女の顔に既視感を覚えた。

 因みにTルームとは蔑称であり、滝上家が独占的に使用している特別な病室のことを指している。これには滝上家が特殊な血筋であるが故に作られたという致し方のない経緯があるのだが、詳しい事情を知らない者たちからは金持ちが特権を振るっている側面しか見えないため、陰口を叩かれるのも仕方ないことなのである。

「もう! 下で先生が待っていますから行きますよ! ……ってあら?」

 ずんずんと向かってきて白髪の女を掴んだ看護師が隆一の顔をまじまじと見る。その様子から、看護師の方も隆一に対して見覚えがあることが見て取れるのだが。

 ……視線が痛い――――隆一の口元が思わず引き攣る。

「貴方、隆一くん?」

「ええ、そうですけど」

 一体、どこで会ったのだろうか――――隆一は思考を巡らせるものの、一向に思い出せない。というか、考えなければならないことが多すぎるため、彼の脳は最早パンク寸前、脳を奔る電流がデッドヒートを繰り広げている真っ最中でそこまで手が、いや、頭が回らないのだ。

「私、水木桃子。浅見浩介くんのお友達よね! あの子を担当していたのよ! それにキミ、浩介くんを探すの手伝ってくれたじゃない!」

「あ、あー……あー! はい、はい。思い出しまし、ました。うん、お久しぶりですね」

「ねえ、それ絶対思い出してないやつじゃろ。絶対思い出たフリしとるじゃろ」

「……嘘は良くないわ。あと、私の名前も早く思い出してくれると嬉しいわね」

 異世界未亡人ズはちょっと黙ってなさいよ、などと口に出せるはずもなく。隆一はただ苦笑いを浮かべることしか出来ない。ともあれ、目の前の看護師が放った浅見浩介という名前は確かに思い出せる。最早、身体に刻み込まれた名と言っても過言ではない。忘れられるわけがなかった。それは命を奪わなければならなかった友人の名前なのだから。

「あはは、まあ、覚えてる方が無理あるわ。気にしないで! とにかく、元気そうで何よりよ。それじゃあこの人連れていくから、じゃあねー」

「ふふっ、一体何かしら。出来たらヴァルがいると嬉しいのだけど。……ああ、隆一。あの子の誕生日に贈り物をあげて? とても喜ぶと思うわ」

「へ?」

 水木と名乗る看護師に手を引かれていた白髪の女が、扉の前で立ち止まってそう言った。

 隆一は一瞬何のことか解らずに呆けていたものの、理解した瞬間顔を青くする。

「ああああああああ! 忘れてたあああああああ! そうじゃん! 誕生日プレゼント何にするかも決めねえとやばいじゃん!」

「はあ、全く。緊張感がないやつばかりで困るのう」

「へええ! それって女の子?」

 目をキラキラと輝かせた看護師が食いついてくる。

「ええ、そうですけど?」

 隆一が頭を抱えつつ、見上げるようにして看護師の方を向く。

「いい雑貨屋知ってるわよ」

「ほんとっすか!?」

 長年、正確に言えば、約五年で染みついた敬語を崩してしまうほどに隆一は目をキラキラとさせ、ベッドに乗り出した。怪我人の妹を酷使して彼女が苦手な女のプレゼント選びなどさせるわけにもいかなければ、女性向けのプレゼントを選んだ経験など母親のものしかない彼にとってはまさに渡りに船と言ってもいい。店さえ選べばあとは店員と相談すればよいのだから。

「ここからそう遠くない所にある、かみずっていう雑貨屋よ。携帯なんかで探して」

「ありがとうございます! いやあ、助かりました!」

「いいのよ。ほんの少しの間だったけど、浩介くん本当に楽しそうだったもの」

 水木は寂しそうな笑顔をしつつ、病室を後にした。

 白髪の女は隆一と【水龍】に小さく手を振りつつ、それに釣られていく。

「……そうだったのかな。なら、良いんだけど」

「お主のテンションは山の天気よりも変わりやすいのう……」

 やれやれ、とでも言いたげな表情を浮かべる【水龍】も、ゆっくりとその場を後にする。

「あれ、行くのか?」

「まあの。第二夫人様はすぐにふらっと何処かへ行ってしまうからな」

「……お疲れ様です」

 あの雲のように掴みどころのない女性を恐らく四六時中見張っていなければならないのは、相当な労力が掛かることだろう。その上、【幻祖六柱】内でのスパイ活動をしなければならないというのだから、本当に頭が下がる。この戦いを一刻も早く終わらせるには、彼女の力が不可欠だ。彼女の努力に報いるためにも、自分に出来ることをしなければと思う隆一であった。

「お主は先ず、竜ヶ森クロエへのプレゼント選びじゃろう……? くれぐれもアレの機嫌を損ねるでないぞ。アレは非常に面倒なやつじゃからな」

「まあ、何となく解らない……でもないな、うん」

「ほいほい。それじゃあの」

「あっちょっと待って」

「うおぉい、何じゃ?」

 隆一の呼び止めに、直接引っ張られた訳でもないのに【水龍】は若干よろけた。

「アンタに言うのもおかしい話だけど、気を付けろよな」

「んー? 気を付けろと言われても、心当たりが多すぎて分らんわ」

「言葉が足りなかったな、ごめん。“白羽事件”、最近ニュースでやってるだろ」

「ああーあれかあ。ま、詳しいことは知らんが、一応気を付けておくぞ」

 視線を上へ泳がせながら考える【水龍】であったが、本当に知らないらしかった。

 出回る“ブルーアイ”は激減したが、対処しなければならない問題は現在も発生している。そして、“白羽事件”とは現在最も注目されている事件かつ、隆一が駆り出される可能性がある案件である。彼が駆り出される案件というのはつまり、街中で扱える火器では対処できないような凶悪な能力を備えた幻獣が犯行を行っていると思しきものを指す。

 【水龍】は敵の幹部に名を連ねるであるため、件の相手の戦う確率は限りなく低いと踏んではいるが、万が一のことも考え、釘を刺しておきたくなったのだ。

「おう」

「今度こそ、じゃあの」

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