Episode2 悪魔の囁き/血の約束

episode2-0 0の話

「おい! 戸島ァ! てめえ仕事を五日も無断欠勤たぁ、良い御身分じゃねえかぁ! てめえどうなるか分かってんだろうなあ! 高遠みたいな目に遭いたくなけりゃあ、電話に出やがれ! 分かったなぁ!」


 昼時、雑多なオフィスで各々の時間を過ごすなかで、今にも殺すぞと言わんばかりの剣幕で捲し立てる男がいた。


 名前は阿久野源四郎、四六歳。阿久野不動産・滝元支店・店長。


 阿久野は仕立てのやや良い白いジャケットとズボン、トラ柄のシャツ、金のネックレスという悪趣味極まりない服で己を包みながら、大声を上げて戸島なる人物に脅しをかける。


「次は高田かぁ、揃って無断欠勤たぁ……」


 更なる愚痴をこぼしかけた時だった。

 窓が派手に割れ、室内に広く散らばる。


 窓が割れたことにより阿久野は愚痴を言うのを止めた。いや、窓割れよりも目の前にいるナニカが自身を見つめさせること以外の行動を許さなかったためだろう。


「――ッ――ッ――ッ――!!」


 その異形は岩石のような硬質な灰色の外皮を持ち、禍々しい鋭さをもった長さ四〇cmほどの凶悪な鉤爪を腕に備え、背中にある六本の煙突のような突起物から白い煙を垂れ流し、歯をガチリと噛み合わせながら不規則な雄叫びを上げる。それはまるで飢えた獣のようにも見えた。


「――――――――――――――!!」 


 大きく口を開けて叫び、己の凶悪な鉤爪を店内にいる棚やデスク、そして人間に振り下ろす。その爪は容易く棚やデスクをバターのように切り裂き、社員の首から血飛沫を上げさせる。


「きゃああああああああ!!」


 その血飛沫を全身に浴びた女性社員が金切り声を上げてその場から逃げようとする。しかしそれは突如として噴き出した獣の煙によって阻害された。


「ごほっごほっ! なっ何だこりゃあ!」


 気管や目に入った粉末で視界や呼吸が完全に異形に掌握される。


「――――――ッ!!」


 雄叫びが終わった瞬間、いやそれを感じる間もなく視界が、全身が熱で多い尽くされた。





 肉を焦がしたような匂いを放つ、黒ずんだビルの周囲には、黄色い規制線が引かれ、消防や警察、そして多くの野次馬が取り囲み、各々好き勝手に騒いでいる。


 その規制線の内側で、一人の小太りで愛嬌のある顔をした中年の男がぽつんと立っている。


「こりゃあ……全く惨いことをするもんだなあ……」


 本井警部補は静かに焼け焦げたビルを見て、ため息のように呟いた。


「本井さん、火災調査の方聞いてきました」


 部下の捜査官は本井に近づいて、他の人間には聞こえないように耳打ちをする。


「……やっぱり、ガスの爆発じゃあないようです」

「ああ、そっかあ……こりゃあ大事になりそうだなあ」


 本井は静かにいずれ来るであろう惨劇を憂いつつ、現場を潜った。


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