第5話 天咲さんの秘密
「・・・八神君・・・・いや・・・神様・・・もう・・・授業とかどうでもいいから・・・どっか天国へ遊びに行きませんか?」
「そうだな・・・天咲さん・・・いや・・・天使・・・こんな下等な人間どもの知識は我々には必要ないな・・・遊びに行くか・・」
あの日から、僕たちは周りの目を気にならなくなった。うん。ウソ。正確に言うと学校からクラスから浮いていたのだが、僕は天咲さんさえいれば、周りからどんな目を向けられても、構わないと思っていた。別に学校の全員から嫌われても、別に気にしなくなっていった。
天咲さんがいれば・・・
天咲さんはもともと妄想癖と天然とサイコパスが体の中に入っていたので、自称天使であることを公認されていたのだが、僕が加わることで、さらにそれを加速させていった。もともと顔もかわいいのに、それ以外の部分がアレだったから、クラスで浮ていた。だが彼女はさらに嬉しそうだった。
彼女の妄想に付き合ってくれるのが、僕しかいなかったから。
彼女も僕しかいないと思ってくれたらうれしい。
「・・・・・・・・・・・・・・・・であるから・・日露戦争の勝利で・・」
先生も、僕たちの奇行を見て見ぬふりし、クラスにいないものとして扱った。だから遠慮なく僕らは授業を抜け出して
学校からも、社会からも、自由からも、支配からも
卒業した。学校を卒業していないのに、卒業したのだ。
親の連絡を無視し、教師からも無視され、昼間から学校をさぼって、海を見に行った。
「平日の昼間なら・・・だれもいないね・・・」
天咲さんは、砂浜まじりの場所でそんな人間的な言葉でいった。彼女は天使の芝居をちょいちょい忘れているのだ。君がこの世界に僕を引きずり込んだのに。
「・・・みんな・・・人間的な働き方をしてるからね・・・・」
「人間って不便だよね・・・・動いたら・・・お腹もすくし・・・のども乾くし・・・お金稼がなきゃいけないし・・」
足で砂をけって、天咲さんが言う。
「そうだね・・・」
僕は、遠ざかっていく天咲さんの背中に言葉をぶつけた。
「・・・早くみんなも・・・私たちみたいになればいいのに・・・」
「・・・・・・・・・・・」
気のせいか・・・天咲さんの背中が、薄くなっていくような気がした。
「・・・天咲・・・さん・・・?」
彼女は僕の方に振り返らないまま・・ずっと海の方向へ歩いていく。
「天咲さん!」
遂に僕は、海の中に入っていく天咲さんの腕をつかんだ。
「・・・・・どうしたの・・・?」
彼女は僕の方向へ振り返ろうとしない。じっと前を向いて青い海の水たまりを見つめていた。
「どうして・・・?」
「・・・えっ・・・?」
主語はなかった。彼女は疑問形で聞いてきた。
「・・・どうして・・・あのとき・・・私を本当の天使にしてくれなかったの・・・?」
「・・・えっ・・・・?」
あの日のことか?八神は、ふとあの日の出来事を思い出した。
「・・・私をそのままにしてくれれば・・・・天使になれたのに・・・悲しいことも・・・楽しいこともない・・・天国に行けたのに・・・」
「・・・・天咲さん・・・僕は・・・・君に生きてほしいかったから・・・」
本音が出た。だが、天咲さんは、もっと自分の本音を口から吐きだした。
「・・・八神君・・・神様・・・私ね・・・不治の病に侵されているの・・・」
「!?」
八神は、天咲さんの妄想癖も奇行も、自殺未遂も、天咲さんのすべてがこの言葉つながったような気がした。彼女はもがいているのだ。自分の死の運命で・・・
「八神君・・・あなたが・・・神様なら・・・私を救って・・・お願いだから・・・私を・・・」
彼女は、正気(正常)だった。そして正しい異常だった。
そして僕は異常な正常を、ただ、楽しんでいるだけの
神様のまがいもの・・でしかなかった
つづく
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