感染教室

春風月葉

感染教室

 ガラガラガラ、木製の古いドアを開け教室に入るとクラスメイトたちの視線が一点に集まる。

 その後の反応はそれぞれだ。会話に戻る者、目をそらす者、くすくすと笑う者。

 それらを無視して自分の席に向かう。

 はぁ…、と溜め息をついて机を見る。

 今日は一段とひどいな。

 机いっぱいのラクガキにゴミ、白い花、机にはゴミがギュウギュウにこめられている。

 私は慣れた手付きでバッグからボロぞうきんを取り出してイスをふき着席した。

 しばらくすると教師が入ってきてホームルームが始まったが、教師の最初の言葉に失望した。

「誰とは言いませんが、公共のものなので机にラクガキをしたりしないでくださいね。」

 私はこれでいいかといわんばかりに目の前のゴミを左手で床に落とし、ぞうきんで黒い机をふいた。

 授業だけはキチンと受けた。

 なにせそのためだけの学校、それ以外で誰がこんなところにくるものか。

 昼はトイレの個室で食べるが、少しすると…、ほら。ビシャビシャに濡れたままの姿で私は教室に戻った。

 私がこんな目に遭うようになったのは二ヶ月程前、他クラスの男子に告白されたのを断ったのが始まりだ。

 なんでも、その男子が彼女持ちだったらしく、その彼女というのが私のクラスのいじめっ子のリーダーだったらしい。

 まぁ簡単な話、運が悪かったのだ。

 今までは、イジメをはたから見るような立場だったが、いざ受けてみると割とつらい。

 こんなことなら前からイジメを止めさせるべきだった、と今まで見ているだけだった自分を悔やむ。

 まぁ、形はどうであれイジメを肩代わりできた分、責任感は軽くなったようにかも感じるのだが。

 苅の下駄箱の中もゴミだらけ、しかしくつの中にはいつも入っている画鋲の代わりに一枚のメモがぱたんと折られて入っていた。

 メモには私の前にいじめを受けていたクラスメイトの名前があった。

「ごめんね。」

 たった四文字の言葉に、私の中の糸はプツンと切られ、その場で泣きだしてしまった。


 翌朝、私はあまりの現実感のなさに若干鳥肌すらたっていた。

 嵐が過ぎたようにイジメが止んだのであった。

 そのかわりとでもいうように、元いじめっ子のリーダーの机にはラクガキとガラス片、水が飛び散っていた。

 その日の彼女は見るに堪えない様子だった。

 休み時間が来るごとにボロボロになって教室に帰ってきて、昼休みが終わるころには泣くことも叫ぶこともなくなっていた。

 始めのうちはいい気味だと思っていた私でさえ、段々と怯えてきた。

 帰りには気分が悪く、足取りもフラフラとしたもになっていた。

 ふらりと倒れそうになった私を支えてくれたのは、メモを書いてくれた彼女だった。

「大丈夫?」

 そうきかれてこくりとうなずく。

 その後、少し間を置いて彼女が口を開いた。

「あいつ、無様だったでしょ?…あなたもやり返しましょうよ。」

 楽しそうに話す彼女はとても、とても優しい目をしていた。

「私は……いいよ。」

 なんとなく私は、そうあっち側にも戻る罪悪感のようなものを感じたくなかったのだろう。


 次の日の昼、私はイジメに割って入った。

「もうやめよう?」

 そう訴えると

「なんでこいつをかばうの?」

 と血走った目で聞かれた。

 私はボロ布のようないじめっ子に視線を落とし、少し自分に重ねた。

「私が…私が納得できないから。」

 対峙する彼女は歯をカチカチと鳴らしながら何かを言った。

「私の時は…」

 ちっと舌打ちをすると彼女とそのとりまきはいなくなった。

 あまりの豹変ぶりとその迫力に、限界だった糸がぷつりと切れてしまい、私はその場にぺたんと膝をついた。

 残されたイジメっ子は、何度もごめんなさいと言いながら泣き続けた。


 翌朝、私の下駄箱にはゴミが放り込まれ、ラクガキがされていた。

 私は当然のようにそれを無視し、あの頃と同じ教室へと戻った。

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感染教室 春風月葉 @HarukazeTsukiha

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