体質

 お休みの日、いつものように花咲きさんの家に行くと、彼は作業机に向かって何か描いていた。

 朝から熱心だなあ。

 

「ああ、お前か。我輩は空腹なのだ。カツサンドを作ってくれ」


 ここ最近の私はモデルをする事もなく、すっかりカツサンド製造機になっている。

 それは仕方がない。だって花咲さんはお仕事に追われているから。しかもそのお仕事というのは――


「もう少しで『暴れん坊プリンス』の挿絵が一枚仕上がる」


 そうなのだ。『暴れん坊プリンス』の続編の売り上げが上々だったらしく、三巻目を出版しないかとレーナさんから打診があったのだ。


 もちろん引き受けて、私も自室で少しずつ書き進めている。

 花咲きさんにもストーリーの概要は伝えてあるから、その場面にぴったりな挿絵を描いてもらっている。もちろん美少年の包帯成分多めで。


「わあ、今回の挿絵も素敵ですね」


 そこには王子をサポートするアサシン美女の活躍シーンが描かれていた。

 躍動感溢れるそれは、迫力もあり、私の原作には勿体無いくらいだ。


 ……おっと、忘れていた。カツサンド。たくさん食べてお仕事頑張って欲しい。包帯美少年の挿絵とか。


 そんなことを考えながらお台所へと向かった。




「そういえば最近、新しい仕事を依頼される事が増えた」


 カツサンドをつまみながら花咲きさんが話し出す。


「えっ! ほんとですか!? すごい! 売れっ子画家じゃないですか」

「そこまでではないが……だが、それもこれもお前のおかげだ」


 私の? はて、何かしたっけ?

 首を傾げていると、花咲きさんが苦笑する。


「わからないのか? お前が『暴れん坊プリンス』を書いてくれたおかげで、我輩の絵が人々の目に留まり、その結果仕事へと繋がったのだ」


 なんと。そんな裏事情があったとは。


「そういう事なら思う存分ちやほやしてくれて良いんですよ。『ユキ様』と呼んでくれても全然気にしませんよ」

「ほう。ならば試してみるか?」


 私は花咲きさんが「ユキ様」と言うところを想像する。


「あ、やっぱりダメです。違和感がすごい」

「そういう事なら今まで通り『黒猫娘』だな。だが、お前に恩義を感じている事には変わりないぞ……感謝してる」


 おお、まさかこの人から感謝の言葉が聞けるとは。よほどのことだったのかな。

 そういえば、花咲きさんは「いずれ功績を上げる予定」とか言ってたし、これを足がかりに売れっ子画家の道を歩んでくれれば、私も嬉しい。

 でも、そうなったら、モデルとしての私はお役御免かな……

 売れっ子になれば凹凸のあるモデルなんて簡単に雇えるだろうし。

 ……あれ、なんだろうこの気持ち。なんだか寂しい。花咲きさんがどこか遠くへ行ってしまうんじゃないか、なんて思ってしまう。そんな馬鹿げたこと無いはずなのに。

 私は頭を振って、余計な不安感を追い出す。


「花咲きさん。夜と明日の分のカツサンドを作り終えたらおいとましますね。お仕事の邪魔しちゃ悪いし」

「別に邪魔では無いが……まあ、お前がそう思うのなら好きにしたらいい」


 そうして大量のカツサンドを作り終えた私は、五切れほど拝借して紙ナプキンに包んで、花咲きさんのアトリエを後にしたのだった。



 次に行く先は、ミーシャ君の働く工房。前回カツサンドを差し入れようとしたときは、先輩達に横取りされてしまった。なので今度こそは、と思ったのだ。

 慎重にドアを開けると、ミーシャ君が気づいてこちらに走り寄ってきた。


「ユキさん、いらっしゃい。なんのご用でしょう?」


 あれ、意外にも普通の態度だ。相変わらず首には包帯が見え隠れしているが。


「ほら、前から約束してたサンドイッチを差し入れるって話。今日持ってきたから受け取って欲しくて」

「本当? 嬉しいな……! でも、僕みたいな汚れた人間にそんなもの受け取る資格なんて……」


 油断してたら出た。『暴れん坊プリンス』の台詞が。ミーシャ君の影響されっぷりが恐ろしい。


「と、とにかく、先輩たちに見つからないうちに隠して……!」


 そそくさと隣の部屋へと入ってゆくミーシャ君。幸いにも先輩たちには見つからなかったようだ。


 安堵のため息をついていると、


「娘さん」


 と、声をかけられた。

 見ればドワーフの親方さんがすぐそばにいた。

 な、何だろう。お仕事以外で入り込んだのがまずかったかな。

 ひとり焦っていると、親方さんはそれを察したのか、顔を綻ばせた。


「別に取って食ったりせんよ。ただちょっとあんたと話がしたくてな」

「話し、ですか?」


 なんだろう。

 怪訝に思いながらも隅のテーブルに案内される。

 戻ってきたミーシャ君がお茶を持ってきてくれた。

 それを頂きながら、親方さんが話し出すのを待つ。


「娘さん。あんた、自分では気づいてないようだが、あんたが来ると炉の火がざわめく」

「え?」


 火がざわめく? どういうことだろう。


「つまり、なんというか、あんたには魔法の力がある」

「ええ!?」


 な、なにそれ。私って魔法使いだったの?


「心当たりはあるだろう? あんたがうちの者を軽々と持ち上げた件」


 あ、ミーシャ君の先輩にカツサンドを横取りされた時のあれか。てっきり火事場の馬鹿力的なものだと思っていたけれど……あれが魔法の力だと言うんだろうか?


「どうやらあんたは感情が昂ぶると、実力以上の力が出せるようだ。それが厄介事を引き起こすかもしれん。年寄りのたわごとだと思うかもしれんが、ゆめゆめ気をつけなされよ」


 そうして工房を後にした私はひとり考える。

 魔法か……でも単に馬鹿力を発揮てきるってだけじゃなあ。しかも感情が昂ぶった時限定だなんて。

 いや、でも、他の魔法の素質だってあるかもしれない。

 試しに私は右手を前に突き出す。


「えいっ!」


 ……なにも出ない。ここで火の玉とか出てくれたらかっこいいんだけどなあ。


 

 銀のうさぎ亭2号店へと戻ると、厨房にレオンさんがいるだけ。クロードさんとノノンちゃんはどこかへ出かけているようだ。


 お店の隅の椅子に腰掛けながら「えいっ」「えいっ」と掌から何かを出す練習をしていると、クロードさんが戻ってきた。


「ユキさん、何をしてらっしゃるんですか?」


 やばい。見られてた。魔法の練習とか言っていいものか。

 と、そこでクロードさんの抱えている紙袋に目が行った。話題を変えるチャンス!


「なんでもないですよ。それよりクロードさんこそ何か買ってきたんですか?」

「ああ、これですか。実は最近はまっておりまして」


 そうしてクロードさんが紙袋から取り出したのは見覚えのある……

 そう、『暴れん坊プリンス』の第2巻だったのだ。


 


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