新しい従業員
「ユキ……いえ、アラン・スミシー先生。『暴れん坊プリンス』の続編を書いてみませんか?」
「大事な話がある」という手紙を貰い、マリー出版のレーナさんの元へ赴くと、開口一番そんな事を言われた。
「続編、ですか?」
「ええ。あの作品、とっても受けが良くて。今や少年だけじゃなく、老若男女にも読まれてるんですよ」
そ、そんなに……? あの情景描写が足りなくて、地の文があっさりと言われたアレが? 世の中何が流行るのかわからないものだ。
「で、でも、私ひとりの一存じゃ決められないし。挿絵担当の花さ――ヴィンセントさんにもご協力頂かないと」
なんといっても登場人物の魅力を引き出したのは花咲きさんの絵によるところが大きい。
レーナさんは笑顔で頷く。
「ヴィンセントさんにもご相談したら、悪くないお返事をいただきましたよ。アラン先生が書くのなら自分も描く、と」
「アラン先生」って呼ばれるのってなんだか気恥ずかしい。
それはともかく、そういうことなら私が躊躇う必要もない。情景描写の不足しているスカスカ文章で良ければ書いてやろうじゃないか。
「わかりました。私、書きます。『暴れん坊プリンス』の続編を!」
拳を握り宣言する私に、レーナさんは笑顔で拍手してくれた。
「むむむ……ここの悪役の台詞は『どうせ殿下には死んで頂くつもりでした。覚悟なされ!』で良いかな……?」
自室で唸りながら原稿とにらめっこする。
やっぱり小説を書くのって難しいなあ……。
あ、あと、包帯の美少年も活躍させねば。これは必須。
「『僕の手は最初から血まみれさ。これ以上汚れたってどうってことないよ……』」
とかどうかな。良いかも。うん、いいよいいよー。
などと自画自賛していると、自室のドアがノックされた。
「ユキさん。申し訳ありませんが、少し下に来ていただけませんか?」
クロードさんの声だ。一体なんだろうと思いながらも、返事をして階下へと向かう。
一階の入り口付近にはレオンさん――と、もう一人、知らない女の子がいた。
年は私より少し下だろうか。緩く波打った薄紫の髪が肩に少し掛かっている。大きな瞳も紫色で、今は所在なさげに泳いでいる。可愛らしい子だ。
「この子、どうしたんですか? まさか! レオンさんの隠し子とか?」
「アホなこと言ってんじゃねえよ。お前には常識ってもんがねえのか?」
相変わらず口が悪いな。
言い返そうとしたその時、
「あの、わたしをここで働かせてください……!」
少女が口を開いた。どことなく必死な様子で。
「お願いします! 他に行くところが無いんです! ここに来れば雇ってもらえるって聞いて……!」
おそらくそれは本店のほうだ。どうやらこの子は間違って2号店に来てしまったようだ。
しかし、聞けば、幼い頃に家族を亡くした少女は、親戚の家に身を寄せていたが、13歳になった途端に「独り立ちしろ」と追い出されたらしい。なんて薄情な。こんないたいけな少女を追い出すなんて。
「レオンさん、雇ってあげましょうよ。こんなに小さい子が露頭に迷う姿を見てられません」
私の訴えに、レオンさんは首を傾ける。
「うーん……俺もクロードも別に構わねえんだけどさ。お前の意見を聞きたくて。でもそういう事なら問題ねえな」
「ほんとですか!? よかったね、えーと……」
少女を振り返ると、彼女はぺこりとお辞儀した。
「ノノン。わたし、ノノンって言います。精一杯頑張りますのでよろしくお願いします……!」
よかった。よかったよう。レオンさんもクロードさんも優しい。紳士だ。
「つーわけで、新しいベッドが来るまでネコ子、お前は床で寝ろよ」
「え?」
「だって女部屋にはベッドが一台しかねえじゃねえか。まさかお前、いたいけな少女を床で寝かせるほど鬼畜じゃ無いよな」
そ、そうか、そういうことになるのか……。
「はいっ! 新しいベッドが来るまで、男子部屋と女子部屋の交換を提案します!」
手を挙げて提案するも、賛同するものもなく。仕方なく私は暫く床で睡眠をとる羽目になったのだった。
「すみませんユキさん。ベッドを譲ってもらってしまって……あの、よかったらわたしが床で寝ましょうか?」
就寝時、ノノンちゃんが不安そうな顔でそんなことを口にする。
「大丈夫だよ。ノノンちゃんは気にしないで。さ、寝ようか」
「でも……」
確かに床は寝心地が良く無い。でも、少しだけの我慢だ。ノノンちゃんがこれ以上気を揉みすぎないように……。
と、そこで閃いた。
「ノノンちゃん。それなら一緒に寝ようか」
「え……?」
ベッドはシングルサイズだが、女の子二人一緒に寝るくらいには充分だ。
私はノノンちゃんの隣に潜り込むと、笑いかけてみせる。
家族もなく、親戚にまで追い出されて、さぞかし心細いに違いない。少しでも安心できればと思い話しかける。
「ノノンちゃん。レオンさんはあんなだけど実は割と良い人だし。クロードさんは気遣い紳士だし。おまけに眼鏡だし。私も、ノノンちゃんが働きやすいように協力するから。だから心配しないで」
「はい、ありがとうございます……」
私は安心させるようにノノンちゃんの髪を撫でた。
しかし私の心配は杞憂だった。このノノンちゃんという女の子はよく働く。物覚えも良いし、複雑なメニュー名もすぐに覚えてしまった。
おまけに執事&メイドデーでも、物怖じしない。
「おーい、メイドさん。今日のおすすめはなんだい?」
「そうですねえ……豪胆なご主人様には『三匹の獣のカーニバル』大盛りなんていかがでしょうか?」
「豪胆とは言ってくれるねえ。それじゃあ一人前頼むよ」
などと注文を取っている。
ちなみに『三種の獣のカーニバル』とはお肉を贅沢に使ったお料理で、このお店で一番高額なメニューでもある。それをやすやすと受け入れさせてしまうとは……。
初対面での怯えた小動物のようなイメージはかけらもない。あの時は緊張していたせいだろうか。
まずいな。このままでは私が一番の足手まといだ。
他の二人に負けないようにと、入店してきたお客様を案内しようとすると、偶然にもそれはミーシャ君だった。まだ首と腕に包帯巻いてるどころか手のひらにまで拡大している
「ええと、ミーシャく……いえ、ご主人様。前より包帯増えてません? 大丈夫ですか?」
「僕の手は最初から血豆まみれさ。これ以上汚れたってどうってことないよ……」
また「暴れん坊プリンス」の台詞をアレンジしてきた……!
早く正気に戻ってミーシャ君!
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