包帯の意味
そうして私は、国中の薬屋はもとより、日用品を扱うお店までまわって包帯を買い占めた。
その過程で、何人もの少年が包帯を買っていったという事実を確認しながら。
こんな話を聞いた事がある。
とあるイラストレーターが、首や腕に包帯を巻いた美少年の絵を描いたところ、それを見た少年達の間で、イラストの美少年のように自らの身体に包帯を巻く現象が大流行したとか。どこも怪我をしていないというのにだ。
思うに、それはいわゆるコスプレの一種だったのかもしれない。
それはともかくとして、私が「花咲か少年」や「暴れん坊プリンス」に出てくる美少年に必ず包帯描写を入れたのは、それを模したものだった。
うまくいけば、この世界でも物語の登場人物のように、少年達が身体に包帯を巻く現象が流行するのでは? と考えたのだ。
そしてそれは実際に流行りつつある。薬屋での女性や、他のお店での証言からそう確信したのだ。
これから「暴れん坊プリンス」は増刷され、より多くの人々の目に触れるはずだ。そうしたら、包帯を求める少年達が国中に溢れかえるに違いない。
その時こそ買い占めた包帯の出番だ。適正価格より少しだけ高値で販売するのだ。
いたいけな少年達からお小遣いを搾取するのは心が痛むが仕方がない。これも私がこの世界で生きてゆくために必要な事なのだ。許してほしい。
それから暫くして、お昼時の銀のうさぎ亭2号店にミーシャ君が来てくれた。
空いている席に案内するも、なんだかいつもと様子が違うような気がする。
気怠げな様子で、時折ため息なんかを漏らしたりしている。
「ミーシャ君、どうかしたの? 具合でも悪いの?」
心配になって尋ねてみると
「なんでもないよ。僕はただ親方のために動くだけ。それが僕の使命……」
え、ちょ、それってアレじゃないか。「暴れん坊プリンス」に出てくる美少年のセリフじゃないか! しかも自己流にアレンジしている……!
それに、よく見れば、ミーシャ君の首やら手首やらに包帯が巻かれている……!
これは完全に影響を受けている! 国中の少年達に流行ればいいな。とは考えていたけれど、まさかこんな身近な人物にまで影響を与えてしまうとは……! それともミーシャ君て影響されやすいタイプなのかな……
「ええと、その包帯どうしたの? 怪我でもしたの? 大丈夫?」
怪我でも大変だが、この場合は怪我であってほしい。一縷の望みをかけて尋ねてみる。
「ああ、大丈夫さ。この包帯は僕の……あ、いや、なんでもないよ……気にしないで……」
なんだか思わせぶりな発言までしだした。
これはやばい。完全に中二病を拗らせている。
でも指摘できない! だって自分の世界に浸っている真っ最中に
「それって『暴れん坊プリンス』の真似だよね」
なんで指摘されたらめちゃくちゃ恥ずかしいに決まってる。
悩んだ末に私はスルーを選択した。
「そういえば、今、国中の包帯が品薄らしいよ……ユキさんも怪我しないように気をつけてね……」
食事を終えたミーシャ君は、なんとなくアンニュイな言い方で、そんな言葉を残して去っていった。
ミーシャ君の様子も心配だが、包帯が品薄だと聞いて、私はかねてからの計画を実行することにした。
休み時間にクロードさんに声をかける。
「あの、クロードさん、ちょっとお願いがあるんですけど……」
「はい、なんでしょう? ユキさん」
「包帯を売る手伝いをしてもらえませんか?」
「包帯を……売る?」
私は本を出版している事を隠しながらも説明する。
「実は包帯を買いすぎてしまって……今はどこでも包帯が品薄だっていうから、少し高く売れると思うんですよね。そのためのお店との交渉をお願いしたいんです。できれば元値の1.2倍くらいで売れたらいいなと思うん――」
その時、厨房から
「痛っ……!」
という声が響いた。
何事かと駆けつけると、レオンさんが座り込んでいた。床には包丁が転がっている。
「あー、ヘマした。手が滑って包丁落として足を少し切っちまった」
足首を手で押さえるレオンさん。その指の隙間からは一筋の血が。
た、大変……!
幸い包帯なら山ほどある。私は慌てて自室から包帯を取ってくる。
その間にクロードさんが、薬箱から傷薬をレオンさんの足に塗ったりと処置してくれていたようだ。包帯を差し出すと
「ありがとうございます」
と受け取ってくれた。
「そんなに深い傷では無いようですが、あまり無理はしないでくださいね」
「わかったよ。悪いな。世話かけて」
包帯を巻かれた足首を撫でるレオンさん。
それを見て私ははっとした。
そうだ。本来の包帯の目的って、今みたいに怪我をした時に使うものじゃないか。それを私は「暴れん坊プリンス」のために包帯を買い占めてしまって、このままでは本当に包帯が必要な人に行き渡らなくなってしまう。そんなの許されない事だ。
「それでユキさん、先ほどのお話の続きですが……」
クロードさんの声に我に返った。
私は咄嗟に首を振る。
「あ、いえ、やっぱりなんでもないです。さっきのお話は忘れてください。それより私、ちょっと出掛けてきますね」
慌てて自室の包帯を大きな鞄に詰め込むと、返品するためにお店の外へ飛び出したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます