絵本からの進化
「『暴れん坊プリンス』? それはどんなお話なんですか?」
訝しげなレーナさんに私は説明する。
「とある国の第三王子が、身分を隠して城下町へと度々訪れて、そこで遭遇した事件を解決するというストーリーです。最後は黒幕と対峙して見事な剣劇を披露して悪を打ち倒します。もちろん王子は美形です」
「あら、大胆な王子様ですね」
「町へ出るときは、男爵家の三男坊として、素性も名前も変えて、完璧に偽装するんです。そしてとある消防団の人々と仲良くなって――」
その時、レーナさんが口を挟んだ。
「待ってください。『ショウボウダン』ってなんですか?」
「私の国にあった、火事が起こると出動して、火元を消化するという団体なんですが……」
「この国にはそういう組織はありませんね。そういうのは王立騎士団か自警団の仕事です」
「……なるほど。それじゃあリアリティを出すためにも、実際にこの国にある組織のほうがいいですね」
「とは言っても、自警団は入団しないと詰所に長居はできませんよ。騎士団ならなおさら。王子様にそんな余裕があるかしら?」
むむむ……そうなのか。とはいっても、私はこの国の組織とかほとんど知らないしなあ。
助けを求めるように、隣の花咲きさんを見上げると
「それなら別にどこでも良いではないか。お前の勤めるような食堂でもなんでも」
そうか! 銀のうさぎ亭をモデルにすればいいじゃないか。勘のいい読者なら銀のうさぎ亭だってわかるはずだし、お客様が増えるかも!
「わかりました。それでは食堂でどうでしょう。美形ハーフエルフと、知的なメガネ男性店員と、美少女猫亜人看板娘の3人が切り盛りする食堂で」
私の説明に、レーナさんは納得したように頷いている。
「それでですね。その王子には影で協力してくれる部下である、シーフ兼アサシンの美女と美少年が登場しますが、美少年の方は首と腕に包帯を巻いています」
今度は花咲きさんが反応する。
「ちょっと待て、なんでまた包帯なんだ」
「ただの趣味です。でも重要です」
「『花咲か少年』といい、お前はおかしなところにこだわるな」
花咲きさんのぼやきをスルーして、私は続ける。
「それで、せっかくなら絵本じゃなく、挿絵多めの小説のような形態で出版したいんですが。ターゲットの年齢層は14才以上の男の子あたりで」
私の提案に、レーナさんは考え込む様子を見せる。
「確かに、内容としては、絵本にするには難しそうですしね……わかりました。まずは少数部刷って様子を見てみましょうか。好評のようなら増版ということで」
「わ、ほんとですか!? ありがとうございます」
そして私の小説家生活は始まったのだった。
とはいえ、自分から言いだしたにもかかわらず、今まで小説なんて書いたことがない。執筆にも時間がかかる。お店の閉店後に自室の机に向かいながら唸る。
「ええと、ここは『エチゴ屋、お主も悪よのう』『いえいえ、伯爵様には敵いませんよ』……っと。その後は王子が伯爵家に突入で……うーん……」
文章を書くのって難しいなあ……
一応レーナさんには簡単な話の流れは伝え済みで、了承も得ているが、ちゃんとした文章にするのは困難だ。
「うーん……『ライル伯爵。余の顔を見忘れたか?』……『うん……? ま、まさかネスティス殿下!? ……いや、殿下がこのような場所におられるはずがない! 殿下を名乗る不届者! 皆の者、曲者じゃ! 出合え! 出合え!』……こんな感じでいいのかな……?」
あ、あと、隠密の美少年も活躍させないと。
「『僕はただ殿下のために動くだけ。それが僕の使命……』」
このシーンは特に花咲きさんに気合を入れて描いてもらおう。包帯が目立つように。
そうしてようやく書き上げた原稿をレーナさんに見せに行く。
私は真剣にページをめくるレーナさんを固唾を飲んで見守る。
「そうですねえ……情景描写が足りないのと、地の文があっさりしすぎな気がしますけど、14才の男の子が読むのなら、これくらいシンプルな方がいいかもしれませんね」
シンプルと言われてしまった。これでも渾身の文章を書いたつもりなんだけれど……
ともあれ、一応のOKは貰った。同時進行で花咲きさんが描いていた挿絵も、もう出来上がっている。
あとは製本して書店に並ぶのを待つだけだ。
まだ発売されていないが、肩の荷が下りたような気がして、私は大きく伸びをした。
それから数日後、レーナさんから手紙が送られてきた。
簡単な挨拶から始まり、直接伝えられないことの謝罪、わざわざ来てもらうのは心苦しいために手紙をしたためた、というような事が書かれていた。
けれど大切なのはそこじゃない。
なんと「暴れん坊プリンス」の売れ行きが良く、増刷が決定したというのだ。
や、やった! やったよ私!
いや、もしかすると花咲きさんの表紙絵のおかげかもしれないけど……
ともあれ、増刷が決まったという事は、いくらかの少年少女があの本を読んだことになる。もしかすると、もしかするかもしれない。
私は休憩時間を見計らって、近所の薬屋さんへと向かう。
こじんまりとした店内には、年配の女性が店番をしていた。
私は思い切って尋ねる。
「すみません。ここ最近で包帯を買っていった人はいますか?」
女性は少し考えたあと
「ああ、いたよ。アンタくらいの年の男の子が何人か」
これは朗報だ。私は身を乗り出して女性に告げる。
「それじゃあ、このお店の包帯全部、私に買い取らせて頂けませんか?」
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