理不尽に追い出される
な、なんとクロードさんが『暴れん坊プリンス』愛読者だった!?
意外だ。もっと『デキる男の条件』みたいな自己啓発本でも読んでいるのかと思ったら。
「ユキさんはご存知ですか? 『暴れん坊プリンス』。とても面白いんですよ」
「え、ええと、タイトルくらいなら」
私はなんとなく知ってるというように相槌をうつ。
ここで私が作者だとバレるのはまずい。だって恥ずかしいじゃないか!
適当にお茶を濁すと、クロードさんが楽しそうに続ける。
「それに、この話で王子が城下町の拠点としている場所がこの食堂に似てるんですよ。ハーフエルフの料理人に眼鏡のウエイター、加えて猫亜人のウエイトレス。まさにこの店そのものと言っても過言ではありません。その事もあって親近感が湧くんですよね」
それはそうだ。まさにこのお店がモデルなんだから。
まさかクロードさんも首に包帯とか巻いてないよね。
ちらっと首元に視線を移すも、そういう痕跡は見られなかった。さすが大人。
「もしかすると、著者のアラン・スミシーという人物は、この食堂の常連の方なんでしょうかねえ?」
「そ、そうかもしれませんね。いったい誰なのかなー」
白々しくもそんな会話で場を濁していると、扉が開いて、ノノンちゃんが戻ってきた。天の助け! 天使!
「おかえりノノンちゃん。何してたの?」
「ええと、近所の探索を。まだこの辺りの土地に慣れてないので……」
「それなら言ってくれたら案内するのに」
「そんな、ご迷惑をお掛けするわけにはいきませんから」
うおお、謙虚だ。思わず守ってあげたくなる。
「私は気にしないから、今度から気軽に声をかけてね」
「ありがとうございます。でも、ユキさんも予定があるんじゃないですか? お昼頃に集合住宅から出てくるのを見ましたよ。お知り合いに会いに行ってたんじゃ……」
たぶんそれは花咲きさんのところに行った時だ。そんなところを見られていたとは。
「なんだネコ子、まさか男でもできたか?」
いつのまにかレオンさんが話に加わってくる。
「違いますよ。男性なのは否定しませんけど。ほら、お店のメニューを描いてくれた画家さんがいたじゃないですか。その縁で、その人の絵のモデルをする事になったんです。あと、ご飯を作ったり、お掃除したり……」
私の言葉にレオンさんとクロードさんが顔を見合わせる。
な、なんだろう。なにか変なこと言ったかな。
困惑していると、レオンさんが髪をかきあげる。
「それってさあ、通い妻ってやつじゃねえの?」
「は?」
「だって、貴重な休みの日に、わざわざそいつのところに行って世話焼いてんだろ?」
なにを言いだすんだ。しかしよく考えれば近からず遠からずとも言えなくない。
「ま、まさか、私はただの家政婦代わりですよ。そういう契約ですし」
「でも、そこまでするって事は、お前もそいつの事嫌いでもねえんだろ?」
「え……それは、まあ……」
答えながらも花咲きさんのことを考える。
絵を描いている時の真剣な顔。
若草のような鮮やかな髪に咲く瑞々しい花。
時折見せる優しい表情。
尻尾を火傷した時に買ってくれた白いリボン。
似顔絵を描いてくれた事もあったっけ。
と、彼との思い出が次々と蘇る。
あれ、もしかして私って、花咲きさんの事……好き、なのかな……? え? ほんとに?
そんな事を考えた途端、顔が熱くなった。
「ネコ子、お前顔が赤いぞ。その分じゃ当たらずも遠からずってとこだな」
「ご、誤解ですよ!」
や、や、やめて。それ以上言われると恥ずかしさで消えたくなってしまう。
「おいネコ子、お前今からそいつんち行ってこいよ」
「え?」
「押しかけ女房ってヤツだよ。相手が首を縦に振るまで粘れ。もしも失敗して戻ってきても、ここでは寝かせねえからな。明日からはその男の家からこの店まで通うって事で」
「そ、そんな乱暴な……」
たとえ私が花咲きさんを好きだとしても、さすがにそこまでする図々しさは持ち合わせていない。レオンさんの言ってる事はかなり無茶苦茶だ。
クロードさんに助けを求めようにも
「何事も経験が大事ですよ」
うわあ、この人もレオンさん派だ。ひどい。常識人だと思っていたのに!
「ま、待ってください」
その場に鈴のような可愛らしい声が響いた。
「ユキさんだって、そんな事急に言われても困っちゃいますよ。心の準備とかもあるだろうし」
ノノンちゃんが庇ってくれた。なんていい子なんだ。ここにいる誰よりも常識人だ。
いたいけな少女からの提言に、レオンさんも言葉をつまらせる。
「……わかった。それじゃ、明日って事で。準備しとけよ」
どっちにしろ追い出される運命なんだな。
レオンさんはどうしても私を花咲きさんのところへ行かせたいみたいだ。
もうこうなったら仕方がない。好きとか嫌いとかそういうアレに関わらず、どうか花咲きさんが慈悲深き心で受け入れてくれますように。
その夜、ふと目覚めると、隣にいるはずのノノンちゃんの姿が見えない。
お手洗いかな?
そんなことを考えていたら、部屋の隅でがさりという音がした。
反射的に目を向けると、そこには少女のシルエット。月明かりにぼんやり浮き上がっている。
ノノンちゃん? なにしてるんだろ。
「ノノンちゃん?」
声をかけると、影はびくりと動いた。
「あ、ご、ごめんなさい。これが落ちてたからなんだろうと思って」
近づいて目を凝らすと、それは『暴れん坊プリンス』の原稿が一枚。机の引き出しの隙間から滑り落ちてしまったんだろうか。
「あの、もしかして、アラン・スミシーって、ユキさんの事だったんですか?」
「え」
「だって、この原稿の内容、どう見ても『暴れん坊プリンス』です」
おう……バレてしまった。
ここは嘘をついて揉めるより、素直に話してしまったほうがいいかも……
「ええと、実はそうなんだ。私がアラン・スミシー。でも、その事は他の人には黙っててくれないかな? お願い……!」
「わあ、すごいです! わたし、アラン・スミシーさんの大ファンなんです!」
「え? そうだったの?」
その割には本を読んでいる様子もなかったし、クロードさんの買ってきた『暴れん坊プリンス』第2巻にも興味を示してなかったようだけど……隠れファンなのかな?
「今度、サイン頂けますか!?」
「私なんかのサインでよければいつでも。あ、でも、みんなには内緒でね」
「はい、わかりました」
ちょっと興奮気味のノノンちゃんを落ち着かせるようにベッドに寝かせると、私は再び夢の中へと落ちていった。
翌日。
レオンさんは私を本当に追い出してしまった。最低限の荷物とともに。
まさか本当にこんな事になるとは思わなかった。足取りも重くなるというものだ。
そうして着いた花咲きさんの自宅兼アトリエ。
「お願いします! ここに置いてください!」
私はほとんど土下座と言っていい体勢で頼み込む。
それを見下ろす花咲きさんが困惑しているのがわかる。
「銀のうさぎ亭を追い出されちゃったんですよう。もう行く場所がなくて。あ、でも、仕事をクビになったわけじゃありません。自分の食い扶持は自分でなんとかします」
「それで何故我輩の家なのだ」
「いえ、その、他に行くところがなくて……」
まさかこんなところで愛の告白をするほど、私も空気が読めないわけじゃない。
本当に好きかどうかだって、まだ自分でもよくわからないのに。
レオンさんだって『告白しろ』とは言ってなかったし、要はここに住めればいいわけだ。
「お願いします。家賃もちゃんとお支払いしますから」
「うーむ……」
「お掃除もしますから……」
「うーむ……」
「毎日カツサンド作りますから」
「いいだろう。置いてやる」
カツサンド強し。
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