もっと触れられたい

なむなむ

第1話 もっと触られたい

俺の体が作られて、簡単な包装をされてからは、そこそこの規模の家電量販店にその身を置いていた。


仲間は他にもいて、俺は寂しくはなかった。

むしろ、久しぶりに見る顔もあった。まあ、包装されているから直感に近いかもしれないが。



ライバルも多い。

体がでかいヤツ、小さいヤツ。ちょっと毛並みの変わったヤツ、俺と同じスペックなのに、お家が有名なだけでちょっとネームバリュー分価格が上乗せされてるヤツ。









俺はごくごく平凡な白熱電球だった。







包装が簡易すぎて、冬は頭と足が寒い。

左隣のライバルは全身包まれていてちょっと羨ましい。

俺が身を置いてからも、ライバルの特徴は大きく変わらない。俺は順番待ちをしている状態だった。中には特殊な形状過ぎて古株となってしまった為に、払われない埃が一種のファッションのようになっているヤツもいる。

ああはなりたくない。


仲間やライバルが入れ替わり、俺はゆっくりと光に近づく。蛍光灯先輩の、強い光に。




「とうとう出番だな。」

「おう。みんな、元気でな。」





俺は埃がファッションになる前に店を抜け出した。俺に触れたのは、形のきれいな爪の若い女性。なんてラッキーなんだ!




このまま命を捧げる相手が、この人であってほしい。俺は強く願った。




レジを何事もなく通り抜けてから、袋に詰められ、ゆらゆら揺られながら日の光を浴びた。

何年振りだろうか!空だ!

俺は感動し、無心で空を見続けていた。



暫くして空は遮られ、お日様のにおいは、うっすらと薔薇のにおいに変わった。



「ただいまー。」

「おかえり。」






……!

…低い声だ。

な、なんだと、男がいるじゃないか!!





俺は絶望した。

この女性だけのためにと勝手に思っていた俺の命は、この興味の欠片もない、むしろ俺のライバルに近い人間のためにも使わなくてはならないということか。


なんという不幸!



いや、この男がずっとそばにいるとは限らない。そうだ、むしろ俺の方がこの先長いかもしれない。


ちょっと浮わついた心を持ったものならば、


「やあ新入り。俺たち電球は、彼らの引っ越しの際に連れていってもらえないことが多いんだぜ。」

「な、なんだって!?」

「ここは賃貸って部屋さ。俺は前の主にここへ連れてきてもらったのさ。まあ、新入りはみんな知らねえよな、そんな現実。」

「………。」



再び絶望。




「オシャレなシーリングライトって男は連れ立っちまったがな。お前さんはどうかな。」

「他の仲間は…」

「浴室のヤツは2か月前に仲間になったんだ。あれは男が連れてきたもんで、女がいるって喜んでたなあ。空きで考えるとお前さんは俺と同じ玄関組になりそうだな。」

「そうですか…。宜しくお願いします。」

「おうよ。」




玄関組の命は長めだそうだ。

まあ先輩がいることは心強い。安心だ。



白い袋から掬い上げられた俺は、丁寧に包装を剥がされていく。

初めて顔を見た時、まだ嵌まっていないのに、光るんじゃないかってほど心が跳ね上がった。




なんて可愛いんだ!!!





俺の体をそっと包み込んで離さない。


そんな幸福に浸っていると、


「俺取り付けようか?」




ノオオォォォーーー!!!!!!


そ、それだけは勘弁してください…!

あなたのためにも光りますから!今だけは!





「私やるからいいよ。」





天使ィィィー!!!!!!!



彼女は見た目も中身も天使だった。


「やあ、新入り。彼女ほんと天使だよね。寝る前とか朝とか、俺のことゆっくりひっぱってくれるんだ。俺の繊細な部分だから、凄く優しさが伝わってくるよ。」


プルスイッチ式シーリングライト先輩がうっとりと話してきた。

彼女はみんなから好かれているようだ。なんだか嬉しい。



彼女の温もりの中、心地よく玄関に舞い戻ってきた。男はダイニングテーブルをせっせと運び、彼女の足場を作る。


テーブルに上がった彼女はその上に立ち、俺を天井に近づける。そこには俺を待つ者がいる。そしてそここそが、俺が光輝くための場所。


彼女は一発で嵌めてくれた。細くて優しい手。

名残惜しくも手は離れ、テーブルから降りた彼女は壁のスイッチに手を置き、押し込んだ。


するとパチッという音と共に、唐突に命は輝き出した。



「デビューおめでとよ。」

「よしっ、点いたねー。」



あちらこちらからの祝福が嬉しい。

俺の命はこの日、吹き込まれた。

それは命を使い果たすスタートを切ったということでもある。







3か月後。


玄関組の先輩が最近弱々しい。

大丈夫かと尋ねても、ああ、歳だからな。と返される日々。


命の終わりが近づいている。





「なあ、俺たちは尽きちまったら、その後どうなるんだろうな。」

「…なんですか急に。…尽きた後のことなんてどうせ誰にもわからないんですから、考えるだけ無駄です。」



俺は考えさせないようにする。

終わりについてを。



「俺はこの部屋の住人が3回入れ替わったのを見た。白熱電球にしちゃ長生きだよなあ。」

「そうですね。…さすが玄関組!」

「わはは、そうだなあ。」



玄関組にとって命の終わりを感じてから、実際に光を点せなくなるまでは、ゆっくりと時が過ぎていく。



「最近こっちの電気チカチカするよね。点くのも遅くなったし。」

「そうだな。」



彼女は相変わらず男と暮らしている。

仲が悪くなる気配はない。それが疎ましい。


先輩が弱々しいと、俺は彼女に頼られる。

それは嬉しいことだが先輩にはいろいろ教えてもらった恩がある。

使い捨ての命でも、少しでも長く光っていてほしい。

それは自分の命でも同じことだった。





そして2週間後。


「あ、もう点かないや。」




彼女がスイッチを入れても、先輩は光らなかった。

命が尽きたのだ。

入れたスイッチを切り、別のスイッチが押されると、先輩の隣で俺が光る。煌々と。


その日、俺は先輩の分まで光ると決意した。



「また買いに行かなきゃね。」





俺たちは使い捨ての命。

使う者にとっては、気にかけることのないの命。


ただ光っていてくれればそれでいいのだ。

そこのところ俺たちは分かっている。

見返りは求めない。






先輩がいなくなって1週間。

先輩の後釜がやって来た。





彼は俺と違って、うきうきしたりドキドキしたりはしていなかった。



「やあ、新入り。きっと君は玄関組さ!」

「…玄関……初めまして。」

「どうしたんだ?暗いな。」

「いや、…賃貸の人間だったのかと思って。」



何故賃貸を嫌がるのか分からなかった。

だが、初めて俺がこの場に来た時のように、彼女がダイニングテーブルの上に立ち、手厚く嵌め、降りてスイッチを押した瞬間。



「お、お前、LEDだったのか!」

「…………そうです。」



強く輝き出した新入りは、俺が初めて光った時よりも眩しく感じられた。


LED。今時の若者だ。

ヤツらは俺のような白熱電球に比べて少しのエネルギーで光る。そしてめちゃくちゃ長生きで、熱くならない冷めたヤツだ。


「……あんまり知らずに僕のこと選んだみたいで。凄そうだから試しに買ってみようって、話してました。」

「………。」



俺は激しく同情した。



「僕、男がそばにいるの知ってましたけど、手にとってもらって嬉しかったんです。でも賃貸だと、そのうち僕のこと忘れちゃうんだろうなって。」

「………。」

「入れ替わる知らない人たちを見続けるのって辛いだろうなあ。ただでさえ1日で光る機会がかなり短い玄関組だなんて。」



俺たちは自分の命を惜しまない。

使ってこその命。



「…君がこの部屋の守り神になればいい。間違いがないようにみんなを導くんだ。」

「…。」

「それだけの時間が君にはある。俺のこと、後輩たちに語り継いでくれよ。」




すると、ちょっとだけ明るさを取り戻したようだ。

いつ引っ越すのかは分からないが、きっと俺は置いていかれるだろう。そしたらこの新入りと次の住人のために命を使うだけだ。



願わくば美女でありますように。








僕が仲間になって3年が経った。


先輩はもう次は光れないかもしれない。

命が尽きるのをただ静かに待つことが増えた気がして、寂しくなった。


「なあ、彼女はいつ引っ越すって?」

「明日って言ってましたよ。とうとうこの日が来ましたね。」

「俺は………駄目かもなあ…。」

「何言ってるんですか。最後まで見守りましょう。」



本当は励ますことが正しいのか悩んだ。

ただ、僕は彼女を見送るまで光っていてほしかった。こんなにも彼女を慕っているのだから。

なんとなく、存在感は彼女にきっちり示して尽きなきゃ、未練が残るような気もして。




「俺はほんとはもっと彼女に触れてほしかったんだ…」

「…。」

「光るのが役目だから…触られててもほんとは困るんだけどさ…。光ってる時には熱くて触れないだろうし…俺ってなんなんだか…。」

「…僕には分からないけど、先輩は一途に光り続けた。それって格好いいです。何もしてあげられないけど、熱い男っていいですね。」

「………ありがとな。」






次の日先輩は光らなかった。


「あ、電球切れてる…。」

「ああ、もともと電気は設備じゃないので、そのままでもいいですよ。」

「じゃあ今日ごみの日なので、電球出しておきますね。」




まだ運び出されていないダイニングテーブルを今度は彼女が運び、その上に上がった。

なんだか懐かしいと、僕は思った。

彼女はそのまま先輩に手を伸ばし、くるくると回してその命の尽きた体を、優しく包み込むように握った。



その指は細く、形のきれいな爪をしていた。





先輩はそのまま優しく包まれて、ごみ捨て場に置かれた。


最後まで丁寧だった。ヒビはどこにもない。

その様子を、外灯が静かに見つめていた。






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