なんだかわからないけれど、モカは居間でごろごろしていた。居間とはつまり、囲炉裏のある部屋であるが、なんだろう、イマイチ何がしたいのかわからない。こう、比喩的なごろごろではなく、物理的にごろごろしている。ちょっとかわいいと思えなくもないが、なんでかごろごろしている。

 そういえば、今日も男たちは稽古をするとかなんとか言っていたような気がする。まあ、来る世界の災厄への対策なのだから、それくらいして当然なのだろうか。

 昨日大体全員倒してしまったし、別に行かなくてもいいのだが、新しいが居るかもしれない。

 ただ、まだ朝だし、いいよな。

 暫く、ごろごろしているモカを眺めるとしよう。


 急にふっと起き上がったモカは、と板の上を這っていき、窓際(実際にはこの家に窓はないが)に置かれた桐箪笥の中から紐を取り出してそれを編み始めた。

 正直今日のモカの行動はわけがわからないが、もしかしたらこっちが普通で、昨日などは俺が居たから普通と違う生活をしていただけなのかもしれない。

 太陽もかなり上がってきた。そろそろ街のほうへ出てもいいかもしれない。街の男どももきっとそろそろおっぱじめるころだろう。


 街へ行ってみると、やっぱり外に男は全然居なくて、道場に行くとかなり群がっていた。

「す、すげぇ、あの悠椰とかいう奴と同じくらいつよいんじゃねぇか?」

 そんな声が聞こえてきた。どうも、誰かが暴れているようである。別に俺は最強を求めてるわけじゃないし、比べられても困るんだが……。

「ん!? そこに居るのは、昨日の野郎だな!? さあ、勝負!」

 と、昨日のクソ女が武器も持っていない俺に切りかかってきた。本当、愚かな奴だな。

「せめて木刀くらい握らせろや!」

 言ってはみるものの、

「お前は強いんだろう? だったら素手でかかってこいや!」

などとまったく聞く耳を持たない。悪いが俺がやっていたのは剣道であって空手じゃないんだ。そんな素手で戦えなんていわれても無理だ。

 と、そこへ誰かが木刀を渡してくれた。ありがとう! 誰かわからないけど!!

 木刀で女が振り下ろした木刀を左へ払ってこちらからみて左の脇腹に横薙ぎを。

「うごっ」

 なんだか強がっていたわりには、そんなに強くないぞ……?

 さらに容赦なく右から一発食らわして、壁際まで追い込んだら木刀の先がギリギリ腹に付かないというような位置で寸止め。かなり悪意に満ちた戦い方をしたが、こういう女はこうでもしないと分からないというのはどうやらどこの世界でも共通で。

「ごっ! ごめんなさい! 調子乗りました!!! 許してください!!!」

 あー、なんかそれはそれで面倒なことになってきたんだが……。

 おいまて、土下座するんじゃねぇ。別に怒ってねぇから黙って帰ってくれよ……。

「おい、頭を上げろよ」

「はっ、ありがとうございます……。ところで、これから食事でも……」

「断る。」

「えっ、いや、私、身体にはそれなりに自信が……」

 悪いな、俺はでかすぎる奴は嫌いなんだ。そうだな、丁度モカくらいがいいんだ。

「いやだから超断る。」

 というわけで、モカと食事じゃ食事。昼からウェバーとかそういう気分ではないので、別の、小さな食堂へ行こう。


 モカと並んで歩いているのだが、なんだかとても視線を感じる。後ろを見ても誰も居ないのだが……。

 こぢんまりとした食堂は、やっぱり和食は出てこなくて、洋食というには軽い、なんともいえない軽食が出てきた。やっぱり、こっちの世界で和食にありつくには、自分で作るかウェバーに行くしかないのだろうか。

 と、ここでまさかの、女登場である。

「あら、奇遇ですね。」

 どこが奇遇なのかわからない。こいつ、絶対狙ってやがる。完全に、狙って来ましたっていう顔をしている。

 モカはきょとんとしている。まあ、そりゃあ戦いを見ていないのだからそうなるのも頷けるが。

「どちら様ですか……?」

とうとうモカは聞いた。そういえば、俺はこいつの名前を知らないのでは……。

「そっちこそ誰よ。」

おい反応違いすぎだろう。

「私は柳澤モカって言いますけど……。」

「柳澤ッ!? い、いや、なんでもないわ。わ、私はデリア。」

 なんだか柳澤と聞いてやに動揺したが、柳澤という名前に何かあるのだろうか。この世界に来たばかりの俺にはイマイチわからないが、どうやらこの世界にはそういうのがあるらしい。

「それで、悠椰に何か御用で……?」

「い、いや、なんでもないわ。」

 そう言うと、デリアはそそくさと帰っていってしまった。そういうの、冷やかしっていうと思うんだが。

 って違う、そうじゃない。

 どうやら、本当にこの世界の人間は柳澤という苗字に並々ならぬ感情を抱いているらしい。

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