それは紛れも無く、であった。

 モンスター、すなわち魔物。ゲームでも小説でも、必ずと言っていいほど悪者扱いされる奴らである。他の世界ならば、街中にモンスターなどと言ったら即刻勇者とやらが駆り立てられ、その場でタコ殴りにされるだろう。が、しかし。

「あー、あれは魔族さんです。」

魔族さん……? なんか、すごい親しみをこめた呼び方をしているが。

「魔族さんは人間じゃないけど、とってもやさしいんですよ。」

 なんだその、うん。なんなんだこの世界。なんで俺はこの世界に転生させられたんだ。俺がここに来る必要あったか……?

 大体日本で言うところの昼休みの時間帯が過ぎたらしい。慌しく人が動き始めた。そりゃ、仕事するよな。

 大柄な男たちと魔物が手を組み、大きな資材を運ぶ。人力車ならぬ魔物力車みたいなものもあった。

 俺は、それに乗ろうとは思わないが、街の人は満点の笑顔でそれに乗り込み、ものすごいスピードで走り去っていった。

 流石魔物というだけある。やはり、人間には成し得ないことも出来る。その分、魔物にできないことは人間がするのだろう。

 見事な共存、完璧じゃないか。他の世界も見習ってほしいものだな。

「ソコノオマエ! オマエダオマエ!」

 後ろを振り向くと、マントで身体が見えないのでなんとも言えないが、とりあえずモカよりも小さいくらいの魔物……に見える奴が話しかけてきた。手が紫色らしい。ただ、それが魔物であるという確証は無い。

「オマエ、コノセカイノニンゲンジャナイナ。」

少し聞き取りづらいが、しっかりと人間の言葉を話している。

 ちなみにこの質問の答えとして否定を出す理由など何ひとつとしてないのだが、敢えて否定してみる。

「いや、俺はこの世界の人間だよ。」

敢えて、そう、敢えてである。別に、言ってもいいのだが、なんとなく、否定しておく。

 ラノベとかを読んだ感じだと、あまりバラしていないものが多いし。


 そういえば、なんだか喉が渇いてきた。モカの家を出てから、まだ一度も水分を補給していない。ここは、何か喫茶店的なものに誘うべきだろうか。

 と思ったのだが、見事に喫茶店が一つもない。

 なんでだよ、首都だろ、喫茶店くらいあってもいいじゃないか……。

 もしかして、喫茶店という概念が、ない……?

 というかずっと気になっていたのだが、この世界の言語、完全に日本語じゃないか。

 なんでもいいから、とりあえず休憩できる場所に入らなければ。

 そろそろ喉の渇きで死ねる。

 とそんな時、ふと目の片隅にどこからどう見ても日本語で、

『居酒屋ウェバー』

と書かれた看板が通り過ぎた気がした。ふっと振り向けば、確かにそこには居酒屋と書かれた看板が。

 俺は未成年だし、酒は飲めないが、この際なんでもいい、とりあえず飲み物が飲めればいいんだ……。

 格子状の木の間に磨り硝子がはめ込まれたThe・居酒屋ないでたちをした店だった。

 思い切って右側のドアの端、襖のへこみと同じような位置にあるへこみに手をかけて、左側へスライド。

「へいらっしゃい!」


 この居酒屋は昼間からやっているらしい。普通居酒屋って夜からやるもんじゃないのか……?

 とも思ったが、昼であるにもかかわらず人は沢山入っていた。中には、俺よりも歳が下なんじゃないかと思われるような容姿をした、まあ、要はロリまでも混じって酒を飲んでいた。

「カウンターへどうぞ~」

オッサン店主が俺たちを手招きして奥のカウンター席へいざなう。

 俺は自然な流れでモカを一番奥に座らせその横にと腰掛ける。

 ――なんだ、いい雰囲気の店じゃないか。やっぱり日本を思わせる店内は日本語でお品書きがなされていたし、周りを見ればやっぱり、「居酒屋といったらコレ!」みたいなおつまみが出されている。

「自己紹介をさせてくれ。」

 唐突に店主が俺たちのほうへ寄ってきて、そう言った。

 他の人はまったく以て普通に食事だとか宴会だとかをしているから、おそらく自己紹介は毎度のことなのだろう。

 料理も作って挨拶もして、全部一人でやっているらしい。大変だな。

「俺はシュテファン、まあ要はここの店主だな。よろしく頼むぜ。」

 シュテファンというらしいその店主は右手を前に突き出し、「よっ」ってやるみたいなポーズととった。

「俺は、那月悠椰。よろしく。」

 なんとなくそれっぽい挨拶。挨拶って大事だよな。

「私は柳澤モカです。よろしくおねがいします。」

 モカは相変わらずが付くほど丁寧な挨拶をした。

「おっといけねぇ、今日は蕎麦が大量に余ってるんだが、蕎麦、食うか?」

 蕎麦ってなんだよ、蕎麦って。

 別に蕎麦が出てきても驚くような見た目をしている店ではないが、それにしたって居酒屋で蕎麦ってのはどうなんだろう。

 いや、しかし、せっかくだから、

「じゃあ、蕎麦ひとつ。」

頼んでおいて損はあるまい。きっとモカが作る食事が今後和食になることなんてないだろうし、ここでしっかりと日本食を食べておかねば……。

「何乗せる? 天ぷら? それともコロッケ?」

「コロッケ……? コロッケ蕎麦……?」

 コロッケ蕎麦といえば、時々立ち食い蕎麦屋かなんかで売っている奴だ。べちゃーっとしていて、完全に冷凍食品で粉っぽいコロッケが乗った蕎麦である。

「悠椰はコロッケ蕎麦かい? そいで、モカちゃんは何にするんだい?」

 この人、どうやらしっかりと名前を覚えているらしい。

 名前を覚えるっていうのは結構大変なことで、それなりに人数の居たうちの部の新入り、つまり一年生の名前を俺は全員覚えることはできなかった。

「うーん、私は天ぷら蕎麦で。」

天ぷら、なんとなくここの蕎麦のチョイスは立ち食い蕎麦風だし、まさか天ぷらもべちゃーってしてるんじゃ……。

「はいよ! おっと、コロッケ蕎麦、できたぜ。」

 そうして俺の前に置かれたコロッケ蕎麦、見た目はとてもおいしそうである。夏だってのにつゆはかなり熱そうで、麺は日本で見慣れた蕎麦だ。

 ためしにコロッケを半分に割ってみると――


「冷凍食品のじゃねぇか!!!」


 思わずそう叫んでしまった。

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