第2話 雨(豪雨)降って地固まる

 それから、約30分後に父は静かに動き出し、急いでどこかに向かった。それを合図に母と兄、そして僕も下の階に降り中を確認した。そこには水が玄関まで侵入したようで泥の跡が残っていた。そのことに僕たちは安堵し、僕と兄は居間の上げ壁にかけた畳を戻しだした。それが終わったころに父が居間にやってきて、父は珍しく少し青い顔をしていた。いつも憮然としたいかにも職人とした表情はどこにも無くただただ何かを考え込んでいた。しかし、僕と兄はまだ幼かったからか、そんな父を余所に畳を戻したことを父に言うと父はただ頷いただけだった。僕はそんな父の様子に我慢がならなくなって、父に生まれて初めて怒鳴りつけ、いつも仕事ばかりで僕を見ていない父の態度を非難した。そんな僕に父は何も返事することなく工場に戻り、僕は自室に戻って椅子に腰かけ涙だけが静かに頬を伝った。その日の夜にやっと気持ちの高ぶりが落ち着いた僕は居間に向かうと母と兄がいつものように声をかけた。そこで見たテレビで僕の住んでいる県の被害が報道され、”福井豪雨”という言葉を初めて聞いた。そこに映るのは屋根からヘリで救助される人、水が町を覆い家が、車が、生活が流されていく様だった。僕はその様子にただただ言葉を失い、僕たちの家に起きた被害がまだ小さいことに気づかされた。僕たちは幸いにも玄関までは水が入ってきたけれども、家も車も無事だった。これからも、これまでの生活が続くのだろうと、そう思っていた。

 その日の夜、夕食が終わった後やはり今までとは違い覇気のない表情をした父が突然言った、”品物が全部消えた”と。僕たちは父の言葉に興味はなく聞き流していたが、母は少々神妙な顔になった。それから、あの寡黙で憮然とした父が僕たち兄弟に頭を下げ”手伝ってほしい”と言ってきた。僕たちは目を丸くし、突然の父の行動に驚きで固まっていた。今まで僕たちに頼みごともしたこともなければ、僕たちを認識しているのかも怪しかった父の行動に仰天したんだ。でも、だからこそそんな父の頼みごとを聞くことを僕と兄は頷き合い、了解の返事をすると、父は感謝を述べ、母は明るい表情になった。

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