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「わぁ本当だ、美味しい」
両手でカップを持つ仕草はどこか小動物っぽさを感じずにはいられない。彼女自身小柄でちょこまかと動く(いい意味で)ところもあるからかもしれないけど。
「マスターはなんでも得意なんですね」
「おやおや、それは買いかぶり過ぎですよ。私だって出来ないことだってあります」
「えー、例えば?」
そんな純粋そうな瞳で見つめて聞かないでよ。俺だってただのおじさんなんだよ?
「例えば、ヒガシノさんのように保育士さんとして働くことは、私には無理ですから」
「え、どうしてですか?」
「どうしてって」
そりゃ子供は好きだけど、それは“責任のない立場”だからであって。例えば祖父的な立場、みたいな。ってそんな歳じゃないわ。
「子供さんを預かってお世話するなんて、本当に子供が好きじゃないと、出来ないでしょう?」
彼女はカップを口元に置いたまま考えるように視線を空へ移す。彼女はどうして保育士さんになったのだろう?
「んーまぁ確かにそうなんですけど。子供が好きじゃないと出来ない仕事ですし。今はそれ以上の問題も沢山ありますけどね。親御さんのこととかお給料のこととか」
モンスターペアレントなんて言葉もあるくらいだもんな。みんなわが子が可愛いからなんだろうけれど、保育士さんからしたらとても大変なんだろうなと思う。想像しか出来ないけれど。
「でもまぁお仕事ですから」
と、意外にもあっさりした答えが返って来た。仕事だから保育士をしている? 当たり前の答えかもしれないけれど、なんとなく引っかかる。
「この仕事を選んだのも私自身ですし」
「小さなころから保育士さんを目指していたんですか?」
「いいえ」
え、違うの?
「実は違うんです。保育士を目指す前は美容師になりたかったんですけど、高校の時に、ね。私、少し歳の離れた姉がいるんですけれど、その頃姉に子供が生まれまして。実家のすぐ近くに姉が住んでいたので子供の面倒をよく押し付けられていたんです。最初はどうしていいのか分からなかったんですけれど、少しずつ子供のことが分かってきて、そうしたらどうしようもなく可愛くなってきて、泣いている顔を笑顔にするのが楽しくて。これをお仕事にするのもいいんじゃないかと思って保育士になったんです」
「そうだったんですね」
「はい。だから自分が選んだお仕事なので、いろいろ大変なこともありますけれど頑張れています」
なるほど。だからお仕事ですから、か。
「やっぱり私には無理そうです。だって私にも自分で選んだ仕事がありますから」
「ふふふ、そうですね」
彼女はそう言ってにっこりと微笑む。とても優しい柔らかな笑顔で。
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