書籍化できない第一話

 降り立った新世界は、自然が豊かな森に囲まれた田舎の村だった。

 なんというか、RPGで最序盤に立ち寄る、村と言ってしまうのはあまりにも的確すぎるだろうか。空気が段違いに美味くてオレは無駄に数回深呼吸してから、呟いた。


「……あー、念願の異世界転生だぁー」


 棒読みの発言は、まったくもって緊張感がない。オレに与えられた特殊能力は、無敵のパワーでも唯我独尊な魔力でも、異性にモテモテになるそれでもなかった。

 オレはオレのまんま、この異世界にやってきていた。シャツに呪いのネクタイを締め、紺色のスラックス。なんともまぁサラリーマン転生であった。

 ちょっと異常なのは、その能力だろう。尻のポケットにもぐい、と押し込めば入るだろう文庫本が、オレの『チート』の能力『書籍化』だった。


「でも、どう利用したらいいんだコレ」


 文庫本の形を取っているが、本を使って何かすると言うより、オレの起こした行動が、そこに記されていく『日記』のようなものだった。

 試しに、ちょっと念じてみると、出したり消したり、自由自在だった。

 まるでゲームの呪文書みたいだが、外見はビニールカバーに覆われ、タイトルがデデンとそれっぽく書いてある『ラノベ』風の作りだ。表紙イラストは『オレ』が『文庫本』を持っている。その『文庫本』の表紙にも、『オレ』が描かれていて『文庫本』を持っているのだ。

 覗き込んでいると、合わせ鏡のように、頭がおかしくなりそうなんで、じっと見るのをやめ、オレは文庫本を、消した。


 この本自体はそれほど重要じゃない。

 重要なのは、『オレ』が『第四の壁』を無意識に壊して、『メタ』な行動を取れるという能力だ。

 あー、そこの読者くん。『第四の壁』ってなんだって思ったのか?

 オレの知る限り、『第四の壁』ってのは、舞台用語だったと思う。学生時代は演劇部で声優になることを目指していたオレの知識だ。たぶん合ってるぞ。

 部隊演劇ってのは、観客がステージの役者を眺めて愉しむだろ。その客席とステージの間にある見えない壁。フィクションとノンフィクションを分ける空間。それが第四の壁だ。


 分かりやすく言うと、今、お前このテキストをモニタ越しに見てるだろ。PCだったりスマホだったり。そこには超えられない壁がある。

 それが第四の壁だ。通常、それは壊れない。

 だが、オレはそれを自在に行き来できるんだ……そうだ。死神幼女はそう言った。


 例えば、こんな感じだ。

 この行から五段落上を見てみろ。『誤字』があるだろ。『部隊演劇』だ。それ、『舞台演劇』の間違いだな。校正作業は曖昧なのが、この『書籍化』の悪いところかもしれない。

 もし、お前らが、この文字を読んでいて、誤字を見付けた時、画面を下にスクロールしてみろ。ほれ、そこに『応援コメント』ってあるだろ。それ押せ。オレ自身は『作者』だからよ、そこを押しても干渉できねえみたいなんだが、お前ならできる。

 誤字を見付けたら、そこに『誤字あるぞ』って言ってみろ。

 後日、オレの『書籍化』は、そこを修正したり、しなかったりするぜ。


「あーこういう事、文庫本に書き移っちまったら、マジで書籍化できねえじゃん。これ、カクヨムオンリーでしか通用しねえぞ」


 オレは頭を悩ませた。本当に、この『書籍化できない異世界転生』は書籍化できないじゃないか。本で校正するんなら、このメタ部分はどうなっちまうんだ?

 まぁ、そういう捕らぬ狸の皮算用は、KADOKAWA辺りに目を付けられたら考えよう。


 とにかく、状況を確認だ。あの死神幼女、いきなり、オレをそのままここに放り出した。

 あとは勝手にやってくれと来たもんだ。昔のオープンワールドゲームかよっての。

 幸いにも村の中からの開始だから、いきなり敵に襲撃されてゲームオーバーってのは、ないだろう。


 とりあえず、オレはこの世界でどうやって暮らしていくか、考えないとならない。


「ぶっちゃけ、今流行りのスローライフがしたいな」


 これまで散々ブラック企業で働いて来たんだ。二十六歳新入社員努めて半年。首つり自殺したことは、リアルなほうでは大騒ぎになってるかもなー。それであのブラック企業に少しでもダメージを与えられた嬉しいとこだぜ。

 ふらふらと村を見て回っていると、なにやら大きな集会所にたどり着いた。不思議な事にここに来るまで一人も村人に出逢う事がなかった。

 その理由は、ここに来て分かった。集会所に村人が全員集まって何か話し込んでいる様子だった。


「あのう、すいません」

「むう? 何者だ」


 オレの挨拶に、村人は疑問の表情で声を上げた。なるほど、言葉は伝わる。交流ができるなら、どうにでもなるだろう。


「ちょっと道に迷って、ここにたどり着いちゃったんですけど、ここはなんてところですか」

「ここは、オードリーの村だよ。旅人か? 随分変わった格好だが」

「へえ、良い生地の服着てるね」


 こちらを珍しそうに見てくる初老の男性たちにオレは少したじろぎながら、奥に控えている長老らしい威厳を醸し出す禿げ爺さんに目を寄越した。


「皆さんでお集りの様子ですが、なんかのお祭り?」

「何言ってんだ。祭りじゃねえよ、ゴブリンが出たんだよ」

「ゴブリン? ゴブリンってあの、小鬼の?」


 ゴブリンはこの手の世界観じゃ、最弱の下等生物って扱いに位置するモンスターだ。この異世界にも普通にいるということは、これはやはり、見た目通りのゲーム風ファンタジー世界だな。


「もしや、それで退治できる冒険者を探してるとか?」

 安直な出だしだと思った。いきなり転生した矢先、路銀もないオレに簡略なミッションを与え、経験値と金を与えようってことだろうか。


「いんや。もうゴブリン退治には、別の冒険者が向かったとこだ」


 なんだ、オワコンか。オレは拍子抜けだと言わんばかりに肩をすくめたが、だったらなんでこんなところで集会をしてるのだろう。


「でも、その冒険者がもどってこなくってね」

「あー、返り討ちにあったかもしれないってこと?」

「そうだ。それで様子を見に行こうかって話し合いをしてたんだよ」


 なるほど、それで話し合っていたのか。合点がいったオレはこれはこれで定番だと頷いた。

 先に向かったヘボヘボNPC冒険者を救うために、主役が様子を見に行くってチュートリアルだな。


「じゃ、オレがいきましょっか? 良かったら、ちょっと恵んでもらえると嬉しいけど」

「なにぃ?」


 じろりと睨みつけるように、大柄な男がこっちを見下ろして来た。正直、ただのサラリーマンのオレよりはよっぽどガタイが良い。日頃農業で体を使っているためだろう。オレはキーボードのブラインドタッチができる程度の筋力なので、その差は言わずもがな。

 そんなわけで、オレを頼りなく思ったんだろう。村人たちはみな、怪訝な顔をしていた。尤もこちらの服装も随分と面妖に見えたのだろう。なにせ、オレのネクタイは……呪いのアイテムだし? ジロジロと下から上まで舐めるようにおっさんたちに凝視された。


「様子を見に行くだけなら、オレにもできるだろうし、路銀が底をついてて、今日一日泊めてくれる馬小屋でも提供してくれるだけでいいんで」

 と、下手に出てみた。すると、村長が、「うん、それじゃあ」としわがれた声で頷いた。


「先に向かった冒険者に金は払いきっちまって、これ以上は誰かに金を出すような余裕はない。でも泊めてやるくらいならしてやってもいい」

「夜露が凌げればそれで」

「じゃ、頼むよ」


 ともかく、この世界の常識を早く知識に入れないと、オレはとんでもないメタをかますことになるかもしれない。何が常識で、何が非常識なのかを線引きしないと、メタもクソもないからだ。


「そういや、先に向かった冒険者ってのはどんなヤツ?」

「若い女子だよ。だから、心配してるんだ。ゴブリンたちは、ほれ……女を襲うだろう」


 あー、これはそっち形ラノベですか? あのバイオレンスで読者を引き込む的な? エロとグロを織り交ぜて、モラルハザードをエンタメにする感じ?

 個人的には、そういうのより、のんびりまったりな異世界転生が好みだわ。可愛い女の子が何人か出てきて、そんな子たちと、和気あいあい、冒険に見せかけた日常ドタバタコメディ。だって、もう殺伐したのはリアルで十分だって話じゃない。


 と、考えて、オレはぽん、と手を打った。

 ――そうか。じゃあ、そっちになるように、行動すればいいんだ。

 オレの能力は、そういう能力だ。オレの行動が『書籍化』される。どうしたら、ダークファンタジーをライトファンタジーに変えられるか。腕の見せ所、ってことかな?


 じゃあ、オレの異世界転生冒険記、いよいよ始めさせていただきますかッ――。

 オレは文庫本を展開し、ゴブリンの住処へと向かうのであった。


「おっ、ラノベっぽいモノローグ」

 その呟きに、村長は首を傾げた。

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