書籍化できない異世界転生

花井有人

プロローグ

 いやな予感はしていたんだ。

 センパイが仕事を振ってくる時はいっつもそうだ。オレに面倒ごとを押し付けて、自分は避難するんだよ。

 課長がオレに小言を言っている間、オレはずっと上の空だった。

 いやだ……もうこの仕事……。辞めてえ~。ってか、飛びてェ……。屋上から飛び降りて、死んだ方が絶対楽だ。

 テンゴク? とかあるのか知らんが、死後の世界の方が絶対にこの会社よりは素晴らしいだろう。


 ん、よし決めた。死のう。今日死のう。自殺しよう。オレはほんとに気軽に自殺を考えた。

 せっぱ詰まったオレは、まともな思考能力がなくなっていたと思ってくれ。

 イバラの道を進んだ先に素晴らしい未来があるとか、ご立派な説教は、今のオレには何の意味もない。


「……それでホントに死んじゃうんだもんな」

 オレは自分の死体を第三者の視点で見ていた。

 死因は窒息死。首つり自殺だ。ネクタイで首を絞めて死んでしまった。

 いや、まさか本当に死ぬなんて思わなかったんだ。


 ――事情を説明させてくれ。オレは前述のとおり、確かに病んでいた。だが、マジで自殺するワケないじゃないか。しかも首つりって、めっちゃ苦しいんだぞ。どうせ死ぬなら楽そうな死に方するって。

 ともかく、オレはちょっと「どうにでもなーれ」みたいなヤケクソになっていた状況だった。

 自分の会社のブラックっぷりに、しこたま精神をえぐり取られたのだ。


 で、帰りに居酒屋で、酒をかっ喰らって忘れようとしていたら、酔っぱらった挙句、見事に七色のゲロンティーノ・タランティーノを自分のネクタイにぶちまけたんだ。

 そんなネクタイ捨てるっきゃないじゃん? 捨てたよ、その場で。んで、新しいヤツを買おうと思った。気持ちも新たに仕事に打ち込むぞ、ってな。空元気の死んだ笑顔で明日にでも買いに行こうかなって考えてた。


 そしたら、あれだ。マッチ売りの少女に出逢った。いや、ネクタイ売りの少女だった。真っ黒なワンピース着てて、トランクスーツを引きずって夜の居酒屋の前で、呼び込みをしていた。なんで、こんなところで少女……いや見た目からすると幼女レベルだった。六歳くらいだろうか?

 金髪で、青い目をしていたんで、外国人だろう。で、そいつが「ネクタイ買いませんか」と言うもんだから、買ったんだよ、これが。日本語だったし。

 買うのは口実で、親とか未元を確かめて、警察に連絡するつもりだった。ゲロったオレでもそのくらいの分別はついたのだ。


「あざすー」


 幼女は砕けた言葉でネクタイと代金を交換した。五百円を渡したんだが、お釣りをくれなかった。


「ねえ、死にたいって思ったよね」

「はぁ?」

「そのネクタイ、呪いのネクタイ。着けたら死ぬから、やってみて!」


 そう言うと、その幼女はさっさと走り去って行ってしまった。オレは警察に連絡する余裕もなく、右手にネクタイを握ったまま暫く呆けていた。たぶん酔っぱらってみた夢だろうと思ってた。


 オレは翌日、出勤前にその呪いのネクタイを締めて、無事死亡した。

 いや、まさかと思うじゃない? ゲロってネクタイ失くしてたし。

 ていうか夢だと思ったものが、マジで手元にあったから、それこそ、「どうにでもなーれ」だった。……もっと言えば、今日は日曜だ。休日出勤だ。会社に行きたくなくて、死にたくなった。だって、明日からまた連勤だよ? せっかくの休みが潰されたんだぜ。センパイのせいで。死にたくなるでしょうが。


 ――そして今に至る。自分の死体を遠くから見下ろすような状況で、まるで幽体離脱みたいになっていた。


「でも、生きてても詰まんなくない?」

「お前が言うな」


 オレの目の前で、これまたえらく可愛らしい美少女がケラケラと笑いながら言った。それはあのネクタイ売りの少女だった。

 なんと、こいつは所謂死神らしい。しかし、命を刈り取る形をしている鎌の代わりに、なんだか小さい文庫本を持っている。

 呪いのネクタイで死んだ人間のところにやってきて、その魂を管理するのだそうだ。オレはこいつの策略で殺されたようなもんだった。

 まぁ、この死神が言っていることも一理ある。生きてても、特別良い事は無かったし、愛してくれる家族もいなかった。


「でさあ、魂の次の居場所なんだケドォ……」

「テンゴクとかジゴクに逝くんじゃないの?」

「ウチのネクタイで死んだ人は別。あんたは世界の人事異動の対象になったんだよ」

「人事異動って……」

「この世界、人間増え過ぎなんだよね。だから、適当に選んだヤツをネクタイで死なせて異動させることになってんの」

「なってんの、て……。誰が決めたの、どこの人事?」

 いまいちイメージとはかけ離れた、死神少女は、気だるそうに話す。


「もうそういうの、いいから。要するに、あんたは転生するの」

「げっ、ありがち」

「なに、あんたよく死んでんの?」


 そんな何度も死ぬかっての。ラノベかよって話だよ。まぁラノベなんだけどね。書籍化してほしいなァ。アニメ化してほしいなァ。


「あんた欲望漏れてるわよ。メタいところで」

「メタいって言ってもさ。ちょっとこのプロローグ見直してみ?」

「えー?」


 死神幼女は、文庫本を開いて『プロローグ』の冒頭を覗き込む。


「最初の台詞、なんて書いている?」

「『……それでホントに死んじゃうんだもんな』」

「うん、その台詞の手前の文までを、初めから、頭だけ縦読みにしてみ?」


「あー……」

「なー?」

「じゃあ、異世界転生はじめます」


 いやいや、まてい。もうちょっと説明をしてくれ。


「転生するのはいいけどさ、色々あるだろ。チートの設定とか」

「メンドクサイこと言うなぁ」

「大事なとこだよ、それ。その能力で読者が今後読むか決めたりするよ?」

「もう能力は発露してるよ」


 金髪幼女の死神は持っていた文庫本をぽい、と無造作に投げてよこした。


「え?」

「あんたの能力は、第四の壁を壊す力。その文庫本は、あんたの能力。『書籍化』」

「は?」

「ほら、あんた、たった今『メタ』な発言で能力を示したでしょ」

「あ……、縦読みのことか!」


 あまりにも自然に自分の能力を具現化させていたので、自分で気が付かなかった。というか、そういう作風のギャグかと思った。


「……で、このチカラ、どう使えばいいの?」

「さあ?」


 ――死神少女が手渡した文庫本のタイトルを見て、オレは、思わず能力を発動して、メタに突っ込んだ。


「書籍化できねえの、これぇぇぇぇ~~っ」

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