第21話 運命の人は、待っていれば来るのか
物語みたいな恋がしたい。
白馬の王子様が迎えに来てくれる。
そんな幻想は、随分と昔に捨て去っていた。
「草食系男子が憎い」
数少ない友人と行く飲み会での、最近の私の話題は同じになっている。
しかし愚痴を言わないと、やっていられないぐらい辛い。
このままじゃ結婚なんて、出来る気がしない。
「誰かいないかなあ。恋がしたい」
「まーた言ってるよ。いい加減、妥協するのも必要だよ」
「してるよ! でも誰でもいいと思っているのに、出会いすらないんだよ。そんなのどんな苦行よ」
今日もビールジョッキを片手に、私はいつもの言葉を吐き出す。
同じようにビールを飲んでいた、友人の
「いや、あんたは面食いで理想が高いって、私は分かっているよ」
「そんな事ないよ」
「じゃあ、あんたが好みのタイプの男を言ってみなさいよ」
「……常陸さんだけど」
「ほら、やっぱり」
私の言葉に、まるで証拠を見つけたとばかりに藤黄は馬鹿にしたように笑った。
それに対してにらんで返すと、残っていたビールを勢いよく飲み干した。
「違うから! 確かに常陸さんのことが好きだけど、それは顔とかじゃなくて仕事に対して真面目なところとか。あの、人に対して容赦ないところとか、内面的な話だから!」
ジョッキをテーブルに音を立てて置くと、思っていたよりも周りに響いてしまった。
一瞬、こちらに視線が集まり、すぐにそらされる。
酔っぱらい二人には、関わらない方が身のためだと思ったのだろう。
それは自覚しているので、私は視線を無視して店員を呼んだ。
すぐに来た店員に、同じビールを頼む。
藤黄のビールも残り少しだったから、一緒に頼んでしまう。
注文を終えて待っている間、私は先程よりも声を抑えて話を始める。
「顔がタイプっていうわけじゃないの! まあ、格好いいとは思うけど」
「そうは言ってもねえ。タイプが常陸さんって言われたら、信じられないわ」
藤黄はつまみに頼んでいたからあげを、大きな口を開けて食べる。
その様子ははしたないのに、彼氏がいるとは思うと世間はおかしい。
私は男が切れたことの無い所を、見習うべきなのかどうなのか考え込んでしまう。
恋愛上級者というわけだけど、もっと恋はキラキラしたものがいいから、やっぱりアドバイスは使えなさそうだ。
「いや、あの人と結婚したら幸せになれると思うの。浮気とかの心配をしなくてすむし、仕事を急に辞めるとかもないでしょ」
「まあ、それはあるかも。若い頃は顔とか大事だったけど、ある程度年齢がいくと安定を求めたくなるよね」
本気の気持ちを吐き出せば、藤黄も意外に共感してくれる。
そういう安定性より、冒険とか刺激が欲しいとか昔は言っていたのに、随分と丸くなったものだ。
私は驚きながら、唐揚げを一口かじる。
冷めてしまっていたけど、それでもとても美味しかった。
ここの居酒屋は当たりだったわ。
そんなことを考えていると、ビールが来た。
私は待っていたとばかりに、もらってすぐに一気に飲む。
テーブルに置くと、もう半分ぐらいは減っていた。そのぐらい喉が渇いていたのか。
常陸さんの名前を出してから、自分がなんだかおかしくなっている。
私はらしくない感じに、パタパタと顔の前で手をあおいで冷ます。
そんなに変わったとは思えなかったけど、そう動いただけで気分は違う。
私は少し落ち着いて、緊張がゆるんだから大きくあくびをした。
「もう眠いんでしょう。そろそろお開きにしようか」
「うーん、まだ話し足りないから。もう少し駄目? それとも明日、何か用事とかあった?」
「そういう訳じゃないけど。あんたこの前飲みすぎて、私に迷惑かけたの忘れてはないでしょ? 時間はあるけど、酒は控えめにね」
「……その説はご迷惑をおかけしました。今日は気をつけます」
そう言われると思い当たり出来事があって、私は出来る限り身体を縮めて、ビールをちびちびと飲む。
そうすれば藤黄も、運ばれてきたビールに口をつけた。
「そんなに話をしたいって。どんだけ溜めてたの。どこかで発散しないと、やっていけないよ?」
「発散って、言ってもねえ」
恋はしたいけど、どこで出会うって言うのか。
そこら辺歩いていても、誰かに声をかけられるわけじゃない。
「顔は悪くないんだけどね。むしろ良い方なのに、逆にそのせいで彼氏がいるとでも思われちゃうんじゃない?」
「それ言われると、本気でどうしたらいいのか分からなくなるんだけど。出会い? どこにも落ちていないわ」
私はずっと思っていた気持ちを、藤黄に吐き出す。
そうすれば少し引いた顔をしながらも、話を聞いてくれる。
私はそれをいいことに、更に愚痴が止まらない。
「大体、最近の男はどうして話しかけてこないの? こっちは全然ウェルカムなのに! 私は出会いが欲しい!」
「じゃあ、合コン行く?」
「えー、それはなあ。合コンに来る人って、チャラくない?」
「あんたは、一体どうしたいの。面倒くさいわ」
本音を言ったら、面倒くさがられてしまった。
変なことを言っている自覚はあるので、反論はしない。
それでも合コンとか、婚活パーティーとかでの出会いは、長く継続することがそうそうないと思ってしまうのだ。
だから出来れば、出会って仲良くなって恋愛に発展して、という事をしたいんだけど。
確かにそれは、わがままな部類に入るか。
分かってはいても、理想を持つのは勘弁して欲しい。
恋愛を現実的なものとして焦るのは、もう少し先にがいい。
「眠り姫みたいにさ。王子様に迎えに来てほしい」
「それは誰だってそうよ」
願望が、気づけばこぼれていた。
それに藤黄は呆れてくるかと思ったが、共感してはくれる。
「そうだよね」
「私だってそうよ。キラキラした完璧な人に、迎えに来てもらえたら、どんなに嬉しいか。でも、現実は厳しいから、妥協するしかないのよ」
そうだ。
眠り姫のようにまっていて、誰かがいつか迎えに来てくれるなんて、どんな夢物語だ。
でも夢見てしまうのは、仕方が無い。
「でも私の周りがそういうのばかりだから、自分もそうなるんじゃないかって思っちゃうのよね」
「たしかにあんたの所、みんな小説とかドラマ化出来そうだよね」
身近なところだと、両親の出会いが凄い。
箱入り娘として育った母親と、職人見習いだった父親。
出会ってお互いに一目惚れし、身分違いの恋。
しかし二人の交際を認めない家から、引き離されて母親は無理やりお見合いをさせられる。
その当日に、仕事仲間や友人に焚き付けられた父親が、母親をさらった。
そして結局、駆け落ち同然で私達を産んだ。
創作とかでよくありすぎて、作り話なんじゃないかと疑われてしまう。
私だって信じられないのだから、相当だ。
他にも兄や妹や、親戚一同面白いぐらいに恋愛話のスケールが大きい。
その話を聞いていると、私だってという気持ちが強くなる。
私だけを、ずっとずっと好きでいてくれる人。
そんな人が現れてくれたら。
そう考えていると、目の前の藤黄がクスクスと笑い始めた。
「何笑ってるのよ」
「いや、ちょっと。ぷふ。思い出しちゃったら、ぷふ」
「何を?」
急にどうしてそんなに笑いだしたのか、私は脈絡が無さすぎて分からなくなってしまう。
しかし藤黄は、さらに笑う。
「だって、眠り姫って。ぷふ。あんたじゃ全然似合わない」
「はあ!?」
私は、また大きな声で叫んだ。
今度は慣れたのか、こちらを誰も見なかったけど。
藤黄に勢いよく詰め寄った。
まあ冗談で言っていることは分かっているから、私は優しく頬をつねるだけで済ませてあげる。
「いたたたた! 何するのよ、あと付いちゃうでしょ!」
「あんたが悪いのよ」
文句を言われたが、ふんっとそっぽを向く。
頬をさすった藤黄は、どちらのジョッキも空になったのを確認すると、伝票を手に取った。
「そろそろ終わりにするわよ。明日も仕事なんでしょ? 二日酔いで欠勤や遅刻とか、それこそ常陸さんが一番嫌うことでしょ」
「はーい」
今度は引き止めることなく、私はゆっくりと立ち上がった。
そして藤黄の持っている伝票を、ひらりとさりげなく取る。
「あっ、ちょっと」
「いいよいいよ。今日は私が誘ったから、払わせて」
先に歩けば、焦った様子で財布を出してこようとしてきたので、手で制す。
「今日は、いっぱい話聞いてくれてありがとう。すっごく楽しかった」
「いや、そんな事ないし。私も話が出来てよかった」
会計を終えると、私は藤黄の家まで送る。
暗い夜道を一人で帰るのは、さすがに危ない。
もしも何かあったら、後悔してもしきれないので、怪しい人がいないかどうかを一応確認しておく。
そうして藤黄の家に着いた時、帰り道ずっと黙っていた彼女が、顔を真っ赤にさせて怒ったように言った。
「そういうエスコートが駄目なのよ! 普通の男より、上手いってどういうこと? 史上初の女性の王子様役するような、そんな男よりも完璧な人に、太刀打ちできる奴なんかそうそういないから!」
近所のことを気にしてか、小声で早口に一気にまくし立てられると、顔を真っ赤にさせたまま中へと入っていった。
私は扉に鍵をかけた音を確認すると、勢いよく伸びをする。
そして大きく息を吐いた。
「別に普通にしているつもりなんだけど。そんな事言われてもなあ。」
未だに恋愛ができる気がしない。
本当に誰かが迎えに来てくれれば、私だってお姫様になれるのに。
もう少しだけ待ってみよう。
そう決めると、踵を返して一人家路へと向かう。
夜道が怖くないわけじゃなかったけど、下手な人よりは強い自信があるから、負ける気はしない。
それが余計に、婚期を遅らせているとは考えたくない。
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