第20話 嘘つきは、時と場合で変わる
僕は嘘つきだ。
だけど今の所は、それがバレたことは無い。
それは僕の嘘は、人を幸せにするものだからだ。僕は自分の嘘に自信がある。
オオカミ少年という物語は、結構有名だろう。
嘘つきな羊飼いの少年が、オオカミが出たと何度も嘘をつき、村の人を困らせていた。そのせいで、本当にオオカミが出てきた時に信じてもらえなかった。
そんな嘘つきの末路。
僕は、絶対にこんな風にはならない。自分が破滅するなんて、馬鹿のやる事だ。
これからも、それをやめるつもりは無い。
周囲は色々とうるさいけど、それを聞いて僕にメリットはないから無視している。
今はこれを使って、上手い商売をしているから、僕が正しいんだ。
その日依頼を受けた先は、あまりに珍しい所で僕は驚いた。
「物語人事課、か」
これがもしも本当ならば、今までにないぐらい大きい仕事になる。気に入ってもらえたら、一番の取引相手だ。
これは失敗出来ないぞ。
僕はいつも以上に、色々と用意をして仕事へと向かった。
物語人事課のあるビルの中に入ると、僕はあまりの大きさに圧巻された。こんな場所で、本当に僕が必要なのだろうか。
そんな心配までしてしまいたくなるぐらい、場違いな気分だ。
僕はあらかじめ知らされていた、待ち合わせ場所へと足を進めた。
「こんにちは。時間通りですね」
「あ、どうも。こんにちは」
ほぼ時間ぴったりに行けば、すでに人が待っていた。
その人が誰だかわかった途端、僕は姿勢を正す。
「今日は、よろしくおねがいします」
まさか、この人と会えるとは思っていなかった。テレビや雑誌で見たことしかないから、まるで雲の上の存在だ。
そんな人が目の前にいるなんて。
この仕事をしていて、本当に良かった。
そのぐらい感激していた。
「はい。こちらこそ依頼していただき、ありがとうございます!」
見とれていたら挨拶を忘れそうになって、慌てて頭を下げる。今日は印象を良くしたまま終わらせたいので、細かいところまで気をつかわなくては。
「では、打ち合わせをしましょうか」
挨拶を終えると、会議室の一つに案内された。掃除のよく行き届いている部屋は、この会社の雰囲気がよく分かる。
僕は椅子に座ると、さっそく持ってきていた資料を広げた。
「今回、こちらが考えたプランです」
「たくさん、考えてきていただいたのですね」
いつもより頑張ってしまったから、常陸さんが言った通り多くなっている。
それでも、どのプランも自信があり削ることが出来なかった。
僕じゃ選べないので、常陸さんに一番いいと思うものを選んでもらおう。
そう考えて、全部持ってきてしまった。
たくさんの資料に目を通している常陸さんを、緊張しながらうかがう。
依頼人によっては、考えてきたプランの全てが気に入らなくてやり直しの時がある。
たくさん考えてきたとは言っても、常陸さんが気に入らないかもしれない。
それに今回は、ただでさえ季節外れなのだから。もしかしたら、全部駄目だという可能性はある。
僕は彼が資料をめくる様子を、死刑宣告の様な気持ちで待つ。
「分かりました」
全てを見終えた常陸さんは、それだけ言って深く考え込んだ。
どうだったのだろうか。
できれば今回のプランの中に、気に入ったものがあればいいのだが。
彼がこれから、何を言おうとしているのか。
その口が開く様子が、僕にはスローモーションのように見えた。
「どれも良いものでしたが、私はこのプランで進めたいのですが。よろしいですか?」
「え!?あ、はい!分かりました!」
指し示されたプランは、僕の中でも自信のあるものだった。
用意もすぐに出来るものだから、今からでも充分間に合うだろう。
僕は大丈夫だと、力強く頷いた。
「では、よろしくお願いします。期間はこの前も言いましたが、一ヶ月後でお願いします」
常陸さんも深々と頭を下げ、その日の打ち合わせはこれで終わった。
それからの一ヶ月は、怒涛のように過ぎていった。
用意がすぐ出来るといっても、思ってもみなかった事態が起こったり、リハーサルも入念にしなくてはならない。
失敗はしたくないから、僕は何度も何度も確認をした。
そして迎えた当日の朝。
これから僕の嘘で、人々を幸せにするのだ。
そう思うと、やる気が出てきた。
一ヶ月前に来たビルを前に、僕は一緒に仕事をする同志に顔を向ける。
「僕もいつもより緊張してる。だけど、だからといって緊張で失敗するのは、一番駄目だから。今までやってきたのと同じ事を、今日もやればいいんだ」
「おう」
僕を含め、ガタイのいい男達ばかりだから、異様なやる気に周囲が遠巻きにしているのが分かる。大荷物だから、何か怪しいことをしでかすとでも思っているかもしれない。
それでも気にならないほど、集中していた。
「じゃあ、行こうか」
「はい!」
あまり長居しすぎると、通報されてしまう危険性がある。そうなる前に、僕達は気合を入れて中へと入った。
「今日はよろしくお願いします。こちらの準備は出来ていますので、あとは手順を教えてくれれば段取りは合わせます」
「はい。それは助かります。えっとじゃあ、この用紙を渡してもらって、読んでおくように言っておいてください。あとは……場所の位置関係の確認をすれば、大丈夫ですね!」
「さっそく配布しておきます。場所の確認は、今から私が案内しますので。着いてきてください」
さすが優秀な方だけあって、今までの所と比べると話が早い。
とてもやりやすい仕事になりそうだと、常陸さんのあとを着いていく僕達の足取りは軽くなった。
案内された先は、三十人の人がはいっても余裕があるぐらい大きな部屋だった。
ここならプランも上手くいきそうだ。
さらには僕達のために、飾り付けまでしてくれている。
至れり尽くせりの状態に、ここまでしてくれて逆に申し訳ない気持ちになった。
「すみません、本当は僕達がやらなきゃいけなかったことまでしてもらって」
「いえ。勝手などがわからないでしょうから、こちらも素晴らしいものにしたい気持ちは一緒です」
これは今までにないぐらい、いい依頼人だ。
それから僕は、常陸さんと綿密に最終確認をすると、いよいよ本番に臨むこととなった。
「……緊張しますね」
「ああ、でもやるしかないよ」
扉を前にした僕達は、いつもの事ではあったが緊張で震えていた。最近入ったばかりの新人は、顔に汗をかいて目が泳いでいる。
僕は彼をリラックスさせるために、勢いよく背中を叩いた。
「いったあ! 何するんですか! パワハラですよ!」
「別にそんなに痛くないだろ。おおげさだ。さっさと被れ」
そんなくだらないやり取りをしていれば、いい感じに力が抜けたみたいだ。
僕達の中で、緊張よりもやりきろうという気持ちの方が強くなった。
「よし、じゃあ行くぞ」
「はい!!」
これからつく嘘で、みんなを笑顔にする。
それだけを目標にやるのだ。
僕はドアノブに手をかけて、勢いよく開けた。
「みんないい子にしていたかなー? そんなみんなに、プレゼントを持ってきたよー!!」
「わー!! サンタさんだー!!」
プレゼントの入った重い袋を担いで、僕は待っていた子供達に笑いかける。
そうすれば、キラキラと輝いた顔がいっぱいに出迎えてくれた。下は幼稚園生から、上は小学校低学年ぐらいか。
僕の腰までぐらいしかない子供達が、集まってくる。その子達に手を広げて、ハグをした。
夏真っ盛りのこの時期に、サンタの衣装を着ることになるなんて思ってもみなかったが、ほどよく冷房がきいているおかげで暑くはない。トナカイの着ぐるみを着ている新人には、頑張ってもらうしかない。
「ちゃんと仕事を頑張って偉かったね! 順番に名前を呼ぶから、喧嘩しちゃ駄目だよ!」
「はーい!!」
ちゃんと注意をすれば、きちんと話を聞いてくれる。いい子達だ。
さすがに、物語の主役や脇役を演じる仕事をこんなに小さい時からやっているだけある。普通の子供よりは大人びていた。
それでもサンタを信じているところは、可愛らしい。
僕は子供達一人一人にプレゼントを手渡しながら、とびきりの笑顔を向けた。
一時間ぐらいの仕事は、あっという間に終わった。
僕達は用意されていた部屋で、衣装を脱いで脱力していた。
毎度のことなんだけど、子どもの体力について行くのが年々厳しくなっている。
それでも純粋な笑顔があれば、疲れも吹っ飛ぶ気がした。
「お疲れ様でした」
「あ、どうも。今日はありがとうございます」
そんな中、入ってきた常陸さん。
慌てて姿勢を正そうとしていた僕達を、彼は手で制した。
「お疲れでしょうから、そのままで。お礼を言うのはこちらです。みんなとても喜んでいて、いい思い出が出来ました」
「そ、そんな。頭を上げてください!」
そして頭を深々と下げたので、今度は僕がすぐに頭を上げてもらう。
「こちらこそ、とてもやりやすかったです。喜んでいただけて、何よりですよ」
「……あの子達は、仕事を嫌がっているわけじゃないのですが。あんなに楽しそうにしている姿は、久しぶりに見ました」
今回の仕事は、こちらだってやりがいがあった。
常陸さんのおかげで、さらに疲れが減って、みんなの中にいい雰囲気が広がる。
これは、今日の打ち上げが盛り上がるだろう。
「また何かあったら、ぜひご依頼ください。僕達も楽しかったので、優先的に受けますから」
「その時はお願い致します。……あの。一つだけ、失礼ですがお聞きしてもいいですか?」
「はい、なんでしょう?」
そろそろ帰るか。
そう思って準備をしようかとしていた時、常陸さんが手をあげて、それを遮ってきた。
僕は居住まいを正して、質問に答える体勢に入った。
「あなた達は、どう言ったご関係で。そしてどうして、この仕事を、子供達を笑顔にする仕掛け人になったんですか?」
少し言いづらそうにする様子に、きっと僕達についての噂を知っているんだろうなと、苦笑した。
しかし別に隠しているわけじゃないから、構わない。
「僕達は未成年の時に、種類は違えど犯罪を犯しました。その時に刑務所で知りあったり、活動を始めてから入った人の集まりです」
みんなの中で一番忘れたくて、でも忘れてはならない事実。若気の至りという言葉で片付けちゃいけない、一生背負うべき罪。
「別に許してもらいたくて、やっているわけじゃないです。ただ減らしたいんです。もしかしたら寂しくて、誰にも理解されないせいで、犯罪をおこすしか人にアピールできない子を。……まあ自己満足かも知れませんけどね」
僕は頭をかく。
この話をする時は、いつもどういう顔をすればいいのか分からなくなる。
それでも隠すために、話さないという選択肢はない。
話を聞いた常陸さんは、なるほどと納得してくれたみたいだ。
「あの子達は、普段大人びているんです。しかし子供の気持ちを分かっているから、笑顔にできるんですね。季節外れのサンタという案も、なかなか面白かったです」
彼は一切、僕達の昔話に嫌な顔をせず、また深く頭を下げた。
「今日はお疲れ様でした。次回依頼をする際も、よろしくお願いします」
仕方の無いことだけど、僕達の事情を知ると次回の仕事の依頼を避ける人がいる。
だからこそ彼の言葉だけで、僕達が仕事を続ける意味がある気がした。
常陸さんと別れ、僕達は会社から出ると、誰が言うでもなく歩き始めた。
向かう先はきまっている。
いつも打ち上げ場所で使う居酒屋だ。
特に何も言わず、僕も口を開かなかった。
ただ店に着いたら、一番いい酒でもおごってあげようと考えていた。
最初は、絶対にこの仕事がうまくいかないと笑われていた僕に、なんだかんだ言っても手を差し伸べてくれた仲間達。
何度も衝突したりしたけど、それ以上に絆が強くなった。
これからも、一緒に頑張っていこうと思っている。
子供達の為に、嘘をついて演技をする。
僕の嘘は、人々を幸せにするの良いものだと、今は自信を持っている。
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