第19話 夏の暑さには怖い話を



 夏になると、怖い話の部署が繁忙期に入る。

 それはいつもの事だったけど、今年は少し違っていた。





「よりよい仕事をするために、私から提案があります」


 そんな常陸さんの呼び掛けとともに、いつもは朝礼使うスペースにみんな集められた。


 何事かと、不安そうに辺りを見回す私達。イベントとは一体なんだろうか。予想がつかなくて、自然と静まり返っていた。



 そんな中、常陸さんはさっそうと入ってきて、私達を一瞥した。


「お集まりいただき、ありがとうございます」


 その声に、背筋が反射的に伸びた。ここにいる人達は、年齢問わず常陸さんに一度は怒られた経験がある。そのせいで逆らわないようにという気持ちが、体を動かした。


「実は、一週間後の朝礼の時間を使って、イベントをやろうと思っています。そのために皆さんには、やってもらいたい事がありまして」


 イベントもそうだけど、やってほしい事とは一体なんだろうか。

 どんな無理難題に近いことをやらされるのかと、みんな恐れて震えている。


 私はそこまでのことはしないとは分かっているけど、何をするかは見当がつかない。それに怖い話の部署は繁忙期に入っているから、なんとか免除をしてくれないかと思ってしまう。


「そんなに怖がらなくても、難しい事はやりませんよ。ただ暑さの厳しい日が続くので、涼しくなるためにも怖い話を使って、それぞれの部署で発表をしてもらいたいのです」


 常陸さんの言葉に、みんな口には出さなかったけど面倒くさいという雰囲気を醸し出した。私もこの忙しい時期に、発表をしている暇はないと文句を言いかける。


「もちろん、ただでとは言いません。優秀な発表ができた部署には、賞金と賞品を渡します。さらに一週間の間は、OBの方を呼び出して仕事を手伝ってもらいますので、負担がかからないようにします」


 しかし言う前に、常陸さんがみんなの不満要素を徹底的に潰した。

 仕事の量が変わらなくて、ご褒美もあるとなると、にわかにテンションが上がった。文句を言う人もなく、自然と了承した感じになった。


「何か意見のある人はいませんか。……いなさそうですね。発表といっても堅苦しいものではなく、あくまでイベントとして軽く考えてもらって構いません。皆さんの発表楽しみにしています。以上です」


 そして常陸さんは深々と頭を下げると、その場を立ち去る。私達はそれを見送りながら、彼の言葉とは裏腹に軽く考えることはせず、やる気に満ち溢れていた。


 私と同じ部署の人達は、特に怖い話を専門に扱っているので、絶対に負けられないと既に色々な案を相談し始める。

 これは、私達のプライドがかかっていた。





 一週間後。

 この前と同じく集まった人達は、みんなギラギラとした表情をしていた。それぞれの部署が自信を持って、発表が始まるのをいまかいまかと待っている。


 私達も同じで、一週間練りに練りこんだものを最終確認していた。


「いい? ちゃんと段取りの確認は忘れないでね。一つでも駄目になったら、全部が台無しだからね」


「はい!」


 本気で狙うは一番なので、気合いの入りようが他とは違う。隅々まで確認して、私達は準備を終えた。



 みんなが待ち望んでいた常陸さんは、ゆっくりと登場した。


「少し遅くなってしまい、すみません。みなさん、お集まりいただいているみたいですね。順番はすでに決めてありますので、さっそく始めましょうか」


 彼は大きな用紙を貼りながら、きびきびと進行をし始める。私はその用紙に書かれた順番を確認して、俄然やる気に満ち溢れた。

 まさかトリを飾れるとは。最後にみんなを驚かせて、一番をかっさらおう。

 この場にいる人全員を、恐怖で包み込んでやる。

 私は自信に満ち溢れていた。





 それから始まった発表は、気合が入っているだけあってクオリティが高かった。



 本当かどうかは分からないけど、この会社の七不思議を調べ上げた部署(その中の一つに、常陸さんの眼鏡についてもあった。なるほど確かにと、みんな納得してしまう)。


 昔と現在のホラーの違いを、紙芝居形式でまとめた部署。


 ホラー映画や番組で使われる音楽を、どこが一番映像とあっているのかランキングにした部署。



 こんな風にホラーを題材にしているけど、大体が涼しくなる感じではなかった。

 これなら、私達が一番かもしれない。

 他の部署には悪いが、どんどんこれからの発表が楽しみになっていた。





「発表、ありがとうございました」


 前の番である部署の発表が終わった。

 次は、ようやく私達だ。

 緊張して心臓がバクバクと、嫌に騒ぐ。

 気をつけなきゃ、私がミスをするわけにはいかない。


「……頑張ろうね」


 私は周りにいるみんなに、ガチガチとしながら笑いかけた。私と同じように緊張した顔が返ってくるが、それと同じ大きさのやる気も感じた。


 これなら何とかなる。発表をしようと準備を始めた。


「では、次の方達。どうぞ」


 いよいよか。

 勢いよく立ち上がり、ギクシャクと歩きながら進む。そして前に並ぶと、視線が集中した。

 緊張をほぐすために、私は大きく何度か深呼吸をする。


 そして発表を始めた。


「こんにちは。物語心霊恐怖課です。私達は、祟りについて発表したいと思います。映像にしてまとめましたので、ご覧下さい」


 私は震える手を抑えつつ、部屋を暗くしてプロジェクターの電源を入れた。

 そして全員の視線がモニターに集中している中、映像を流し始める。



『怖い話をすると、祟りに合うという話があります。その為物語によっては、取り扱う前にお祓いをする場合もあるそうです』


 私の部署の中でも、怪談を話すのが得意な子にナレーターをやってもらった。そのおかげで、とても雰囲気が出ている。

 映像制作の得意な人が作った映像も、本物のテレビ番組みたいに上手く出来ている。


『本当に祟りはあるんでしょうか? それを調べる為に、私達はある実験をしてみる事にしました』


 場面は変わり、とある本の表紙を映す。

 それを見た瞬間、場がざわついた。

 それも無理はない。この物語は、今まで扱ってはいけないものとされていたからだ。


 私達の中でも、最初は反対派が多数だった。

 しかし負けたくないという気持ちから、やる事に決めた。


 少し遠くの壁際で立って見ている常陸さんは、特に何も言わないから続けてもいいんだろう。私はそれを確認して、映像に視線を移す。


『こちらの物語は、禁忌と呼ばれているものです。しかし、だからこそ実験にふさわしい。……今回、行う実験は簡単です。この物語を、実際に私達で演じてみようと思います。それもお祓いをせずに』


 また場面が変わる。それは、私たちが物語を演じている映像だ。


『……いや、来ないで!』


『どうして? 何でそんなこと酷い事を言うの? 君は僕の事を好きだと言ってくれたじゃないか』


『な、何を。そんな事、絶対に言っていないわ!』


 物語の内容は、よくある男女の恋愛のもつれ話を軸としたホラーだ。一組の男女が別れて、男が恨みを募らせて呪いへと走る。


 その結果、女の身には様々な不幸が襲いかかってくる。


『……ずっと一緒だよ』


 そして最後の場面では、呪いのせいで死んだ女の体を、男が抱きかかえて口付けをする。

 そこまで流すと、ナレーターの声がまた入る。


『演じ終えて数日が経ちましたが、役者やスタッフを含む全員に変わったところはない。今の段階では、祟りなどないという結論である。……これからの保証は全く無いが』


 映像が終わった。私は部屋の明かりをつけて、口を開く。


「いかがでしたか? これで私達の発表は……」


「いやあ!! 助けて!!」


 これで発表を締めくくろうとした私の言葉を、悲鳴が遮った。

 そちらを見てみると、


「ど、どうしたの?」


 映像の物語で役を演じてくれた女の子がいた。今日は体調不良で、発表には間に合わないという連絡が来ていたのだが。


 そのただならない様子に、私は心配して駆け寄ろうとした。

 しかしその前に、別の誰かが立ちふさがった。


「あ、あなたは」


 今度は、物語で女の子の相手役を演じてくれた男の子だった。彼も今日、体調不良を訴えて遅れていた。


 その二人が、一体どうしたのだろうか。

 明らかに怯えている女の子と、目を血走らせた男の子。


 嫌な予感が、その場に広がった。


「どうしたの? 二人とも、一体何があったの?」


 とりあえず、一旦落ち着かせようと話しかける。

 しかし男の子の方は、私の声が耳に入っていないみたいだ。目はしっかりと、女の子の方を見ている。


 それに怯えた女の子が叫んだ。


「……いや、来ないで!」


「どうして? 何でそんな酷い事を言うの? 君は僕の事を好きだと言ってくれたじゃないか」


「な、何を。そんな事、絶対に言っていないわ!」


 どこかで聞いた事のあるやりとり。

 それは先程の映像の。


 それがわかった瞬間、みんなの脳裏に最悪の結末を思い浮かべたのだろう。

 そしてそれを裏付けるように、男の子は女の子にさらに近づこうとした。

 その手にはナイフを持って。


 私はナイフを確認すると、自然と体が動いた。

 女の子の前に立ち塞がり、ナイフをお腹に受け止めたのだ。

 私が刺されたことに、悲鳴が辺りを包み込みパニックになる。


 私はお腹に受けた衝撃の痛みに耐えて、マイクを手に取った。


「みなさん、いかがでしたか?」


 その途端、別の意味でみんなの時間が止まる。

 私はそれを面白いと思いながら、お腹を抑えていた手を外した。全く血も傷もないお腹が出てくる。ナイフはおもちゃだから当たり前だ。


 怯えていた女の子も、血走った目をした男の子も、笑顔に変わった。

 私は彼らと並び、話を続ける。


「訂正したいのですが、今回物語を演じるにあたって、お祓いはきちんと済ませています。そして今のも、発表のうちの一つです。お騒がせしてすみませんでした。……これで発表を終えます」


 私が頭を下げると、惜しみない拍手がその場を包み込んだ。手応えに内心でガッツポーズをする。


 これなら私達が一番だろう。

 段取りがすべて上手くいったことに、私は安心していた。

 元の場所に戻る道を歩くのが、とても清々しい気分だ。


「とても手が込んでいて、素晴らしい発表でしたね」


 常陸さんの感想の言葉も、他の部署とは少し違う。彼が評価をしてくれたみたいで、本当に良かった。

 私はみんなと顔を見合わせて、笑う。


「みなさん今日はありがとうございます。……最後になりますが、私からも発表がありますので、もう少しお付き合い下さい」


 しかし喜んでいるのもつかの間、常陸さんの言葉にざわつく。

 彼からの発表? 何だろう?


「今回、一週間の間にOBの方が、みなさんの元に来たと思います。この写真の方に、見覚えがあると思うのですが」


 常陸さんの合図とともに、プロジェクターで一人の人物が映し出された。


 それは見覚えのある男性だった。

 目を覆い隠す髪と、全体的にモジャモジャトシタひげ、分厚すぎる眼鏡。

 仕事はものすごく出来たのだが、周りと最低限にしか関わらなかった男性。


「これは私です」


 その言葉に、この場にいる全員が青ざめた。

 この一週間のことを思い出して、やらかしていた出来事がたくさんあったからだろう。

 かくいう私も、その一人だ。


「この一週間、それぞれの部署を見られて良かったです。追々、通知を出そうと思っていますので、確認をよろしくお願い致します」


 こんなにも鮮やかで、バレない内部調査が今まであっただろうか。

 もしかして急に発表会をするなんて言い出したのも、これをするためだったら。とても恐ろしい。


 彼の手のひらに踊らされて、私達は自らのボロを露見してしまった。



 私たちの発表なんて霞むぐらい、聞いた瞬間に背筋が寒くなる発表。これは常陸さんが一番だ。


 これから起こる現実に目をそらして、私は乾いた笑いをこぼした。



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