第18話 本人の幸せは、他人には理解出来ないことが多い
「私、悲しい物語が無理なんです」
後輩に相談したいことがあると言われて、どんな話をされるのかと構えていたのだが、少しだけ拍子抜けしてしまった。
もっと重大な話だと思っていたので、体の力を少し緩めた。
「まあ、私達が扱っている物語は、そういうのが多いからね」
私は頼んでいたコーヒーを飲む。それは酸味が強くて、顔をしかめてしまった。あまり、このコーヒーは好きじゃない。
私はゆっくりとカップを置いた。
そして可愛い後輩の一人である
「だから仕事をしていて、辛い時があるんですよね。なんか自分の事のように感じちゃうんです」
そういう人がいるのを、テレビで前に見たことがあった。確か『共感性羞恥』と言ったか。
榛ちゃんも、それと同類なんだろう。
しかしそうだとしたら、
「何でわざわざ『悲話』系の物語の部署についたのよ」
私は少し呆れてしまった。
主人公が決してハッピーエンドで終わらない話を、私達は担当している。
だからこそ、なんでここを選んだのか疑問に思ってしまう。
「それは、ですね」
途端に目をそらす榛ちゃんに、私は絶対に常陸さん目当てだな、と分かった。
常陸さんは私達の部署に来ることが多い。
そのせいで、女子社員の異動希望の割合が多いのだ。彼女もその口だろう。
そう思ったら、相談を聞くのも馬鹿らしくなってきた。さっさと話を終わらせてしまおうかと、私は一度時計を確認する。
その一連の動きを見た榛ちゃんは、にわかに焦り始めた。
「先輩、絶対誤解していますよね! 私は別に常陸さん目当てで入ったわけじゃないですから!」
「あ、そうなの?」
あまりに必死な顔だったので、少し疑いつつも納得する。そうだとしたら、余計に何でこの部署にいるのかが不思議になってしまう。
「絶対に先輩、変な子だと思う気がするですけど。誤解されるのも嫌なので、正直に言いますね」
真面目な顔をした榛ちゃんに、私も自然と真面目な顔をする。とても言いづらそうにしていたが、彼女はゆっくりと口を開く。
「私、悲しい物語が無理なのは無理なんですけど、分かっていて見たくなる時もあるんです」
「……へえ、そうなの」
「やっぱり、変な子だって思っていますよね。私も分かっているんですよ」
私は考えていることがバレて、ギクリと固まる。
彼女の言葉を聞いてすぐに、何言っているんだろうと変に思ってしまった。
慌てて何かを言おうとする前に、彼女は諦めた顔をして笑う。
「大丈夫ですよ。そういう反応には慣れています」
「それは、ごめん。でもさあ、見たくなるとは言っても、辛い時があるんでしょ? それを続けていたら、いつか駄目になっちゃわないかな。私はそれが心配」
「そうですね……そう言われると……」
私は誤魔化しつつも、心配になっていたので榛ちゃんに聞いた。
いくら見たくなるといっても、辛いのならば止めた方が精神的にいい気がする。
そんな私の心配に対して、彼女は少し考え込んだ。そしてしばらくの間、うなるとなにか答えが見つかったのか晴れ晴れとした顔をした。
「でも私思うんです! ハッピーエンドって、人によって違うって。だから、全部が全部悲しいっていうわけじゃないです」
「そう?」
今度は私が考え込む番だった。
ハッピーエンドが人によって違うのはなんとなく分かる気もするけど、私たちが取り扱っている物語は、悲しいものだけだと思うのだが。
「今日の『マッチ売りの少女』はどう? あれはハッピーエンドじゃない気がするけど。悲しい話じゃない?」
大みそかの日に寒さに震えながら、マッチを売っていた少女。マッチも売れず、家にも帰れず、そんな少女が頼ったのはマッチの火が見せた幻想だけ。そして結局、次の日の朝に亡くなっている姿が発見される。
どこからどう考えても、悲しい。
「いえいえ。まあ全員が全員ハッピーエンドだと言えるものじゃないですけど、よく考えてみてくださいよ」
「よく考えるって言ってもねえ」
私は今日のリハーサルと、本番の様子を思い出す。
そういえばリハーサルの後に、常陸さんが少女役の子にアドバイスをしていた。何を言って、どう変わったのか。
私はよくよく考える。
「あ!」
それが分かった時、私は大きな声を上げてしまった。
榛ちゃんは、私が何を考えているのか分かったのか、いい笑みを浮かべる。
「笑っていましたよね、女の子」
「……そうね」
リハーサルでは悲しそうな顔だったのが、本番では笑みに変わっていた。
しかし何でだ。少女の境遇を考えたら、一番そぐわない表情だ。
私のさらなる疑問を、榛ちゃんは説明してくれる。
「あのまま女の子が生きていたら、酷いお父さんの元で暮らし続けることになっていた。絶対にそれは幸せじゃないです。だから大好きだったおばあちゃんと一緒に、天へと行けたことは女の子にとっては幸せだった。だからハッピーエンドなんです」
「そ、そうなのかもしれないのかな?」
榛ちゃんの勢いに、私はおされて納得してしまった。
そう言われてみると、単なる悲しい話で終わらせるものではないのか。そうなると、他の物語を見る目も変わってくる。
「こういうのって、メリーバッドエンドって言うんですよね」
「めりーばっどえんど?」
聞きなれない言葉に、私は首をかしげた。急に知らないカタカナ言葉を、出してこないでほしい。
「そのまんまの意味ですよ。幸せなバッドエンド。大体、本人が幸せな気持ちで死んじゃう事が多い気がします」
「そんな言葉も出来ているのね。面白いわね」
「はい。悲しい物語は無理ですけど、そういうものなら平気です!」
ガッツポーズをした榛ちゃんは、色々と話をしてスッキリしたみたいだ。初めよりも元気な顔になっていて、時間を割いたかいがあった。
私はすっかり冷めてしまったコーヒーを、一気に飲んだ。酸味が駄目だと思っていたのを、すっかり忘れていた。私は口いっぱいに広がる味に、顔をしかめる。
しかし同じコーヒーを飲んだ榛ちゃんは、ニッコリと笑う。
「私、このコーヒー好きです」
「ん、そう?」
彼女との味の好みは全く違うけど、人の感性は色々あるのだから仕方がない。
「じゃあそろそろ時間だし、行こうか」
「はい」
コーヒーを飲み終えた私達は、立ち上がると店を出た。
外に出れば、青い空が広がっていて。
私はとても綺麗だと思った。
隣の榛ちゃんが、どう思っているかは分からないけど。
明日からの仕事は、違った気持ちでやる事が出来そうだ。
ただ悲しいと思うだけじゃなくて、出ている登場人物の気持ちを考えてみる。
そうしたら、また違った一面が見えるかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます