第16話 知ったかぶりで、色々言うとあとが辛い
私がここで働き始めて、半年が経った。
仕事にも随分と慣れたので、自信がついてきた。
なんでも出来るタイプだから、今の私は無くてはならない存在だろう。
そうなると気になるのは、一緒に働く人達の無能さだった。
ここで何年も働いているはずなのに、効率的に動けていない。
全く、今まで何をしてきたんだろう。
私は立場上、指摘するのはまずいかと我慢していた。
しかしさすがに、これはおかしいだろう。
「はい。はい。私共では分かりかねますので、また改めて連絡させていただきます。誠に申し訳ございません」
「はい。その件はですね」
「電話鳴っているよー!! 手が空いている人は出て!」
この時期は忙しいと、前々から聞いてはいた。そうはいっても、普段がそうでもないから大したことないだろう。
そう楽観視してい私は、すぐにそれを後悔した。
忙しい忙しい。
そんな言葉しか出てこないぐらい、朝から働いている。何でこんなに忙しいのか。
私は気づけば、上司や先輩を睨んでしまっていた。
毎年忙しいと分かっているんだったら、この日に向けて調整出来なかったのか。
本当に考えなさすぎる。
私はイライラしながら走り回った。
「おい新人! さっきから電話に出ろと言っているだろう! 手が空いている人が他にいないんだから、頼むよ!」
そうしていたら急に怒鳴られた。
大きな声に私は驚いてしまい、持っていた書類を床にばらまいてしまった。
「あーあ。何しているんだよ、全く。忙しい時期なのに」
それを見た怒鳴ってきた先輩が、文句を言いながら床の書類を拾い出す。私は上から見下ろして、その光景をぼーっと観察していた。
「ちょっと。ぼーっとしていないで、一緒に拾いなさいよ。ほら」
「あ、はい」
早く拾ってくれないかな。
そう思っていたら、近くにいた人が呆れて言ってくる。
私が悪くて落としたわけじゃないのに、何で。文句を言いたかったけど、面倒だから仕方なく拾う。
思っていたよりも落ちた書類が多くて、時間がかかってしまった。ようやく拾い終えると、ぞんざいに渡された。私は怯んで受け取る。
「さっきも言ったけど、電話が鳴っているんだから出てね。みんな忙しいんだから」
「ああ。はい」
また小言。私だって仕事をしているんだから、文句を言われる筋合いはない。
私のその考えが、どうやら顔に出てしまったらしい。明らかに、目の前の先輩の表情が険しくなった。
私はまずいことをしたと、慌てて取り繕おうとしたけど遅かった。
「君さあ、前から思っていたんだけど」
「どうしましたか?」
長い説教が始まる。私はげんなりして覚悟をしていた時、第三者が会話に入ってきた。
今度は誰だ、と視線を向けた私の顔は輝く。
「常陸さん!」
そして勢いよく立ち上がり、常陸さんに近寄った。こんなチャンスは滅多にない。
私は、自分が最大限に良く見える角度で笑いかけた。
「聞いてくださいよ。この人が急に怒り出して、怖かったんです」
あまり媚びすぎないように、でも女らしく。それを意識すれば、ほら簡単。常陸さんの目が細められた。
……あれ?
「と、仰っていますが本当ですか?」
自分の容姿が人より優れているおかげで、今まで色々な場面でひいきしてもらえた。
それなのに常陸さんの態度は、全く変わらない。これはおかしい。
私は戸惑いながらも、ボロが出ないように笑みは崩さなかった。
「いやあ、それが」
困った様子の先輩が、苦笑気味に口を開いた。
「みんなの手が空いていないから、電話に出るように頼んだんですが。少し強く言いすぎたみたいで、驚かせてしまって書類が地面に散らばって。それを拾っていたんですけど」
「この子が全く拾おうともしないし、注意されても真面目に聞いていなかったんです」
やるだろうと思っていたけど、やっぱり私のことを悪く言った。しかもわざわざ間に入ってきてまで、言う人までいた。
私は内心怒りに満ち溢れるが、なんとか抑えて笑った。無害さをアピールして、味方になってもらうためだ。
「そんな酷いです。確かに電話に出られなかったけど、別の仕事をしていたからですし。ちゃんと真面目に聞いていましたよ」
少し目を伏せる。足元を見れば、常陸さんのものであるピカピカの革靴。さすがちゃんとしているんだな、と意識がそちらに集中してしまった。
「分かりました。……話をしましょうか」
「え。あ、は、はい!」
だから急な事に反応が遅れる。
顔を上げれば常陸さんと目が合い、少し後ずさった。彼を怖いと思ってしまった。
それでも二人きりになるのを逃すわけもなく、提案を受け入れた。
そして二人きりの部屋。
私は常陸さんを前にして、とても緊張していた。
部屋に入ってから、一言も話していない。その無言が辛かった。
「えっと、あの。話って」
彼は何かを操作していて、私が話しかけても答えてくれない。
これは、もしかして怒っているのか。
焦った私は、勝手に色々と話してしまう。
「私は思うんですけど。仕事の効率が悪くないですか? たしかに今までのやり方を変えるのは大変かもしれないですけど、ずっと同じままっていうのも駄目ですよね。そこら辺、頭の固い人がいて。すぐに文句や小言を言ってきて、私の方が仕事は出来るし、ちゃんと考えているのに」
何か反応が欲しくて、よく考えていなかった。
やってしまったと思ったのは、常陸さんが私の事を無表情で見ているのに、気がついたからだった。
これは色々と言い過ぎた。
私は自分の言葉を思い出して青ざめる。新人が生意気だった。
「……あなたの意見。出来る事は改善します。参考になりました」
怒られるかと不安だったが、常陸さんは私に深々と頭を下げた。まさかそんなことをされるとは思わず、固まってしまう。
「あ、そうですか。良かったです」
私はとりあえず頭を下げた。怒られなくて、本当に良かったと安心する。
「それはさておき、あなたの仕事態度にはクレームが多数来ておりまして。直々に指導がしたかったんですよ」
しかし、すぐにものすごい寒気を感じた。
目の前の常陸さんは特に見た目では変わっていないのに、その雰囲気が恐ろしくなっていた。
それを目の当たりにした、私のこめかみを汗が一筋流れた。
それからみっちり数時間。私はノンストップでしごかれた。終わった後は、自然と涙が出てしまったぐらい、その時間は恐怖でしかなかった。
文学賞の受賞発表のあとは、どう調整していようと忙しくなってしまうもの。職場の人との関係は大切に。仕事は選ばない。
その他もろもろ、繁忙期の理由と先輩との関係性の話が、私の頭に深く刻まれる結果となった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます