第12話 自分の状況に、満足する事も時には大事である



 私の同僚である、雉鳩きじばとの態度が最近悪い。

 その理由は分かっている。


 この前の人事異動で、メジャーな物語からマイナーな物語になってしまったからだ。


 本人は散々周りに自慢していたから、異動になった時には、影で馬鹿にされた。

 私は馬鹿にはしなかったけど、それまでの仕事ぶりが良くなかったから、自業自得だとは思ってしまった。



 それからの雉鳩の荒れようといったら、目も当てられないほど酷かった。

 ただでさえちゃんと仕事していなかったのに、文句を言うだけで何もしなくなった。


「俺をこんなところに追いやった、あいつに目にものを言わせてやる」


 そして飲みに行くたびに、ベロベロに酔っ払って剣呑な目をして言う。

 彼の言うあいつに、みんな予測はついていた。

 それはあからさまな、お門違いの恨みだったのだが、雉鳩はどんどん気持ちを積み重ねていった。


 私達は一応、何度も警告はした。

 しかし全く聞く耳を持たずに、むしろ苛立たれてしまった。

 そうなってしまったら、こちらも時間を割いてまで彼をどうにかする気になれない。


 それにきっと、こういう時は私達がやるよりも適任がいる。





 そしてその機会は、思っていたよりも早く訪れた。


 雉鳩はその日、とんでもない事をしでかしたのだ。

 私はそれを、本当にたまたま近くで見ていた。


 最初から彼の様子がおかしいことには、何となく気づいていた。

 仕事をしようとしていないのはいつもの事だが、それよりも気になったのは表情だった。


 ニヤニヤと締まりなく、不快感を感じるほどだ。

 それを書類を届けに来た私は見たのだが、まさかあんなことを考えているとは思っていなかった。


 何の自信があってそれをやろうと思ったのか、誰も分からないけど彼は大きな声を上げた。


「みんな聞いてくれ!」


 その声は、オフィス内によく響く。

 みんな何事かと、そちらに視線を向けた。


 しかし声の主が雉鳩だと知り、仕事の方へと意識を戻す。

 それでも彼は、なおも大きな声で騒ぎ続ける。


「俺は抗議する! あの傍若無人な男に! あいつがいる限り、俺達の扱いは酷くなるばかりだ! あいつ以外の上司のしてもらうように、嘆願書を提出しないか!」


 まるで英雄のように、自分に酔っている姿。

 私を含む他の人たち全員が、それを冷めた目で見つめた。


 まさか、ここまで考えなしだったとは。

 呆れてものが言えないとは、このことだ。


 確かに私達が入社した時には、すでに職場の環境は整えられていた。

 しかしそうなった裏に、上司である彼がいたのを知らない方がおかしいのに。

 いや、研修もちゃんと受けたのか微妙か。


 だからこそ、あんなにも厚顔無恥に叫んでいられるのだろう。

 勝手にヒートアップしていて、そろそろうるさくなってきた。

 さすがに業務に支障が出てくる。


 誰が雉鳩を止めるのだと、みんなが顔を見合わせていた時、部屋の扉を開けてまるで救世主かのように、物語人事課責任者の常盤さんが入ってきた。

 そしてすぐに場の雰囲気がおかしいのを察すると、一番説明ができそうな人に話しかけた。


「何かトラブルでも発生しましたか?」


「えっと」


「常陸! あんたに言いたいことがある!」


 問いかけられた人が事情を説明する前に、雉鳩が常陸さんに気がつき怒鳴った。

 もはや怖いもの知らず過ぎて、真似はしたくないが凄いと思ってしまう。


 私達は巻き込まれないように、そっと2人から距離をとった。


「あなたは確か……『おうさまをほしがったカエル』担当になった雉鳩さんですね。私に何か用ですか?」


 常陸さんは、とりあえず冷静に対応することにしたようだ。

 さすがだなと思っていると、雉鳩が彼に近寄った。


 その顔は自信に満ち溢れている。


「俺は断固抗議する! あんたが上司でいる事に! 不信任で、あんた以外の上司を求む! これは厳正な審議を行い、即急に対応してもらいたい!」


 なんだか支離滅裂な言い分。

 子供の癇癪みたいで、見ていて可哀想になってくる。


 彼は自分が正義だと思っているみたいだが、傍から見ていると痛々しい。


「なるほど」


 しかし私達が驚いたのは、常陸さんが怒らないで納得した顔をしたことだ。

 まさかの返しに、言いたい放題だった雉鳩も一瞬呆気に取られた。

 それでもすぐに鬼の首を取ったように目を輝かせるあたり、こんな事をしでかさなかったら大物になれたかもしれない。


「わ、分かったんなら良いですよ。さっそく話をすすめようじゃないですか」


 まあ。ここまできたら、もう遅いが。

 常陸さんは、雉鳩を見据えた。

 常陸さんの方が頭一つ分背が高いから、見下ろすような形になった。


 それだけの事でも、威圧感を与えるには充分だった。


 一気に顔をこわばらせた雉鳩。

 しかし、もっと早くそうなるべきだった。


「あなたは、自分が担当している『おうさまをほしがったカエル』の物語は知っていますか?」


 雉鳩の様子が変わったのを全く気にせず、常陸さんは静かに問いかけた。


「は、はあ? それは今、関係ないですよね。」


「知っているんですか、と聞いています。答えてください」


 雉鳩は黙った。

 それは、問いかけに否定しているのと同じだ。


 常陸さんも察したようで、大きくため息を吐く。


「知らないようですね。それじゃあ、少し話にお付き合いください」


 そして説明を始めた。


「ある所にカエルの村があり、たくさんのカエルが仲良く暮らしていました。しかしその村には王様がおらず、カエルたちは神様に頼みました。『私達の村の王様が欲しいんです。どうかめぐんでください。』そこで神様は丸太をカエルの村に落とした。しかし動かない丸太に満足しなかったカエルは、別の王様を望んだ。そこで神様は次にウナギを贈った。しかし、カエルはウナギでも満足しなかった。また王様を望んだカエルに怒った神様は、蛇を贈りました。蛇は村のカエルを全部食べてしまったので、文句を言うものは一匹もいなくなりました」


 淡々と紡がれた物語は、彼の話し方のせいでうすら寒いものを与えた。

 それをすぐ近くで、真正面に聞いた雉鳩はすでに涙目だった。


 語り終えた常陸さんは、無表情のまま見下ろしている。


「良いんですよ。皆さんが望むのなら変わっても。私があなた達にとって、丸太かウナギであったという事なので。文句は言いません」


 そうは言っているが、彼の雰囲気は恐ろしかった。


「ただ次に来た者が蛇だったとしても、私は認知しませんので。次の部署を作るまでです」


 この言葉は、傍観者に徹していた他の人達がざわめいた。

 さすがにこのままにしていたら、雉鳩と共に破滅してしまう。


 そう思って、勇気ある人が2人の間に入った。


「すすすすみません! こいつにはよく言い聞かせておきますので、今の話は無かったことにしてください!」


 そしてがたがたと震えている雉鳩の頭を無理やり下げると、その場から引きずり出した。

 雉鳩の姿が見えなくなるまで、見送っていた常陸さんは扉が閉まると私達の方を見渡す。


「みなさん。就業時間ですが、何をしているのですか?」


「「「「「「「「「「すみませんでした!」」」」」」」」」」


 首を傾げて言った彼の言葉に、恐ろしい何かを感じて全員が動き出した。

 それを満足そうに見た彼は、気がつけばいなくなっていた。


 結局、何の用事だったのか分からないまま。





 その後、同じ部署の人達の矯正によって、雉鳩は何とか人並みに変わった。

 常陸さんに見捨てられたら終わりだ。

 そう思っていたからか、矯正は地獄のような厳しさだったらしい。


 かくいう私も、しばらくの間は仕事中に気を緩めることが出来ず、恐ろしい程に仕事が捗った。



 こんな感じで、様々な人にトラウマを植え付けたこの出来事は、代々新人教育の時に語り継がれることとなる。そのおかげで、仕事の効率はものすごいスピードで上がった。




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