第10話 絶世の美女は許される





 私は自分に自信が持てなかった。

 今まで恋人もいた事が無く、容姿を褒められた事は無い。


 きっと私の顔が、醜いからだろう。

 第三者の人からの評価も知りたいけど、そんな事を相談できる相手もいない。

 このまま、ずっともやもやとした気持ちを抱えて生きていくんだろうな。


 そう思っていた。





 しかし、どうしてこうなった。

 私は魂が抜けそうな気持になりながら、目の前の人と向き合っていた。


「どうか。よろしくお願いいたします」


「え、えっとお」


 先ほどから熱心に、私に真摯な眼差しを向けている人物を知っていた。

 それでもこういう風に、2人きりでカフェにいるという間柄では無かった。


 まさか、物語人事課の責任者である常陸さんを、こんな間近で見られるとは。

 私の人生の中で、一二を争うぐらいの大事件だった。

 それと同時に、とても嬉しくない状況でもある。



 私は別に、物語人事課で働いているわけではない。

 それなのに、どうしてこんなことになっているのか。

 現実逃避をするために、私は数十分前のことを思い出していた。





 その日は前日の夜更かしがたたって、寝坊をしてしまいお弁当が作れなかった。

 そのせいでお昼を調達するために、コンビニへと向かう羽目になっている。


 ご飯はさっさと食べて、残り時間をダラダラ過ごしたいので、時間は大事である。

 だから少し小走りで、近くのコンビニへと向かっていた。


 それが悪かった。


「きゃっ!!」


 そこの曲がり角を行けば、目の前にコンビニだ。

 そう思って、さらにスピードをあげた私は、曲がった瞬間勢いよくなにかにぶつかった。

 その衝撃で後ろに倒れそうになり、痛みを覚悟して目を閉じた私の体は、予想に反してふわりと受け止められた。


 一連の流れで、誰かにぶつかったのだとわかった私は、顔を青ざめさせながら閉じていた目を開いた。

 そして更に、顔から血の気が引く。


「あ、あ。すみませっ」


「いえ。こちらこそ、お怪我はありませんか?」


 私はただただ謝ることしか出来なくて、まるで壊れた人形のようになってしまった。

 しかしそうなっても無理はない。

 私がぶつかった相手は、関わることなんて一生ないと思っていた人だったのだから。


 まさかこんな所で、物語人事課の鬼と名高い常陸さんに会ってしまうとは。

 私の顔は、どんどん引きつってしまう。


「本当すみませんっ。ひ、常陸さん!」


「そんなに謝らなくてもいいですよ。私も不注意でしたので。……おや、私のことを知っているんですか」


 150センチの身長の私では、随分と首を上げないと顔が見られない。

 しかし見下ろされた表情が怖すぎて、ものすごく目をそらしたかった。


 名前を呼んでしまうという失態を犯した私の顔を、マジマジと見ている常陸さんは何も言ってくれない。

 それがさらに、私の恐怖を煽る。

 大丈夫だと言ってくれたが、本当は怒っているんじゃないか。


 そう思ってしまうと、自然と体が震えてしまう。

 まるで蛇に睨まれた蛙の気分で、何を言ってくるのか待っていると、急に手首を取られた。


 まさか暴力を振るわれる?


 衝撃への予想に、また目を閉じる。

 しかし、いつまで経っても殴られる気配はない。

 私は恐る恐る目を開けた。


 そこには私の手首を掴み、こちらを見る常陸さんがいる。

 私を、特に顔を見ていると視線で感じる。

 それは今までの人生の中で、覚えのあるもので。


 常陸さんがそういう人だとは思っていなかったが、恐らく私の容姿について嫌なことを考えているのだろう。

 とうとう耐えきれなくなってしまって、私は顔を俯かせる。

 さっさと気が済んで、解放してくれないか。

 もはや涙まで出てきそうになった時、ようやく常陸さんが口を開いた。


「あの、少しお時間をいただけませんか?」


「は、はい?」


 思っていた言葉とは全く異なったことを言われて、私は顔を上げてしまった。

 そうするとまた、彼と目が合ってしまい慌ててそらす。


 顔面偏差値が高すぎて、直視が出来なくなってしまったのだ。

 そんな私に構わず、常陸さんは更に言葉を続ける。


「恐らく今は昼休憩ですよね。あなたの会社には連絡をしますから、私と少し話をさせてください」


「へ? へ?」


 言葉だけ聞いたらナンパみたいで、混乱した私は意味をなす文章を話せなかった。

 しかし私が混乱しているうちに、勝手に話は進んでいて、いつの間にか私は近くのカフェに連れてこられていた。


 自分でも流されすぎだと思っていたが、本当に鮮やかな手口だったのだ。

 こうなってしまっても仕方が無いことだと思う。


 そしていつの間にか注文もきちんと済まされていて、私達は向き合っている。

 何を言われるのだろうか。

 恐らく悪いことではないというのは、一応察したが、それ以外に話なんてない気がする。

 変に考えてしまうと悪いことしか思い浮かばないので、私は目の前にあるコーヒーに集中した。


 そうしていれば、ようやく常陸さんが本題に入ってくれる。


「お時間を取っていただきありがとうございます。さっそくなのですが、あなたにぜひ頼みたい事がありまして」


「は、はあ。えっと、それは何でしょうか?」


 頼みたい事か。

 あまり難しいものでは無いといいが。


 すでに私の中では、受け入れる方向に傾いていた。

 それは常陸さんという人に対しての、気持ちが変わったからだろう。

 ここまでに来るやり取りで、彼が悪い人では無いというのは何となく感じた。


「私に出来る事でしたら」


「それはありがたいです。実は、少しの期間だけで良いので、物語人事課で働いてもらえないでしょうか」


「へっ? へええええ⁉」


 まさかの話に、私は驚きすぎて変な声を出してしまう。

 私が物語人事課で働く? 一体何の冗談なんだろうか。


 常陸さんが冗談を言っているとは到底考えられないけど、だからといって話を信じられない。

 私は急に汗が止まらなくなり、視線もさまよってしまう。


「どどどどうしてですか? 働くって、一体何をするんですか?」


 しかし聞かなくてはいけないと、どもりながらも尋ねた。

 そうすると常陸さんは、少し目線を下げる。


「大変お恥ずかしい話なのですが、従業員の1人が体調不良で休んでいまして。その人が主役をやっているので、穴をあけるわけにはいかないのです。そこで代役を探していたのですが」


「も、もしかして私が代役ですか?」


「はい」


 愁傷な顔で何を言い出すのかと思ったら、まさか私にそんな大役を任せようとしているなんて。

 私は開いた口がふさがらず、信じられない気持ちで彼を見る。


 しかし、帰って来るのは真剣な眼差しだけで、私はもっとうろうろと視線をさまよわせた。

 そして考えに考えて。


「どういった仕事内容なんですか?」


 結局、受ける方向で結論を出した。


 そうすればにわかに常陸さんの目は輝く。


「そうですね。簡潔に言うと、『かぐや姫』の物語に出て欲しいんです」


「か、かぐや姫? むむむ無理ですよ!」


 それは、絶世の美女が主役の物語では無かっただろうか。

 私とはことごとくかけ離れすぎて、荷が重すぎる。


 さすがにそれは無理だと、私は手を振って拒否の反応を示した。

 しかし許さないとばかりに、常陸さんは私の両手を握った。


「お願いいたします。あなたじゃなきゃ駄目だと、確信しているんです。無理だと言われてしまったら、『かぐや姫』の物語を止めなきゃいけなくなってしまいます」


 彼の顔を見て、絶対に逃がす気が無いのを悟ってしまう。

 これはオーケーを出すまで、返してはもらえない。


 しかし私も簡単に、オーケーを出すわけには。

 そう思っていたのだが、ふと思った。



 彼がここまで言ってくれるのだから、私はもしかしたら自分で自覚しているよりも綺麗なのかもしれない。

 だからこそ、私でなくては駄目だと言ったのではないか。


 もしかしたら、もしかしたら私は美人だったりして。


「う、受けます」


 私は勢いに任せて、気が付けば了承していた。

 何だか自信に満ち溢れていた。


「本当ですか。助かります」


 了承した途端、常陸さんが本当に嬉しそうにしたので、余計にその気持ちは強くなった。



 そのあとは、仕事をする日にちや注意事項などを簡単に教えられて、稽古をするために近いうちに会う日を決めた。


「本当にありがとうございました。では、よろしくお願いいたします」


 別れ際に深々と礼をされ、私は良い気持ちで店を出る。

 会社に向かう道も、いつもとは違って輝いているように見えた。


 これからが楽しみで、仕方がない。

 今まで自分が醜いかと思っていたけど、違ったのだ。



 だって常陸さんは言っていた。


「あなたは、本当にかぐや姫にふさわしい。平安美人ですね」


 それは嘘偽りのない、彼の本心からの言葉だったはずだから。



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