第9話 末っ子は偉大なのか



 私の姉は、物語人事課で働いている。

 世間一般では、エリートと呼ばれる類らしいのだが、私にはよく分からなかった。


 友達に紹介してとか羨ましいとか言われて、そんなに良いだろうかと思ってしまう。

 昔から一緒に遊んだ記憶が無く、家に帰ってきても話す事なんて全く無い。


 姉が嫌いではないので、私の感情はどうしても物語人事課に向かってしまった。

 私から姉を取り上げる仕事が大嫌いだ。

 そう思って、今まで一切の情報を遮断していた。



 これからも関わる事は一切ない。

 そう思っていた。


 しかしある日、学校で言われた言葉に私は驚く。


「しゃ、社会見学?」


「聞いてなかったの? この前先生言ってたじゃん。奇跡的に、物語人事課に行ける事になったって」


「聞いてないよ。嘘でしょ」


 高校生で社会見学というのもあれなんだが、まさか行先が物語人事課だったとは。

 私は顔をしかめた。

 ものすごく行きたくない。

 しかし、ずる休みをするわけにもいかないだろう。


 考えに考えてみたのだが、結局行く以外の選択肢を私は選べなかった。





 ついに来てしまった。

 私は大きく立ちはだかっている建物を、苦々しい気持ちで見上げる。

 周りのみんなは甲高い声で騒いでいるが、私のテンションはダダ下がりだった。


 ここが、私から姉を取り上げた場所か。

 そう思ってしまうと、更に顔をしかめてしまう。


「ここからは、絶対に騒がない。勝手にものに触らない。気をつけるように!」


 先生が子供に言い聞かせるかのように、私達に向けて注意をする。

 みんな返事はしていたが、ちゃんと聞いてもいないだろう。


 さすがに悪い事はしないだろうから、先生は呆れつつもそれ以上は何も言わなかった。





「私、物語人事課の責任者であります常陸と申します。本日はよろしくお願いいたします」


 色々と見学をし終えた後、私達の前に現れたのは、あまりにも有名で私も知っている人だった。

 物語人事課の鬼。

 劣悪な環境だった職場を、短期間で一新した。


 その話は盛っているのではと思うぐらい、素晴らしい手際だったと聞く。



 しかし実際に見たわけじゃないので、全く尊敬の念を感じない。

 その容姿の良さのせいか、女子の視線が彼に釘付けだが、私は興味が無かった。


 一応、優等生で通っているので話は聞くけど、気持ちはどんどん沈んでいた。

 それは今まで見学していて、物語人事課が文句のつけようが無かったことにも関係している。

 少しでも駄目な所があれば、楽になったのかもしれないのに。

 憎みたいのに、憎み切れなかった。


「じゃあ前に班を決めたと思うけど、今からその班で行動してもらうからな」


 暗い考えに陥っていたら、先生の声が聞こえてはっとする。

 そういえばそんな事も決めていたな。

 私は気持ちを振り切るように、頬を軽く叩くと気合を入れた。




 そのはずだったのだが。


「では、こちらに来て下さい。ここからは静かに。皆さん集中していますので」


 何故か私達の班を、常陸さんが引率してくれることになった。

 一緒の子たちは嬉しそうにしているのだが、私は作り笑顔を浮かべながらも、内心では自分の運の悪さを恨んでいた。


 他にも人はいただろうに、どうして私の班になってしまったんだろう。

 しかし彼に直接何かをされたわけでは無いので、絶対に負の感情は出さないようにしていた。

 そうして姉に迷惑が掛かったりでもしたら、たまったものではない。


 わざわざ飯田氏はしないが、バレた時に困るので表面上は穏やかに笑った。


「ここは『三匹の子豚』のセットです。今、ちょうど稽古をしている最中ですね」


 そうしていれば常陸さんは、特に気にした様子でもなく案内をしていた。

 私は珍しい場所なので、よくよく見ようと嫌な気持ちを振り払う。


 姉の仕事に対する嫌な気持ちが、無くなっているわけではない。

 だけど今日見学しに来て、少しは考えも変わった気がする。


「稽古には、たくさんの時間をかけます。たまに効率が悪いという人がいますが、それは絶対に違います。長くクオリティの高い作品を提供するためには、最初が肝心なのです」


 常陸さんの言う通り、今やっている三匹の子豚では、みんながとても上手に話を演じているように見える。

 豚役が本物を使うわけにはいかないからか、着ぐるみなのが何とも言えない気持ちにさせるけど。


 セットの部屋から出ると、常陸さんは私達に向き合う。


「ちょっとした部分ですみませんが、少しは楽しめましたか?」


 その言葉に、私達は各々の返事をする。

 そうすれば彼が、少し安堵したように見えた。


「それは良かったです。……少し時間が余ってしまいましたね。何か質問があれば、どうぞ聞いてください」


 腕時計を見ながら、常陸さんは言った。

 その瞬間、私の周りの子達が色めき立つ。


 そこからしばらくは、常陸さんのプライベートに関する質問が続いた。

 私はそれを遠巻きに見ながら、いつまで彼がくだらない質問に付き合うのかと観察する。


 しかし無表情ながらも、特に気分を害している様子は無さそうだ。

 さすが大人だな、と私は気が変わって彼に近づいた。


「あの」


「はい、何でしょうか?」


 静かに話しかけてみれば、小さい声だったのにこちらを向いてくれる。

 みんなも私が声をかけた事に驚いたようで、少し距離を開けた。


「少し気になった事があるので、聞いても良いですか?」


「はい、良いですよ」


「先ほどの『三匹の子豚』ありますよね。末っ子がレンガの家を作って助かる。でもそれって、本当に末っ子だけの成果なんでしょうか」


 私は常々思っていた事を聞いた。

 こういった物語で、末っ子が解決策を見出す事は多い。

 しかし私はどうしても思ってしまうのだ。


「どういう意味でしょうか?」


「その子が良い案を得られるのって、まず上の兄弟達のを見てからだと思うんですよね。だから本当に凄いのは、何も分からないままチャレンジをした方なんじゃないかなって」


 選択肢が限られた中で、良い案を選び出しただけ。

 姉の事を思うと、私は。私は。


「そういった考え方もあるかもしれないですね。しかし、また違った風に見れば兄弟の力を合わせたという事にも出来ますよ」


 また暗い考えに陥っていた時、常陸さんの言葉が自然と耳に入ってきた。

 私は思ってもいなかった考えに、目を見開く。


「兄弟の力を合わせた?」


「そうです。確かに上の兄弟がいなかったら考え付かなかったかもしれませんが、末っ子がいなかったら助かってもいませんでした。だから間接的だとしても、力を合わせたとも考えられます」


 ただのこじつけに近かった気もするが、私の中にすとんと落ちた。

 これは少し、この人を尊敬する気持ちが分かったかもしれない。


 しかし私は、ほだされては駄目だと自分を戒め、彼に笑みを向けた。


「ありがとうございます。とても勉強になりました」


「いえ。とても良い質問でしたよ」


 彼も笑い返してきて、何だかお互い腹の探り合いをしている気分になった。

 その時ちょうど先生達の声が聞こえてきて、質問タイムの終わりを告げる。


 みんなまだまだ質問をしたそうだったが、常陸さんが鮮やかにたしなめた。

 私は聞きたい事は効けたので、満足してさっさと戻ろうとする。


「ああ、そうだ」


「……?」


「あなたのお姉さんが、今日はとても嬉しそうでしたよ。いつもあなたの話はよく聞いていたのですが、話通りとても賢い方ですね。もし将来を迷っていたら、ここを選択肢に入れていただけるとありがたいです」


 しかし背中に向けてかけられた言葉に、一度止まり返事はしなかった。

 それに対して特に何も言われなかったが、一部始終を見ていた先生に後できつく叱られた。





 そんな感じで、終わった社会見学。

 これは私の考えを、随分と変えてくれた。


 物語人事課。常陸さん。姉。

 様々な言葉は、私の中に浮かんでは消えていく。

 今はまだ、完全に負の感情がなくなったわけではない。



 ただ今度、姉が家に帰ってきたら少し話をしてみようかと思う。

 まだ将来の選択肢に、物語人事課を入れるつもりはかけらもないが。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る