第6話 大は小を兼ねる?
物語の主人公の面接は、当たり前だか募集される機会は少ないし倍率も高い。
それなのに、まさか自分が選ばれるとは思わず、今日までずっと夢心地だった。
しかし今日の仕事で夢じゃないんだと分かる。
俺は意気揚々と、指定された場所へと向かっていた。
それにしても、主人公なら何でも良いと手当たり次第に受けたから、何に選ばれたのか実はよく分かっていない。
今更聞くわけにもいかずドキドキしているのだが、どこかで何とかなるだろうと楽観視もしていた。
「では今日の為に、どういった事を準備して来たか教えていただけますか」
そんな自分を、今はものすごく怒りたい気分だった。
まさか物語人事課の鬼と言われる常陸が、目の前で威圧感たっぷりに聞いてくるとは思わない。
何も用意していなかった俺は、どうすればいいか分からず、ただただ黙るだけだった。
しかしそんな事で許してくれるんだったら、彼は鬼なんて呼ばれないだろう。
「時間は有限なんですよ。これからの予定もありますので、出来れば早めに教えて欲しいのですか」
俺はどうしようかと迷った。
一応、就活をする時に勉強はしてきた。
だから賭けに出て、当てずっぽうに言ってみるべきか。
それとも全く勉強をしていなかったと、正直に話そうか。
俺は悩みに悩んで、口を開いた。
「これで舞台の流れなどの、大体の説明は終わりました」
「は、はい」
俺は常陸さんの後をついていきながら、腫れた頬を何とか動かして返事をする。
先ほどのはパワハラでも、暴力でもない。
彼の愛の鞭だ。
全面的に、俺が間違っていたせいなのだから。
後から同僚に聞いたのだが、俺みたいに彼によって心を入れ返される事を、『調教』と呼ばれているらしい。
そのまんまの言葉な気がすると思ったが、分かりやすかったし否定も出来なかった。
そういうわけで、俺は従順に常陸さんに従う事に決めた。
どうやらこれから働く物語は、『一寸法師』のようだ。
特に第一希望だったわけでもないので、そこまで嬉しいかと聞かれると、心から喜べるわけではない。
口にしたら顔を更に膨らませる羽目になるので、絶対に言わないが。
「他の物語でもそうですが、似たような風景の場面がある時は使いまわしをします」
「へー。なるほど」
確かに物語によってそれぞれ作っていたら、場所もお金も半端なくなってしまうか。
俺は納得しながら、気になった事を質問する。
「それじゃあ、もしかして使う道具や人なんかもですか?」
「鋭いですね。道具は共有の物がありますし、主人公ではない登場人物を演じている人の中には、他の物語と掛け持ちをしている人はいます」
物語の中には、ほんの少ししか出て来ない人もいる。
まさか、それだけで生活が成り立つとは思わない。
皆色々と大変なのだ。
「ちゃんと考えられているんですね。凄いなあ」
「……ええ。そうですね」
何も考えていない俺の素直な感嘆の声に、彼は少し呆れた顔をしていた。
「その話に関連しているのですが、実は一寸法師をやってもらう事に先立って、1つお知らせを。本来なら知っているはずなんですけど、あなたはもしかしたら……」
何でだろう。
ものすごく嫌な感じがする。
常陸さんの表情も相まって、俺はとんでもない事をさせられてしまいそうだ。
「すすすすみません。勉強不足で。何でしょうか」
一寸法師にそんなに怖い場面があっただろうか。
俺は考えるが、御伽草子の方を覚えてないので無理だった。
また素直に分からないと言って、頬が腫れる覚悟を決めた。
「まあ。それを目当てに受けていないだけ、良いのかもしれませんね。あなたは一寸法師のラストは知っていますか?」
「えっと……確か鬼を退治した後、落とした打ち出の小槌を姫に使ってもらって、元に戻るんですよね」
俺はいつ、もう一発食らうのかと冷や冷やしながら答える。
しかし思ったよりも怒った様子が無くて、ほっとしたが油断はできない。
緊張感を持ったまま、僕は面接の時よりもドキドキとしている。
「そうです。その場面なんですが、あなたは見た所170㎝前半位の身長だとお見受けしますが、これから仕事の間はずっと180㎝になってもらいます」
「はい?」
突然の話に俺は首を傾げる。
そうすると常陸さんは、どこからか打ち出の小槌を取り出した。
まさかそんな簡単に、とても重要な道具が出てくるとは思わず、呆気に取られてしまう。
しかし彼はあっさりと俺に渡してくる。
落として壊したら、一生かかっても返しきれない。
緊張で腕が震えそうになったが、何とか気力で手の中の物を大事に持った。
そしてそれを確認した彼は、鬼畜な事に話を続ける。
「大きくなった一寸法師は180㎝ほどになります。その為、言い方は悪いのですが、あなたの実際の身長に戻すのに手間がかかるんです」
「は、はあ」
俺は落とさないように細心の注意を払いつつも、話にも集中するという無理難題を押し付けられていた。
しかしどちらかをおろそかにしたら、待っているのは悲惨な結末なので、今まで生きていた中で一番神経を使っている。
「だから申し訳ないのですが一寸法師の仕事を続ける間は、私生活でも同じ身長になってもらいます」
「それは全く構わないです」
むしろ身長が高くなるんだったら、とても良い事では無いだろうか。
男としては高ければ高いほど嬉しいものだ。
それを何の苦労も無しに、手に入れる事が出来る。
まさに棚から牡丹餅。
俺は興奮気味に、常陸さんに対して返事をした。
その答えは彼の中で、予想の範囲内だったみたいだ。
「良かったです。後で誓約書にサインしてもらいますね。この事を目当てに、身長の小さい方の応募が殺到していたので、あなたがそれを全く知らなかった人で驚きました」
「いやあ」
手当たり次第に受けていたからだとは言えず、あいまいな笑みを返す。
話は終わったのか、やっと常陸さんは俺の手から打ち出の小槌を取ってくれた。
持っていた時間は数分ぐらいだったのだが、すごく腕がしびれている。
緊張がとけて、俺は肩の力を抜いた。
「そろそろ時間ですので、今日は終わりですね」
「ありがとうございます」
常陸さんの丁寧な説明のおかげで、これからの仕事に意欲がわいてきた。
一寸法師として仕事を始めるのは、研修を受けてからなのでまだ先の事だが、とても楽しみだ。
「じゃあこれから、一寸法師としてのあなたの活躍を期待しています」
「はい!」
俺はここに来ると比べて、意識が全く変わっていた。
これからの仕事を、精一杯やろうというやる気に満ち溢れている。
「ああ、そうだ。研修で脱落者が出るのは、小さくなった時の恐怖がものすごいかららしいです。あなたなら、それも乗り越えられれると信じていますよ」
「え、……は、はい」
しかし彼の思い出したかのような言葉に、不安の気持ちの方が大きくなった。
何とか常陸さんにいい所を見せたいという気持ちで、研修を乗り越えた俺は、先輩の一寸法師さん達にとんでもない事実を突きつけられた。
一寸法師をやっている内は身長が高いままだが、辞めた時には元に戻されてしまうらしい。
だから180㎝という男にとっては嬉しい環境も、しょせんは一時の夢だという話だ。
この事実を言わなかったのは、わざとだな。
俺はそう思いつつも、常陸さんに対して負の感情を持つ事は無かった。
これが、あの人の持つカリスマ性なのか。
更に凄いと、俺は思うだけだった。
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