第2話 大人になってからの反抗期ほど、面倒くさい




 僕が働いている物語人事課の、責任者の常陸さんはとにかくすごい人だ。

 数年前に責任者になってから、色々な事が良い方向に変わった。


 それは働く人の待遇の改善から始まり、物語のクオリティ向上にも貢献した。

 その様子をすぐ近くまで見ていた僕達が、一生彼のもとで働こうと決意してしまうぐらい素晴らしいものだった。




 しかしこの状況は、いくら常陸さんでも手に余るものではないのだろうか。

 僕達は彼と問題の人物を、遠くから見つめながら心配になっていた。


 ここでは、老化や病気など様々な事情によって働けなくなる人がいる。

 しかし例外はある。

 どういうメカニズムか分からないが、不老の人がたまにいる。

 病気や怪我で死んでしまう可能性はある。

 しかし今まで、誰も死んでいない。



 今回の問題の人物も、そういった類の人だった。





 金太郎という存在は知っていても、どんな物語かを理解している人はどれぐらいいるのだろうか。

 金太郎の話は、ざっくりというと源頼光に仕える四天王のひとりに数えられる武士である坂田金時の幼少期の物語だ。

 どうしてあまり物語が周知になっていないのかというと、内容がほのぼのとしているからだろうか。


 主な内容は、金太郎の力の凄さと森の動物達との交流。

 インパクトのある格好から考えれば、それは少し物足りないのかもしれない。


 だから名前や見た目は有名でも、中身は知られていない。





 そのストレスが溜まりに溜まって、ついに爆発してしまったのか。

 今までよく見ていた、頭頂部を剃ったものの、髷を結わずにそのままにしている大童おおわらわという特徴的な髪型に、真っ赤な腹掛けを一新していた。

 不老なので5歳の姿のままだが、精神年齢は大人だ。


 だから髪を染め、服装も一昔前のヤンキーみたいな感じにしたのか。



 見た目のせいか何だか微笑ましく思えばいいのか、慌てればいいのか分からなくなってしまう。

 しかし本人は必死である。


「もううんざりなんだよ! この仕事を続けるのは!」


 声変わりをしていないのに、はっきりとした口調の違和感がある叫び。


「腹掛けなんて格好はダサいし、熊や動物しか友達出来ないし、金太郎って何したんだっけって言われるし、続ける意味なんてないだろ!」


 彼も随分と悩んでいたのか。

 今までただ働いてもらっていた立場の僕達からしたら、その言葉に申し訳ない感情が湧いてくる。


「どうせ金太郎の物語が無くなったって、誰も困らないだろう!」


 本当に苦しんでいるのだ。

 思いの丈を吐き出すと、うずくまってしまった金太郎。

 そのそばに駆け寄って、慰めてあげたいが邪魔をするわけにはいかない。


 僕達が動くのは、常陸さんが必要とした時だけだ。

 そして今、彼は必要としていない。



 金太郎の叫びをずっと間近で聞いていた常陸さんは、ゆっくりとしゃがみ込み目線を合わせた。

 その顔には、いつもの無表情とは違う慈悲の心が含まれているような……。



「辞めるなら勝手にしてください。その時は、別の方を探すまでです」


 いや違った。

 彼はあくまでも、人事課の鬼である。


 慈悲なんて全くなく、淡々と事実だけを述べた。


 それを聞いて驚いたのは、言われた金太郎だ。

 優しい言葉をかけてもらえるかと思っていたのか、信じられないと言ったような顔をしている。


 しかし何となく予想をしていた僕達は、とりあえず安心する気持ちが少し出てきたので、見守るのを継続する。


「聞いていますか? あなたは少し勘違いしているようですが、辞められたとしても別の人にやってもらうのは可能ですよ」


 金太郎がかけられたかったものとは正反対の、冷たい態度。

 それが、きっかけとなってしまったようだ。


「うああああ! 俺は、俺はあああああ!」


 彼は持っていたまさかりを、勢いよく振り上げた。

 そのターゲットは、もちろん常陸さんだった。


 僕達は距離が遠すぎて、彼を守るには時間が足りない。

 このまま彼の体に刃物が到達する。

 そんな最悪の事態が、皆の頭の中に浮かんでいた。


 目を背ける者、目をつぶる者、届かないと分かってはいるが手をのばす者。



 そしてついに彼の頭に刃物が当たる、その瞬間。

 鈍い音と共に、まさかりが吹っ飛んだ。


 あまりの事態に誰も何も言えず、静寂が辺りを包み込む。


「……は?」


 最初に声を発したのは、腕を振り下ろした姿のまま固まっていた金太郎だった。

 何が起こったのか分かっていないようで、間抜けな顔をしている。


 その手にまさかりが無いのを見ると、飛んで行った方向を見た。

 僕達も同じように見る。


 まさかりは壁に深く刺さっていた。

 近くにいた人が覚醒して引っこ抜こうとしていたが、数人がかりでもびくともしていない。


 それを確認すると、今度はこれを引き起こした張本人を見た。

 涼しい顔で立ち上がっている彼の手には、愛用しているペンがあった。

 信じられない事だが、あれでまさかりを吹っ飛ばしたのか。


 普通だったらありえない光景に、皆どうしたらいいか分からずにいる。

 しかしその中で、いつもと変わらず仕事の事しか考えて居ない人がいる。


「納得されましたか? それでは、話を続けましょうか。あなたが辞めるというのなら、後任の方を選ぶまでの期間は出来れば仕事をしてほしいんですが。それが無理なのだとしたら、早めに退職届を提出してください。事務処理がありますので」


 自分に言われた言葉ではないのに、背筋に寒気を感じた。

 僕ですらそうなのだから、言われた当人からしたら効果は倍増しているのだろう。


 金太郎のつぶらな目に、段々と涙が浮かんできた。


「あ。えっと。俺は、俺」


 視線をうろうろとさまよわせて、そして迷子のような顔をする。


 彼はこのまま、終わってしまうのだろうか。

 僕達が産まれるずっと前から、第一線で働いていた人がこんな形で辞めてしまうなんて。とてももったいない。


 しかしそれも仕方がない事なのか。


「しかし私の意見としましては、あなたに続けてもらいたいと思っています。あなたの今までの経験は、かけがえのないものです。それは今から始める人達が習得するには、途方の無い時間がかかります。良い物語を提供するなら、あなたが必要です」


 そうでは無かった。

 彼は冷静に人の駄目な所を直球にえぐったが、それ以上に嬉しいと思う言葉をかけた。


 そのおかげで金太郎の心境にも、かなりの変化があったみたいだ。


「俺、でも、良いんですか?」


 単純なのかもしれないが、彼は続ける気になったらしい。


「はい。良い物語を作るためなら大歓迎です」


 更にとどめの一言で、金太郎はおちた。

 彼の表情は明らかに変わった。


 涙もどこかに引っ込み、むしろ決意に満ちた顔をしている。



 それを確認すると、僕達はもう大丈夫だと安心して、その場を離れ仕事に戻った。





 その後、今までよりも仕事に対して熱心になったおかげで、金太郎の物語が少しは周知されたと聞いた。

 やはり、常陸さんは凄い。



 この出来事のおかげで、彼に対する評価は更にうなぎのぼりになった。



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