第1話 親が凄いからと言って子もそうとは限らない




 私の家は代々、童話の赤ずきんで主役の仕事をしていた。

 母も祖母も曾祖母も、そのまた昔からずっとである。


 だから私も小さい頃から、将来の夢は赤ずきんになる事だ。



 今日はその夢を叶える為、面接会場に来ている。


 今回、募集された人数は2人。

 しかし会場には10人以上の人が、緊張した様子で座っている。

 その面々を見ながら、私は自分の合格を確信していた。


 面接の際、赤ずきんの格好を皆が来ているのだが、私以上に上手く着こなせている人なんていない。



 それはすぐ隣に座る人を見て、余計にそう思った。

 私より頭一つ分ぐらい大きいんじゃないかという身長は、制限ギリギリ。

 私もそうだが、おかっぱやおさげにしている人が多い中、何故かポニーテール。


 極め付きは、その目つき。

 吊り目で黒目が小さくて、可愛いと言うよりクールな美人系。


 どうして赤ずきんをやろうとしているのか、全体的に不思議だ。



 私が面接するとしたら、第一印象で落としたな。

 失礼ではあるが、そんな事を考えてしまった。




 それにしても面接は、いつ始まるのだろうか。

 ここの会場に来て、少し時間が経っている。

 それなのに面接官が未だに来ず、他の人達も戸惑いを隠し切れない様子を見せている。


 しかし誰も文句を言わないのは、言うと後が恐ろしいからだ。


 ちょうどその時、部屋の扉が開いて颯爽とくだんの人物が入ってきた。


 真っ黒のスーツ、ネクタイをびしっと着こなした、まるで葬儀屋のような恰好。

 背は高く、細身の体型。

 彼はまっすぐに、私達の目の前にある机へと進むと、かけていた銀縁フレームを上げた。


「大変お待たせいたしました。少しトラブルがありまして。物語人事課の責任者、常陸ひたちです。よろしくお願いします」


 人事課の鬼と呼び声高い常陸のお出ましだ。



「では、さっそく面接を始め


「すみません! 遅れました! 目覚まし時計が壊れてて!」


 そして面接を始めようと、彼が書類を見ながら私達に話しかけようとした。

 そこにけたたましい音を立てて、誰かが入ってきた。


 赤ずきんの格好をしているから、面接を受けに来たのは間違いないだろう。

 ただ、何と言えばいいのだろうか。

 食パンをくわえて頭をかいている姿は、童話というより少女漫画とかの方が似合っている気がする。


 常陸さんもそう思ったのか、眉間にしわが寄っていた。


「申し訳ありません。あなたは筆記試験に落ちていますので、今日は来るはずでは無いのですが。書面で連絡いたしましたよね」


「あっ! 間違えちゃった! ごめんなさい!」


 違った。

 まさかの天然か。


 少し引いた気持ちで、常陸さんと彼女のやり取りを見つめる。

 大の大人がおかしいと思ってしまうが、常陸さんは何か違った事を感じたらしい。


「あなた。今回は残念だから落ちてしまいましたが、別の募集を受けてみてはどうですか? ピックアップしておきますので、よろしければ」


「ありがとうございます。見てみます!」


 羨ましい事に、彼のお眼鏡にかなったようだ。

 仕事のあっせんをしてもらっている様子を、複雑な気持ちで見つめてしまう。


 これから私達は、合否を決められる立場なのだ。


 2人の会話が終わり、私達の方に常陸さんが向き直ると緊張感が高まった。


「すみません、失礼しました。では改めまして、面接を始めます」


 机に座った彼は鋭い視線を向けてくる。


「じゃあ、まずは志望の動機からですね。そちらの方からどうぞ」


 そして、ようやく面接が始まった。

 私は自分の番を待ちながら、ありきたりな事を言っている人達を内心で馬鹿にしていた。


 そんなので、面接に受かるとでも思うのか。

 あらかじめ用意しておいた言葉を、頭の中で復習しながら待つ。


「はい、ありがとうございます。では、次の方」


「はい」


 ついに私の番が来た。

 深呼吸をして、私は口を開く。


「私の家は、代々赤ずきんをやってきました」


 そう言った瞬間、色々な所から視線が集まる。

 皆、知らなかったのだろう。

 その視線は、今の私には心地いいものだった。


「母や祖母はいつも生き生きとしていて、私は幼いころから憧れていました。赤ずきんに、なるべくして生まれたのだ。そう思っています。だから今回、募集を見てやるしかない。その気持ちで応募しました。もし受かったら、きっと母も祖母も喜んでくれるはずです」


 準備していた通りに、かむ事も間違える事もなく言い切る。

 これなら受かったも同然だろう。

 私は常陸さんのリアクションをうかがう。


 しかし全くの無表情に、驚愕してしまう。

 ここは感心される予定だったのだが、一体どうしてだろうか。


「ありがとうございます。では、次の方」


 更には特にこれといった事を言われず、次の人へと移ってしまった。

 予想外の反応。

 しかしいつまでも、呆気に取られているわけにはいかない。


 私は気持ちを切り替えて、面接に集中する。


「はい。私が赤ずきんになった暁には、やられるだけの仕事はしません。モットーは、」


「やられる前に、やる。以上です」


 耳がおかしくなってしまったのか。

 隣りの人の言葉が、全く意味不明に聞こえた。

 それに今気が付いたのだが、彼女の背中にライフル銃が見える。

 これは、銃刀法に引っかかるのではないのか。


 いや、違う。

 ショックから抜け出せないまま、変な風に解釈してしまったんだろう。きっと全部錯覚だ。

 私は頭を振って、自分に喝を入れる。


「素晴らしい」


 場が騒がしくなったのは、今まで無表情だった常陸さんが表情は変えないままだが、そんな事を言ったからだ。

 何を言ったのか分からないが、よほど凄い事を言ったのか。


 私は思わぬライバルの出現に、唇を噛みしめた。


「ありがとうございます。では、こちらから何点か質問があります。その質問や話を聞いて、無理だと判断したら遠慮なく出て行ってください。その方が、こちらも助かります。そのぐらいで心が折れるような人は、いらないので」


 噂では色々と聞いていたが、本当に鬼かもしれない。

 これから何を聞いてくるのか、心配になるぐらいの冷たい言葉。

 それを聞いて心が折れてしまった何人かが、部屋から出て行ってしまった。



 噂の圧迫面接というものか。

 まさかこんなに福利厚生がきちんとしていて、ホワイト企業と名高いここでも行われているとは。


 しかし、こんな事で挫けている場合じゃない。

 私は絶対に、赤ずきんになると決めているのだ。



 そして結局、私と隣の人を含んで5人にまで減ってしまった。


「他に帰る人はいませんか? では、質問をします」


 それについて特に何か感想を言わず、彼は面接を続ける。


「まず。これはどんな物語で働く人にも、共通して言える事なのですが。仕事をするにあたって、同じ事を何度も繰り返すのですが、毎回同じように演技は出来ますか?」


 この質問に皆は、様々な表情をしつつも出来るという。


「それはよろしい。では次に、皆さんの履歴書を見せてもらったんですが。年齢的に出来るかどうか、不安だと言う方もいらっしゃいますよね? それについて、どう対処しますか?」


 私の心臓が嫌な音を立てた。

 もしかしたら聞かれるかもと思っていたのだが、まさかこんな形だったとは。


 成人してから数年経っている私は、赤ずきんちゃんと呼ぶには少し辛い年齢ではある。

 自分で言うのもなんだが、童顔だから何とかなるかと思っていた。

 それを伝えていいものか。


「だ、大丈夫です。幼く見えるように、仕事中は化粧をしません。あとは立ち居振る舞いで、何とかします」


 これで、大丈夫とは到底思えなかった。

 しかし私は、この質問でいなくなった人とは覚悟が違うのだ。


 常陸さんの目をまっすぐに見つめて、何とか言い切った。

 彼は無表情に聞いていたが、最初よりも威圧感が無くなった気がする。


「他の方は……大丈夫ですね。では、一番大事な質問です。前に問題になったのですが、オオカミに食べられているシーンの時、防護服を研修の手順通りに着なかったために重症になった人がいました。この場合、責任は私達にはありません。もしもの場合の覚悟は、皆さん出来ていますか」


 誰かの喉がごくりと鳴った。

 それは私でもなく、隣の人でもない。


 途中退席の為に空いた席の向こうにいる、おさげの女の子。

 カタカタと震える手を必死で押さえているが、意味が無い。


「あ、私、えっと、む、無理です」


 とうとう恐怖に耐えきれなくなって、彼女はわっと泣き出し部屋から出て行った。


 そして残ったのは、私と隣の人と、常陸さんだけ。

 彼はふーっとため息をはいて、私達の顔を観察するように見る。


「2人残りましたか。お察しの通り、募集は2人なのであなた達は合格です」


 彼は淡々と、何てことないように言った。

 しかし私は嬉しさから、はしたない事がガッツポーズをしてしまう。



 良かった。

 本当に良かった。


 小さい頃の夢だった赤ずきんになれる。

 それだけで、私は天にも昇る気持ちだった。


「ああ、言うのを忘れていましたが」


 だから思い出したかのように、彼が口を開いてものんきに耳を傾けた。


「合格したあなた達には研修を受けてもらいますが、そこで駄目だと判断したら容赦なく切り捨てます。軟弱な人はいりませんので。ここからが本番ですよ」


「はい」


「は、はい」


 いやに冷静な隣の人。

 私も慌てて返事をしたが、もしかしたら選択を間違ったのではないか。そう思ってしまった。


「私、矯正しがいのある人が好きなので、とても楽しめそうです」


 明らかにこちらを見ている視線に、私はやっぱり何かを間違えたんじゃないか。


 これからの自分の未来を思うと、背筋が寒くなった。



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